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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第142話 時空を斬る者

 


 俺たちは空間を捜索し、フウカの気配を探りながら進んだ。


 時空の歪みを渡るのにも慣れて来た頃、勢い込んで飛び込んだ次の亜空間には足場がなかった。


「っ! う、わあああああーーーっ!!」


 なんの備えもなく空中に放り出されそのまま落下する。



 しかし、ほどなく俺の体は硬いものにぶつかって止まった。

 手近なものに掴まって身を起こす。俺は建物の残骸らしきものの上に落ちたらしい。


 強い時空嵐が渦巻き、何かに掴まっていなければ吹き飛ばされそうだ。


 岩礁のような残骸は風に流されて嵐の中を漂っている。


 周囲にはいくつもの残骸が同じように嵐の中を飛び交っていた。


「ダルク! クレイル!」

「ナトリー!」


 声の方を振り返ると、同じように残骸にとりついている二人が見える。


 同じ流れに乗ってはいるが、すぐに合流できそうな距離じゃない。


「今そっちにいく!」

「すまん……!」


 二人が残骸を伝ってこちらへやってこようとする。

 今乗っている流れの行き着く先を見た。


 遠く、時空間の深淵の中に竜巻のように渦巻く瓦礫柱が見える。途轍もない巨大さだ。


 その中心には全てを吸い込み引き寄せているらしい漆黒の球体が存在した。あれがこの時空嵐の発生源か。



 あんなのに巻き込まれたら粉々になって死ぬのは確実だ。


 時折稲妻のように紫色の紫電が空間を割くように走る。


 この時空迷宮に飲まれたら最後、最終的にはあの渦に辿り着くようになっているのだろうか……。



 過去、時空迷宮に飲み込まれたマグノリア公国がどうなったのか。嫌な想像をしかけて俺は時空の渦から目を逸らした。


 厄災を放置すればいずれ世界中がこの時空嵐に飲み込まれることになる。


 手に力を込めた時、激しい衝撃が体を襲う。

 気が付いた時には俺は闇の中に放り出されていた。


 他の瓦礫塊に衝突した? しまった————。


 上も下もわからず、激しく錐揉み回転しながら吹き飛んでいく。



「ナトリーっ!」


 鼓膜を打つ鈴の音ような声に俺は夢中で手を伸ばす。


 その手が人の温もりを掴む。目の前に薄紅色の瞳があった。


「フウカ!?」

「やっと会えた。ここまで来てくれたの?」

「無事でよかった……!」


 フウカは俺の手をしっかりと握り、体を捻って旋回すると近くの残骸に飛びついた。


 この嵐の中でも自在に飛び回れるなんて。すごい飛力だ。


「ありがとう、君のおかげで助かった……。クレイルとダルクもここにいるんだ」

「みんな大丈夫なんだね」


 彼女に掴まって残骸を飛び移り、風の流れを逆走する。


 やがてクレイルとダルクの姿が見え、瓦礫の上でなんとか合流することができた。



「みんな、来てくれてありがとね。厄災の影に飲み込まれて……、気が付いたらこんな場所にいたの」

「見つけられてよかった。さあ、こんな危ないところさっさと脱出しよう」


 強風の吹き荒れる空間を脱し、フウカに話を聞かせながら俺たちは迷宮の中心を目指して進んだ。



「何かが変だ」

「どないした?」

「封印が解除され、嫉妬の厄災アスモデウスは解き放たれてしまった。時空迷宮はもうマグノリア公国のあった場所に留まっている必要はないんだよ」

「世界を壊滅させるために動き始めたってことか?」

「そのはずなんだ……。でも厄災はまだ動く気配を見せない」

「何か動けん理由でもあんのか」


「考えられるのは……、リッカの存在。あの子はアスモデウスの力を借りたとはいえ、人でありながら迷宮を顕現させるほどの力を発現した。もしかしたら、同一化したことで厄災もリッカの意思の影響を受けるようになったのかもしれない」

「厄災、人の言葉喋ってたもんね」

「言われてみればな」

「リッカが……」


 厄災はリッカのことを封印を解くための依り代くらいにしか考えていなかったはず。


 彼女の存在は自らの枷にすらなり得るほどなのか。



 リッカの身が心配だ。厄災がもし彼女を邪魔と判断すれば何をするかわからない。


 そもそも封印を解いたことで、奴がリッカの身体を使い続ける理由はなくなったんじゃないのか。


「みんな、ここから先は迷宮の深層に近づいてく。その分アスモデウスの魔法ドミネイトも強まるはずだ。心して」


 俺たちは時空迷宮の中心部、厄災の存在すると思しき領域へと足を踏み入れた。




 §




「マグノリア城だ……」

「ここはまだ迷宮の最奥じゃない。もっと進まないとだめみたいだ」


 時空間の狭間を抜けると、俺たち四人は高い塔が突き立つ巨大な城の庭園に出た。


 ここは封印に近づく際に三人で通って来た庭だ。

 さっきと違うのは、時空嵐の吹き荒れる漆黒の空と黒々としたシルエットとなった城だ。


 普段は荘厳さの漂う美しい城が禍々しい雰囲気を放っている。


「わあっ、ここにもあの影がたくさんいる!」


 やはり今までと同じように地面から染み出す影達が目の前に立ちはだかる。俺たちはそれぞれ武器を構え、影をなぎ倒して居館へと向かう。


 庭園を乗り越えて居館内部に入ると天井の高い大広間を走る。



 一瞬広間の奥の景色が揺らいだように見えた。それは錯覚ではなかった。


 空間が歪められ、そこに徐々に何かが姿を現し始める。


 頭部から突き出た黒角、背中の両翼、尻尾。魔人となったリッカの姿が立ち並ぶ太い列柱の奥に浮かび上がった。


「お出ましか。わざわざ来てれるたァな。俺らのこと待ちきれんかったか?」

「リッカ……!」


 ダルクが俺たちの前に歩み出て、白い騎士剣を厄災アスモデウスへと突きつける。


「リッカの体を返せ。その上でお前を再び封印する!」

「それハ叶ワぬ。トるに足らヌ塵芥共」

「……昔に比べて随分お喋りになったじゃないか。アスモデウス」


 周囲の景色が歪み始めた。


「おい、またアレかっ」

「そうはさせない! 『ヴェルザ』」


 ダルクが胸の前に掲げた騎士剣の切っ先を天に向ける。


 鍔の部分に嵌った時計のような装飾が動き出し、うなりを上げる。

 それが収まると周囲の景色も元に戻っていく。


「キャスパリーグが僕の手にある限り、お前の魔法ドミネイトは通用しない。今度はこっちの番だ」


 解放された厄災の力はこの時空迷宮マグノリア全域を掌握している。

 俺たちを空間ごと握りつぶすことだってできるのだろう。


 しかし、ダルクの剣はそれに対抗できるらしい。


「時を駆ける、『進速(ウルズ)』」


 彼は床を蹴り、残像を残すほどの速度で魔人リッカに肉薄する。


 時空を歪める厄災の攻撃を回避し、鋭い斬撃を放つ。

 厄災の姿がかき消えたかと思うとダルクの背後に現れる。


「そこかっ!」


 空中で振り向き体を捻って袈裟斬りを放つという離れ業は、今度は直接厄災の纏う影に防がれる。


 純白の輝きを放つ細身の刀身が質量のある影とせめぎ合い、激しい燐光を散らす。


 英雄ダルクの卓越した体術と磨き抜かれた剣技が魔人リッカを押していく。


 でも、側だけみれば戦っているのはリッカとダルクだ。

 あの二人がこんなことになってしまうなんて。


 一刻も早く彼女を厄災から取り戻さなければ。


「フウカ、クレイル、ダルクを援護する!」

「うんっ!」

「おうよ!」


 ネコは元々柔軟な身体を持ちバランス感覚や俊敏性に優れている種族だ。

 それを極限まで高めた体捌きは自在に空中を駆けるようにすら見える。


 神器の力によって限界を超えた加速を得たダルクの動きは、最早何者にも捉えることはできないだろう。


 俺たち三人は厄災の動きを制限するように立ち回り、ダルクに攻撃の機会をより多く与えるよう援護に努める。


 ダルクは厄災の空間跳躍の出現地点を予測し、その先に追撃を置く。


「そこだ、『停滞スクルド』」


 軋みを上げて振るわれた騎士剣が閃くのとほとんど同時、空間転移によって目の前に出現した厄災にこれ以上ないタイミングで白光の枷が嵌められた。


 奴の動きが遅滞し、スローになっていく。厄災は赤い瞳でダルクを睨む。


 ダルクは宙返りで即座に厄災の前を離れた。


 ばつん、という短く重たい音が響き、厄災の目の前の地面がはつられたように抉れる。


 材質の硬さなど関係ない。空間ごと削り取る恐ろしい力だ。


「キえろ」

「まずいっ、みんな——!」


 魔人リッカがこの空間自体を震わせるような力の波を放つ。


 俺たちの前に飛び込んで来たダルクが剣を構え、空間を伝播する時空衝撃波から俺たちを守る。


「ぐっ、ううううううう!!!!」


 厄災の攻撃に耐えきれず、目の前でダルクの小さな体が弾け飛ぶ。


 防ぎきれなかった衝撃波は全身を強く打ちすえ、俺たちは吹き飛んだ。


「があっっ!」


 背中を石柱に強打し地面へ落下する。口の中を歯で切ったようで、血の味が染みる。


 鈍く痛む全身をすぐには起こせず、首を巡らせて周囲を探る。

 すぐ前方にこっちに背を向けて蹲るダルクの姿を認めた。


「ナトリ、生きてる……?」

「なん……とか……」

「……覚えてるかい、男の約束」


 忘れるわけない。俺たちで必ずリッカを守る。そうダルクと約束した。



「今から言うことをよく聞くんだ。迷宮の中心に向かってくれ……」

「迷宮の、中心……」

「そう。ここはまだ中心じゃないと言ったよね。本来ならあいつはそこにいるはず。迷宮は厄災自身でもあるから、そうでなくはおかしいんだ。

 ……でも今はその軸がズレてる。それにわざわざ僕たちを消すために奴自身が出張ってくる理由……。中心部には必ず何かがある。それはもしかしたら……。確かめにいけるのはナトリ、君だけなんだ」

「俺が?」


「君の持つ武器、切れないものはないと言ったよね。おそらくその剣なら、時空間を切り裂くことだって————。

 僕がアスモデウスをこの時空間に足止めする。その間に君が中心部へ行き、リッカを救う方法を探すんだ……!」

「!!」



 ダルクにしかできないこと。俺にしかできないこと。


 お互いに全力を尽くし、リッカを助け出す。


 リベリオンを握る手に力を込める。両目をしかと開き、ダルクの背中を見据える。


 地面についた腕に力を込め、軋む身体を起こす。


「次の攻撃が来る。早く!」

「わかった。必ず……、必ずやり遂げる」


 少しだけ振り向いた彼の口元が緩む。

 俺は自分の中に意識を集中した。



 迷宮の亜空を斬り裂き、時空の歪みを作り出す。


 思い浮かべるんだ。時空間。裂け目。樹木の繊維。そしてリッカのこと。


『……リベル』

『マスターが望むなら、応えてみせる』


 軋むように痛む体で白銀の杖を構える。


 行きたい場所を、会いたい人を強く想う。

 心にリッカの笑顔を思い描く。



 彼女の心に近づくために。


 そこへ繋がる道を……斬り開く。


 自分の中に浮かび上がる詠唱をなぞり、発する。



「ソード・オブ・リベリオン、『アトラクタブレード』……!」


 杖が組み変わり、青い刀身が現れる。

 いつもの剣形態、ソード・オブ・リベリオンだ。


「くっ……!」


 落胆しかけた時、持ち手の形状が変化を始める。

 側面から排気管のようなパーツが伸び、そこから噴出するように翠色を帯びた光が吹き出す。


 リベリオンの刀身は翠に輝き始め、より強く発光しながら微細な燐光を散らす。


 両手で柄を握り、振りかぶって空を切るようにまっすぐに振り下ろした。


 燐光を放つ刃で時空を切り裂く。


 そこに——、剣の軌跡に沿ってダルクが切り開いて来た時空の歪みと同じものが出現した。


 こっちを見るフウカとクレイルに目配せする。


「ナトリ、ここは私たちに任せてっ!」

「行って来い!」

「すまん……! 死ぬなよ、みんなっ!」


 時空の歪みに気づいた厄災が、再び凄まじい勢いで衝撃波を放つ。


 俺はそれを見届ける前に切り開かれた白い亀裂の中へ踏み込んだ。


「頼んだよナトリ。リッカのこと——————」












挿絵(By みてみん)

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