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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第137話 影に潜む者達

 


「……さん、ナトリさん」

「リッカ……」

「よかった……」


 目の前に俺の顔を覗き込んでいる心配そうなリッカの顔がある。


 リッカの青く大きな瞳をぼんやりした思考のまま頭一つぶんくらいの距離でじっと眺める。


「……っ」


 リッカはついと視線を逸らした。夕日のせいか、彼女の頬は赤く染まって見えた。


「あ、痛て……」

「すぐには動かない方がいいですよ」


 遅れて体の痛みを自覚する。俺は壁に寄りかかるように座らされていて、肩と足の所々が痛む。



 そうだ、浮遊船が大破して投げ出されたんだ。


「治癒エアリアを使いました。少しは痛みが和らぐといいんですけど……」

「ありがとう……。ごめん、貴重なエアリアを使わせて。情けないな」

「気にしないで。それより大きな怪我がなくてよかったです」


 周囲を見回し状況を把握しようとする。リッカ以外には誰もいないのか。



「だめだよリッカ。この近くに二人はいない。下まで落ちちゃったのかも。ん、起きたんだねナトリ」


 壁の向こうからひょっこり姿を現したのは小柄な白ネコのダルク。



 俺は壁に寄りかかったまま二人から話を聞いた。


 俺たちが今休んでいる場所は城壁の途中に立つ尖塔の直下。壁の上に張り巡らされた通路の上だ。


 この塔にぶち当たった船は大破し、俺たちはバラバラに吹き飛んだ。


 二人は運良くこの塔の近くに着地することができたけど、クレイルとフウカははぐれてしまったようだ。



「クレイルが波導を使ってくれなかったら、僕たちはみんな塔に叩きつけられてぐちゃぐちゃだった。早いとこ合流してお礼言わなきゃ」

「うん。でもなんとか、中に入ることはできたね……」


 ちなみに俺は激突の衝撃で頭を打って気絶したが、幸い塔の装飾に引っかかって助かった。

 体の怪我はそのときのものらしい。


 俺なら余裕で死ねる事故だったが、運はよかったらしい。あまり喜べはしないが。


 足をさする。痛みはするが、動かせないような怪我じゃない。力を入れて立ち上がる。


「俺はもう大丈夫だから、行こう二人とも。フウカたちなら多分無事だ」

「あの二人なら、きっと大丈夫ですよね」

「うん。リッカの感じる力の源を目指していけばきっと二人にも会えるはずだ」



 俺たちは並んで黄昏のマグノリア城を見上げた。


 こうして近くで見るととても巨大な城郭だ。


 周囲は黒くまだらに塗りつぶされた空がこの世の終わりかと思えるような様相を呈しているが、この城はいまだ無傷。


 浮かぶ城壁の下に見える丘や城下町の惨状を横目に、城に向かって伸びる通路の上を走り出す。



「今更だけどこの城、公爵家や大臣と使用人数十人だけで生活するには広すぎるよな」

「たしかに」

「このお城は元々旧世紀からある遺跡だって聞きました」

「旧世紀ってことは七百年以上は余裕で経ってるんだな」

「この国で一番古い建物なんじゃない。独特な雰囲気があるしさ」


 城下町からはどこからでもマグノリア城を望むことができる。


 普段は街の象徴として存在する、高い尖塔が並び立つ荘厳で美しい城だ。



 リッカによれば、マグノリアは旧世紀の大戦より後はユリクセスの国となり、その時に遺跡は城として改築され今の姿に至るそうだ。


 その後ユリクセス達は北方に追いやられ、戦争でミルレーク諸島を勝ち取ったエイヴス王国から派遣されたマグノリア公爵がそのまま居城として政務を行うようになった。


 外からではよくわからなかったけど、幾重にも張り巡らされた城壁はまるで要塞のような堅固さ。


 旧世紀以前は一体どんな役割を持つ施設だったんだろう。



 城壁の間に渡された間橋通路の途中、前方に突如影のようなものが揺らめいた。


「っ!! 二人とも、俺の後ろに!」


 それは地面から染み出したかと思うと何かを形作って行く。


 影で編まれたそれは、腕をついて四つん這いになった人のような姿をした漆黒の何か。


 人か、獣か、現れた二体の影には頭部らしきものがある。しかし顔はない。

 ないが、俺たちに向けて放つ強い敵意、憎悪のようなものはひしひしと肌で感じられる。


「な、なんだあれっ! 一体どこから?」

「モンスター……? 見たこともない種類です」

「わからない……。けど俺たちを襲うつもりだ」


『二体のノーフェイスを確認。討伐を推奨』

「?!」


 頭に響くリベルの声が告げる。

 ノーフェイスだって? それって確か……。俺たちが迷宮で戦ったっていう化け物か?


「そういうことなら————、叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』!」


 リベリオンを構え、詠唱する。


 まばゆく輝く光剣に形を変えた杖を握りしめ、二体の影に向かって走る。


 すれ違い様に一体を斬り抜け、奥のもう一体を返す刀で切り裂く。


 影達は通路に崩れ落ち、黒いもやとなって消滅した。



「やっぱすごいやナトリは。あんな得体の知れないものに立ち向かっていけるなんてさ」

「ありがとうございます、ナトリさん」

「まさか城にこんな奴らが蔓延ってるなんて……。急ごう、嫌な予感がする」

「はい!」


 リベルによればノーフェイスは迷宮に巣食っているって話だった。

 なんでこいつらがここに? この城は迷宮とは関係ない。


『ノーフェイスは厄災の眷属』

『じゃあ……、やっぱり影を発生させてるのは厄災なんだな』


 あまり嬉しい情報とは言えない。なにしろそれをどうにかしないことには俺たちが助かる道はないのだから。


 城壁の門を潜りながら、厄災とやらに思いを巡らせる。


「第一城郭まで来たかな。結構複雑な構造だよ」

「リッカ、力の気配はどの辺りから来るのかわかる?」

「はい。お城のほとんど中心、あっちの方角です」

「わかった」


 城郭塔の内部螺旋階段を下る。


 壁や踊り場からノーフェイスが湧き出してきて邪魔をする。二人を庇い影を斬り伏せながら先を急ぐ。


 城郭塔最下部にある出口を飛び出すと、その先は城の空中庭園だった。居館を囲むように広い庭が造られ、視界を遮るように垣根や渡り廊下、塔が立っている。


 手入れされた美しい庭だ。できれば景色を見るために来たかった。


 もちろん俺たちを出迎えるのは多数のノーフェイスだけだった。


「ここにもいるか……」


 庭園に踏み込んだ俺達を取り囲むように、奴らは地面から滲み出すように湧いてくる。


 駆け寄って来る影をリベルで捌き、どうにか二人を守る。


 しかし奴らは垣根の隙間や通路からわらわらと現れ、俺たちは瞬く間に囲まれてしまう。


「数が、多い……!」


 別々の方向から多数の影が襲いかかる。まとめて斬り捨てるが、一人じゃ捌ききれない。


「空なる砲弾、『フィオリム』!」

「これでも喰らえっ!」


 背後で影が吹き飛んだ。

 振り返ると、短杖を手にしたリッカと持って来ていた大きな金属製の槌を構えたダルクが俺を見る。


「僕たちだって足手まといになるために付いてきたわけじゃない!」

「そうだよ。自分の身くらい守れます。だから後ろは気にしないで、ナトリさん!」

「そうか、心強い……!」

「試作兵機三号『アイアンプレス』の威力を舐めるなよぉっ!」


 ダルクの持っている重そうな槌は、刻印機構を組み込んだ機械の武器らしい。

 インパクトと同時に刻印が作動して、追加で重い衝撃が加わるようだ。


 リッカの波導も強力な術は使えないようだが敵を寄せ付けない程度には威力がある。


 俺たちはひたすら影を寄せ付けまいと奮闘した。


 もっと速く、もっと正確に。


 こんな動きじゃ二人を、みんなを守れない。

 だったら————もっと強くなるしかない。


「二人とも伏せろ!」


 光の刃が長く伸びる。腰を落として地面と水平に、周囲すべてを薙ぎ払う。


 刀身を伸ばしての回転切りによって、俺たちを取り巻く影は全て消滅した。


「やったぁ!」

「すごい……!」

「数が減った、今のうちだ。このまま突破するぞ!」

「はい!」


 手薄になった影の包囲を振り切って城の居館を目指し進む。


 次々と現れる影を撃退しながら走り抜け、俺たちはついに居館内部へと足を踏み入れた。


 高い天井と壁、磨かれた床材を窓から差し込む夕日が等間隔に落ちて照らしている。

 広い館内の空間は全体的に薄暗い。


「あそこの大階段から地下に降りましょう」

「よし」


 高く太い柱の並び立つ大広間は、俺たちの足音以外に物音はしない。誰もいないのか。


「人気はないね……」

「まさか、城の人たちは避難できずにみんなあの影に……」

「どこかに隠れて耐えててくれればいいけどな……」


 上下に続く大階段を下に降りると、これまた広い地下広間が目に入る。


「まだ下です」

「地下への通路はどこだ?」


 地下広間からはいくつかの通路が伸びているが下への階段は見当たらない。探すしかないか。


「…………」


 階段を降りきって広間に降り立つと、急にリッカが立ち止まった。


「どうしたのさリッカ」

「地下への階段……、こっちです」


 そう言うと、彼女は先に立って駆け出した。


 影の発生源、恐らく厄災に近づいたせいなのか、リッカには地下への通路がどこにあるのかわかっているみたいだ。

 廊下を進み、角を曲がり、迷いなく進んでいく。


 そして俺たちは妙に廃れた感じのする区画の突き当たりまで来てしまった。


「行き止まりか」

「ううん……、ここで間違いない」


 リッカは左の壁を向くと、しゃがみこんで古い石組みの壁に触れた。


 と、彼女の触れた石材はそのまま壁の奥に押し込まれていく。


 そして重たい音と振動が鳴り、突き当りと思われたなんの変哲もない壁が横に動き始めた。


 そしてその奥に通路の続きが現れる。


「隠し通路……ってやつ?」

「リッカ、どうしてこんなのを知ってるんだ?」

「私にも……分かりません。今は先を急ぎましょう!」


 俺とダルクは顔を見合わせるが、すぐにリッカの後を追いかけた。




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