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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第145話 六花の園

 


 雪のように白い花をつける高い生け垣の迷路をリッカを探してひたすら走る。


 《——知りたくなかった。知らなければよかった。でも知ってしまった》


 頭の中に直接彼女の意思が伝わってくる。



「リッカ。俺は君に……変わっていきたいって思う意志を否定して欲しくない。それは大事なことだ。すごく大切なことなんだよ……」

 《それは考えてはいけないことだった》


 生け垣の間にノーフェイスが湧き出して行く手を塞ぎ、襲いかかってくる。


「邪魔だ!!」


 一太刀で影を消し去る。


『背後にノーフェイス』

「!」


 リベルの助言を得て振り向きざまに一閃。次々と現れる奴らにはきりがない。


 飛びかかって来た二体から同時に繰り出される爪の攻撃が容赦なく体を削る。


「ぐがっ……!」

 《私の犯した罪は絶対に消すことはできない……》


 攻撃を躱し、懐に飛び込んだ影の腹を裂く。振り返り、向かって来た影に剣を振り下ろし頭を割る。


 リッカの感じた絶望に比べればこんな傷程度。

 痛みを恐れるな。恐怖に竦む足を止めるな。——戦え。



 影を斬り飛ばしながら迷路を進むと、次第に現れるノーフェイスが大きくなってきた。自重を支えきれないのか、人型から次第に四つん這いの獣に近い姿へ。


 リッカの世界にとって邪魔な存在である俺を排除しようと襲い来る。


『マスター、色欲の眷属の頭部には中核コアが存在している。破壊する事で再生を防ぎ完全な無力化が可能』

「みたいだな! それなら……。叛逆の弓、『アンチレイ』」


 立ち並ぶ影の獣の頭部を撃ち抜いていく。頭を吹き飛ばしたノーフェイスは体全体が霧散する。


「リッカ、君だってアガニィと厄災の被害者なんだ!」

 《どうして私だけが生き残ったの? 影となったみんなが私を責めるの。だから私はこの世界を……!》


 迫りくるノーフェイスを撃破しつつ生け垣の合間を縫ってリッカを探す。


 漏れ伝わるリッカの心の叫び。あまりに悲壮なそれに胸が締め付けられる。



「聞こえているか、リッカ……! 君は独り生き延びた事を後悔してるかもしれない……。けど、そんな風に思って欲しくない。きっと君を生かすために犠牲になった人達だっているはずなんだよ ……」

 《…………》


 高い緑の壁に囲まれた広い空間を走り抜けていると、突如足元から影が沸き立った。

 急いでその場を飛び退く。


「でかい……!」


 さっきクレイルが戦っていた影蜘蛛よりも巨大な体躯をした、影の巨人だ。


 頭部を狙ってリベリオンを撃ち込むが手応えが薄い。


「っ?!」


 なにも無い顔に唯一入った裂け目、口が開いたと思ったら、そこから紫の光線がこちらを目掛けて殺到する。


「うおおおっ!」


 吐き出される紫光の斜線上から逃れる。アンチレイで駄目なら直接切り裂いてやる。

 奴の頭の動きから絶対に目を離すな。


 《どうして……、ナトリさんは私なんかの為にそこまでできるの。私はあまりにも多くの人を巻き込んでしまった。助ける価値なんてない人間なんです》



 理由なんて考える前に走り出していた。体が動いた。心が命じた。

 リッカを助ける。ただそれだけの単純なことだ。


 ノーフェイスの口が開くのに合わせて全力ダッシュ。手前から奥に薙ぎ払うように地面に叩きつけられる光を避け、巨人に肉薄する。


 離れればこっちが不利になるだけだ。恐れずに距離を詰めろ。あの図体だ。小回りは効かない。



「好きな女の子が苦しんでるのを見たら、助けたいって思うのが普通なんだよ……!! リッカの罪とか、世界の危機とか……そんなのは関係ない!」


 感情に任せ素直な気持ちを吐き出す。


『……!』


 当然、近寄れば今度は直接攻撃がくる。地面と並行に、長く鋭い爪で周囲を薙ぎ払うつもりだ。


「遅い! 『ソード・オブ・リベリオン』!」


 速度が乗り切る前にリベリオンを巨大な手首に向けて叩き下ろす。長く太い影の腕が両断されて石畳を転がった。


「ダルクも同じだ! 俺達はただ君を助けたいって思うからここまで来た。リッカが罪の意識を感じることなんて何もない……! 君は何も悪くないっ! 悪いのは厄災だ。今、ダルク達はその厄災と戦っている」

 《ナトリさん……》


 腕を切り落としたものの、間髪入れずに直上の巨大な頭部が光線放射の予備動作を取った。攻撃が来る。


『アトラクタブレードの使用を』

『あれを? ……そうかっ!』


 柄を両手で 握り、詠唱を刻む。


「ソード・オブ・リベリオン、『アトラクタブレード』!」


 輝く刀身が翠の燐光を放ち、杖から伝わる感覚が変化する。

 空間そのものを切り裂く。その感覚で一歩踏み出し、虚空を斬る。


 一閃の合間、体が光に包まれる。それはほんの瞬き以下の間。


「あいつは記憶を失くしても、ずっとずっと君を守ろうとしていた。そして今は英雄としての使命を無視してでも!」


 ダルクは正しい。あいつこそが本物の英雄だ。


《ダルク……》


 目の前には紫光のビームを吐き出すノーフェイスの太いうなじ。時空の歪みを通り抜け、一瞬の間に俺は化け物の背後を取っていた。


「女の子一人救えないで……それで世界が救えるかよ!!!」


 空中で体を捻り、翠の剣閃を奴の首筋に叩きつける。頭部に繋がる太い首は難なく斬り裂かれた。


 再び時空斬を放ち地面の上へとワープする。

 見上げると、ノーフェイスの巨人は黒い靄となって消滅していった。


「なんとか……、やったか」



 アトラクタブレードは時空の歪みを作り出せる。俺はそうして迷宮内の亜空間を渡った。


 だったら、時空迷宮の内部であればどこにいたって空間跳躍は可能なはずだ。戦いに応用することを思い付けたのはリベルのおかげだった。



 再び迷路を走り始めるが、さっきよりも疲労感が増している。

 アトラクタブレードの状態はそれなりに煉気を消費するらしい。連発していたらすぐにバテてしまいそうだ。


「俺はダルクの意志を託されてここまで来れた。リッカ、どうか厄災に屈しないでくれ。俺達と一緒に運命に抗うための一歩を、もう一度だけ踏み出して欲しい……!」

 《でも、もう私には何も》


「君にはダルクがついている。俺だっている。だから俺の手を取ってくれ」

 《…………》


「たとえマグノリア公国が消え去っても俺がリッカを決して一人にはしない!」



 そこら中から沸き立つノーフェイスの妨害はいつしか収まっていた。


 高い生け垣のように整った、白い花をつける緑の壁の前に辿り着く。

 そこに腰ほどの高さの抜け穴が空いているのを見つける。ちょうどリッカの家の生け垣の穴みたいだ。


 腰を折って中を覗き込むと、そこには初めて出会った時と同じように彼女が膝に顔を埋めるように蹲っていた。


「ようやく、会えた」

「…………」

「恐れも、不安も後悔も、少しくらいは一緒に背負わせてくれ。全部分け合えばきっと軽くできる」


 リッカが顔を上げる。迷いの色を浮かべた澄んだ青い瞳。

 泣いていたのか頬が僅かに赤らんでいる。細くて艶のある金髪が揺れる。


 わずかに胸が高鳴る、俺はやっぱりこの子のことが好きだ。



「本当に、いいんですか。そんなこと……」


 彼女を安心させたくて俺は笑う。一人で泣く必要なんてもう無い。君は何も悪くないんだから。



「リッカが罪を背負うなんて間違ってる。非情な運命が君を巻き込もうっていうなら、俺はその運命に真正面から歯向かってやる。……俺は絶対にリッカの味方だ」


「いいんで、しょうか……。私は……、私はここを出ても、いいんでしょうか……」

「いいに決まってる」

「でも私は、マグノリアのみんなを見捨てるなんて——」


 リッカの瞳から涙が溢れる。


「マグノリア公国は消えない。リッカや、俺達が覚えていれば記憶の中に存在し続ける。

 ……人はいつか必ず死ぬ。でも誰かが覚えてくれている限り、きっとそれは本当の意味での死じゃないんだ。俺たちが記憶を受け継ぐ限り決して消えてなくなったりはしない」

「……!」


 植え込みの奥に蹲るリッカに手を伸ばす。


 リッカは顔を上げ、迷いながらも俺の手を取ってくれた。


 彼女の手を引いて、植え込みの間からリッカを連れ出す。


「一緒に行こう」



 白く華奢な手を引いて白い花の咲き誇る迷路を走る。


「ありがとう。俺を信じてくれて」

「私には、まだ何が正しいことなのかわかりません……。でもナトリさんやダルクの気持ちだって、私にとってかけがえのないものだって思ったんです……。私は自分の心を、信じたい」

「その選択をリッカが後悔しなくていいように俺も頑張りたい」


 嬉しかった。リッカが俺を選んでくれたことが。気持ちが届いたことが。


 彼女のために何ができるのか俺にはまだわからない。それでも俺は君を……。



 繋いだリッカの手に力が込められる。


「ナトリさん……。私、あなたの事が————」


 リッカの言葉を聞き終える前に、俺達は視界を白く塗りつぶす光の中に包まれた。








 





挿絵(By みてみん)

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