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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第138話 邂逅の刻

 


 マグノリア城地下の隠し通路の奥には薄暗い階段があった。


 ノーフェイスを警戒しながら注意深く階段を降りていく。

 古びた階段は途中何度か方向を変えながら、城のかなり深いところまで降りていった。


『マスター、これより先時間遡行が再度起こるとは限らない』

『わかってる。あんなものに頼ろうとは思ってない。もう一度アガニィとやり合うのはごめんだしな』



 俺たちは死を繰り返しながら一体どこへ向かっているのか。


 おそらくこの事態を引き起こした元凶である厄災は、なんのために時間を巻き戻すのか。


 世界を滅ぼすのが目的ならそんなことをする必要ないと思うが。

 ……考えてもわからない。その答えはおそらくこの階段の先にあるはずだ。



「この先明るくなってる」

「本当だ」


 階段を下るにつれ、内部の輪郭が徐々に浮かび上がり認識できるようになってきた。下の方からぼんやりとした明かりが漏れている。


 ついに階段は終わり、平らな地面に出た。城の最深部だろうか……。


 ここの雰囲気はなんだか外と違う。古い時代の空気でもそのまま残っているのか、不思議な感覚だ。


 階段の終わりからまっすぐに通路が伸びている。その先に空間があるようだ。光はそこから漏れて来る。


 俺たちは通路の先の空間に足を踏み入れた。上の城の内装とは雰囲気が全然違う。そもそも造られた時代が違うんだろう。


 何かの祭事施設のように中央に祭壇が設えられている。そしてそこに目的のものは存在した。



 それは不思議な物体だった。祭壇の上に浮かぶそれは、まるで影そのもののように光を吸い込む闇色の玉だった。

 見ただけで国中を襲ったあの影と同種のものだと感じる。これが厄災か……?


 漆黒の玉は白く細長い剣に貫かれていた。


 静謐な輝きを放つ白い剣は玉に垂直に突き刺さり、そのまま祭壇の中央に突き立っている。

 漏れ出る光の正体はこれだった。俺たちはしばしその光景に見入った。


「城の地下にこんなものがあったなんて」

「あれがマグノリア公国をめちゃくちゃにした原因なのかな」

「多分そうだ。でもあの白い剣……。もしかして、厄災は封印されている?」

「…………」


『翠樹の迷宮と同様、厄災は英雄によって封印されているものと推測される』

『でもおかしいぞ。街を浸食してる「影」は厄災の力なんじゃないのか。封印されてるはずなのに』


 周囲には玉と剣以外何も見当たらない。封印は破られているようには見えない。


 しかし、現に厄災の力は外に漏れ出している。



 勢いでここまで来たはいいが、俺たちは状況がまだいまいち掴めてない。


『「ジャッジメント・スピア」の使用を推奨』

『あれを攻撃しろってことか?』


 リベルの力なら厄災を消し去れるのだろうか。


 杖を出し構えようとした時、リッカが玉に向かって踏み出した。とっさにその腕を掴む。


「危険だ。近づかない方がいい」

「だめ、だめんなんです……。体が、心が、アレを求めるんです……」


 リッカは俺を見てすらいない。あの玉と剣に惹き寄せられている? 

 近づけさせるわけにはいかない。危険すぎる。


「っ?!」


 ものすごい力でリッカは強引に俺の腕を振り切ると、ふらふらと歩み始める。


「リッカ、だめだっ!」

「ダルク……」


 リッカの前にダルクが腕を広げて立ちふさがる。彼女を見上げる大きな瞳は真剣そのものだ。


「行っちゃダメだリッカ。あれに触れちゃいけない! 僕はリッカを城に近づけさせるべきじゃなかったんだ……」


 俺も再度彼女の腕を掴むが、それでもリッカは歩き出す。


 ダルクの言う通りだ。彼女をアレに近づけさせちゃいけない。たまらず、俺は彼女の胴体に腕を回して引き止めようとする。


 とてつもない力だった。彼女はたいして力を入れているように見えないのに、ぐいぐい引き摺られていく。まずいぞ……!


 リッカを止めるにはもはや攻撃するしか手段はなかったが、俺たちにそんなことができるはずもなかった。

 ダルクを押しのけ、俺の拘束をたやすく解いてリッカは祭壇の玉に手を伸ばした。



 その指先が漆黒の玉に触れ————、玉に怪しい紫炎が灯った。


 祭壇から一気に暗い炎が吹き上がり周囲を覆った。

 視界を覆われる刹那、白い剣が抜け落ち床に転がるのを見た。


「うわああああああっっ!」

「リッカーーーー!!!」


 影が晴れ、視界が戻って来る。祭壇の上にはリッカだけが立っていた。

 黒玉はどこにも見えない。彼女は無表情で俺とダルクを眺めている。


「リッカ……?」



「——にンげん」


 まるで感情の抜け落ちた声でリッカがつぶやく。


「ようヤく」

「なんだって……?」

「忌々シキ封印。ついニそれをヤぶリ、我は解放さレた」


「まさか、厄災……なのか?」

「我ガ名はアスモデウス。ク■※様ノ心にしたガい、スカイフォールを滅ぼス者」

「ぐあっ……?!!」


 リッカから発生した衝撃波を食らって、俺とダルクは吹き飛ばされ床を転がった。


 すぐさま起き上がり彼女を見ると、その姿に変化が現れ始めた。



 頭部、髪の間から二本の捩じくれた黒い角が生える。


 背中からは漆黒の羽らしきものが染み出す。そしてスカートからは細い尻尾が覗く。


 彼女の瞳に紫光が宿り、瞳孔が裂けていく。


「リッカ……どうしちゃったんだよ……」


『リッカ・ルメールは既に厄災と同一化し、魔人となっている』

「そんな……! 体を乗っ取られたのか? リッカの体を奪うなんて……——っ?!」


 異形と化したリッカがダルクに片手をかざす。咄嗟に隣のダルクを抱えて全力で走り出す。


 彼が立っていた場所に漆黒の影が発生し、空間が歪む。明らかにやばい感じだ。

 そこら中を侵食する影と同じ。俺たちは厄災の封印を解いてしまったのか? それよりも今はリッカだ。


「躊躇いなくダルクを攻撃するなんて。俺たちがわからないのか、リッカ……!!」


 呼びかけが彼女の心に届き我を取り戻すなんて、そんな簡単にいかないことくらいわかってる。

 無駄とわかっていても、俺にはそうすることくらいしかできない。


 厄災にリッカを人質に取られるという最悪の状況だ。


「くそっ……!」



 重苦しい重圧が辺りを覆っていく。奴の攻撃が来る————。


 耳元を熱風が掠めた。目の前で炎が爆裂し、火の粉が飛び散る。


 爆炎の向こうから腕を振るい炎を打ち消し魔人となったリッカが歩み出る。


「すまんな、遅くなった」

「みんな、大丈夫?!」


 俺たちの側へフウカとクレイルが駆け寄って来た。追い付いて来てくれたようだ。


「やたらとデカい影に絡まれてな。フウカちゃんのおかげで目的地はわかっとったんやが、ちとゴミ掃除に手間取っちまった」

「ありがとう、クレイル!」

「ねえあれ……、リッカなの?!」

「ここで封印されていた厄災を見つけたんだ。そしたらリッカがそれに触れてしまって。多分体を乗っ取られてる。今のリッカは復活した厄災そのものだ……」


 二人は変貌してしまったリッカを見つめる。床で燃える炎に照らされた彼女はこちらを見下ろすように睥睨する。まるで邪魔な石ころでも見下ろすような視線だ。


「散れ!」


 クレイルが叫ぶ。各々に飛んだり、走ったりと即座にその場を離れた。


 空間が歪み、黒い影が発生する。

 あの影を自在に操れるようだ。中央祭壇のリッカを取り囲むように俺たちは分散する。


『時空間の歪み。接触は非常に危険。「ジャッジメント・スピア」の使用を』

『わかってる! でもあそこにいるのはリッカなんだよ……!』


 彼女ごと消し飛ばせというのか。


「どうするナトリ!」


 地下広間の柱を伝って飛びながら厄災の影の攻撃を回避するクレイルが叫ぶ。


「リッカを……拘束する。頼む、みんな……あの子を殺すのは」

「しゃあないなァッ!」

「リッカを傷つけられるわけないよっ!」

「影の攻撃に気をつけろ! 触れたらただじゃ済まないっ!」


 攻撃が当たった壁や柱は削り取ったように大きく抉れている。恐ろしい力だ。


 本体がリッカである以上、俺にできることは少ない。できるのは、クレイルやフウカたちから注意を逸らさせることくらいだ。


「叛逆の弓、『アンチレイ』!」


 走りながら牽制に光を放つ。


「リッカを返せ! 俺が相手だ!」

「…………」


 奴の注意がこちらに向き、背後からクレイルが波導を放つ。


「ちィと熱いが我慢せえよ! 灼熱の尾、『炎鞭(アグニール)』」


 リッカの体に炎の鞭が巻きつくが、彼女の体の周囲を覆った影によって跡形もなく消し去られてしまう。


「守りを……、『障壁(ウィオル)』!」


 リッカの脳天を目掛けて落下するフウカが両手で波導障壁を展開する。押しつぶして身動きを封じるつもりか。


 魔人リッカが上に伸ばした手の先に影が灯り、フウカの波導はそれに飲み込まれて容易く消え去った。

 空中で姿勢を制御したフウカは翻って着地する。


「やりづれえな。俺らは火に風の属性エモ、とてもじゃねえが拘束に向いた力やない。おまけにあいつの力のタチの悪さときたら、たまらんなこら」

「……でも、やるしかないよっ!」


 相手は強大な力を持つ厄災。奴は人の言葉を理解していた。力で敵わないのなら、対話で情報を引き出し彼女を助け出すための糸口を探るのだ。


「お前は世界を滅ぼすんだろ? その子のことなんてどうだっていいはずだ。リッカの体を返してくれ!」

「矮小ナるにンげん如キが」

「そのちっぽけな存在に拘ってんのはお前自身だって言ってるんだ!」

()()ハ我がヨり代。すデに我自身よ」

「勝手なことを言いやがるぜ」


 クレイルの言う通りだ。このままリッカを取られてたまるものか。


 こちらを見下ろす魔人リッカの背後に小柄な影が飛び上がる。


「リッカの体から出て行けっ! このわからず屋!!」


 飛びかかったダルクの振るう機械槌が厄災の背中に叩きつけられる。

 しかし、それでもリッカはわずかに背を仰け反らせた程度だった。彼女の瞳がダルクの方を向く。


「くそおっ!」

「小賢しイ毛玉フゼいが……。貴様ハ後形もなく消しサる」


「避けろダルクっ!」


 ダルクはネコの身軽さでもって転げるように影から逃れるが、瓦礫の破片につまづいてバランスを崩してしまう。


「させない! 『障壁(ウィオル)』!!」


 二人の間に割って入ったフウカが障壁を展開し厄災の攻撃を弾く。


「二人とも、上だっ!!」


 はっと顔を上空に向ける二人。その視線の先には一体どこから出現したのか大質量の岩塊、瓦礫の塊のようなものが浮かんでいる。こんなこともできるのか。


「潰レよ」

「うああああっ!!」


 轟音を立てて瓦礫塊が落下し、二人を押しつぶす。あまりの速さに駆けつけることすらできない。


 もうもうと立ち込める粉塵の向こうに目をこらす。



「フウカ! ダルクッ!」


 粉塵が収まってくると、なんとか立っているフウカとその足元に倒れるダルクの姿が見えた。


「はぁ、はぁ、はぁっ」

「ううっ……」


 なんとか無事のようだが、完全には防ぎきれていない。奴の力は詠唱とか、そんなもの関係ない速さで空間に影響を及ぼす。


 ダルクの側に転がる金属塊、自慢の試作兵機は潰れて使い物にならなくなっていた。


「くそ、くそぉ……」


『即時撤退を推奨する』


 戦力差は歴然。この場から撤退するしかないのか? 俺にはリッカを見捨てることなんて————。



「リッカは渡さない。渡すもんか……。待ってて、今助けるから——」

「滅セよ」


 苦しげに呻くダルクが、目の前に転がった白い剣を手に取る。


 魔人リッカの手のから膨大な量の影が噴き出す。それらはフウカとダルクを飲み込むように襲いかかり、二人を覆い尽くした。


 瞬きする間も与えない一瞬の出来事だった。













挿絵(By みてみん)

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