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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第128話 炎嵐

 


 走り去るダルクとリッカの背中を見送る。


 が、橙髪の少女だけは逃げようとしなかった。

 彼女は俺の隣に立つ。


「君も早く! こいつはすぐに再生する!」

「私も戦う!」


 そう言うと、彼女は両手を俺の火傷を負った腕にかざした。

 緑色を帯びた光が赤く痛々しい傷を覆う。


 あたたかい……。


「治癒波導か……?」


 みるみる苦痛が引いていく。痺れて動かせなかった腕は、痛みが気にならないほどまで回復する。


「ありがとう。君の名前は」

「私はフウカ。キミは私たちを守るために一生懸命戦ってくれてる。だから私も逃げないよ」



 フウカ。俺はどこかでその名前を……。記憶の糸を手繰り寄せようとするが頭に霞がかかったように何も掴めない。



「何度やってもアガニィは死なないよ。それよりあんたの波導、なにそれ。

 最低……。せっかく刻み込んであげた痛みも苦しみも、全部なかったことにする治癒の力だなんて、冗談でしょ。————お願いだから、早く死んでよッ!!」


 立ち上がるアガニィの頭部はすでに元通り。その瞳に明確な殺意が揺らめき、奴の体から大量の水が迸り出る。なんて水量だ。


「ッ?!」


 奴から全方位に放出されるように伸びた太い水の触手を掻い潜り、クレイルが広場を駆けて距離を取る。


 今までで最も多い水の攻撃、その全てがフウカと俺を狙ってあらゆる方向から押し寄せる。


「私の力でキミを守る……届かせないよ、『隔壁(ウィオラス)』!」


 波導の壁が展開し俺たちの周囲を包み込んだ。そこにアガニィの全力の水が叩きつけられる。


 フウカの作り出す波導障壁はその勢いをものともせず攻撃を防ぎきった。


 どういう仕組みかわからないが、ただ攻撃を防ぐだけじゃない。まるで壁自体が水を打ち消しているみたいに見えた。



「うそ……。あんたなんかが、あんたなんかが……ッ!!」


 フウカに全力の波導を凌がれ、アガニィの顔に驚愕の色が浮かぶ。


 水を躱しつつ炎の術で牽制していたクレイルが俺たちの側に降り立った。


「お前ら、こいつの波導はただの水やない。おそらくは響と水の二色使い(デュプル)。響波導は地味な系統やが、他の性質エモと合わさると凶悪極まりねえ。奴の力の正体はそれや」



 響波導。それが突然何もない場所に水が出現したり、水に触れただけで負傷するほどの高熱の正体なのか。


「それでクレイル、対策は?!」

「響波導は振動でフィルを操作するが、特に制御が難しいと聞く。この女、詠唱もろくにしねぇが杖だけは持ってやがるからな。

 おそらくアレを取り上げりゃ波導の精度はかなり落ちるはずや。杖を叩き折れば勝機があるかもしれん」

「あれを壊せばいいんだな?」


 確かにアガニィは頑丈そうな金属製の杖を携えている。


 クレイルの火は奴まで届かない。俺があの杖を破壊するしかない。



「守りは任せて。二人は攻撃に集中して!」

「助かるぜ」


 アガニィを包み込む水の壁はますます厚く渦巻き、近づくのは容易じゃない。


 でも俺はフウカの言葉を信じ奴に向かって踏み出した。


「うおおおおっ!!」


 叩きつけられる水触手を火剣を手にしたクレイルと共に切り落とし、前進する。


 狙いは一点。アガニィの杖だ。


「うふふ……っ」


 奴は俺たちに覆いかぶせるように大質量の水流を放つ。

 斬ってどうにかなるレベルじゃない。だが、恐れはなかった。


「守って! 『重障壁(オル・ウィオル)』!」


 後方のフウカが障壁を展開し水の壁を真正面から受け止めた。


 水流が弾け飛び散り、広場に大きな波音が響き渡る。


 ぶ厚い水の壁の向こうに見えるアガニィの杖に灯った青い光は、必殺の一撃を叩き込むための目印だ。


「叛逆の剣……、『ソード・オブ・リベリオン』」


 白銀の杖に気合を込める。低く引いた剣が、強く青く、発光しながらその刀身を伸ばしていく。


 水の守りなんて関係ない。こいつで一気に打ち砕いてやる。


「喰らえッ!!!」


 すくい上げるように下段から剣を振り抜く。長く伸びた刀身の先端は風すら切り裂くほどの速度に到達する。


 蒼光の一閃はアガニィの持つ杖を破壊し奴の胴体を上下に切断した。


「杖を……砕いたっ! ぐっ……」


 杖はアガニィの手から離れ光を失い地面に転がった。



 急激に身体から力が抜け、立っていられずに地面に膝をつく。俺を庇うようにクレイルが目の前に立った。


「あとは任せえ。万物を紅蓮に染め上げろ——、魔人の檻、『炎獄宮オル・アグネリア』」


 クレイルの炎が真っ二つになったアガニィを水ごとその火中に閉じ込める。



 上位の炎の術に、広場は昼間のように照らし出され熱波が辺りを襲う。近くにいると溶けてしまいそうなほどの熱量だ。


 水と炎が鬩ぎ合い激しい光を放つ。相性不利にも関わらずクレイルの炎はアガニィを完全に押さえ込んでいた。


 炎の中に影が揺らめく。こんな火力の中でも人の形を保っているのか。


「あつい、あついよぉ……。アガニィの穢れた体が浄化されちゃう」

「これでも足らんか……! だが、ナトリのお陰で水の勢いはかなり落ちてるぜ。後もう一押しや。

 おいねーちゃん! さっき使うた波導、あんた風術士やろ。こいつを俺の術ごと風の壁で覆うてくれ!」

「か、風っ?」


 彼女は困惑するように俺たちの顔を窺う。


「風の波導なんて使ったことない……」

「んなワケあるかいな! さっきの障壁緑色やったろ。風属性やんけ!」

「え……?」

「……フウカ!」


 彼女の薄紅の瞳を見て言う。


「大丈……夫だ。君ならできる。きっと! 心の中で、思い浮かべるんだ……。風を!」


 彼女は俺を見て頷き、意を決したように歩み出た。


「みんな命をかけて戦ってる。私にだってきっと……できる」


 フウカは両手を胸に当てて目を閉じる。再び開かれた瞳は、強い薄紅の輝きを放っていた。


「風の波導。緑の壁……、巻き起これ——、風よ」



 アガニィの生み出す水を飲み込み、一瞬で蒸発させていくクレイルの炎。


 さらにその周囲を強烈な風が取り巻く。吹き荒れる風は逆巻き、風に乗った炎がその勢いを増大させる。



 クレイルの杖から放射される紅蓮の炎は、フウカの波導が生み出す強風と合わさりついには荒れ狂う灼熱の竜巻となる。

 その中心は一体どれほどの高温に達しているのか。


「ええぞ! これが俺らの即席複合術式(フュージョン・スペル)——、『ヴォルテクス・フレイム』や!」



 前方から吹き付けてくる炎の嵐から顔を庇い、両腕の間からアガニィの様子を窺う。


 赤に白に、激しく光を発する炎の嵐の中、幽鬼のように揺らめく人影を認める。


「あ、つい。溶け、ちゃう……。アガニィの、か、ら、だ……」


 地獄のような炎嵐にその身を焼かれ、裸体の少女の身体は再生速度を上回る火力によって一瞬の内に炭化し崩れ、飛び散っていく。


 業火の中でアガニィは損傷と再生を繰り返し、ぐねぐねと蠢く黒い影となり少しずつ燃え尽きていく。



「ううっ……」


 それは凄惨を極めた光景だった。それでも、これはあいつがここでやったことの報い。


 俺は目を逸らさず二人の波導を見守った。



 アガニィは炎の中、まるで懺悔するように手を組み合わせていた。


「ああ、あたしのからだが、力が消える……。ごめんなさい、姉様。ごめんなさい、父様。アガニィはやっぱり役立たずでした……。ごめんなさい」


 今更謝罪の言葉なんて聞きたくない。そんなものこいつには似合わない。

 地獄の底で自分のしでかしたことを償い続けろ。



 目や口から炎を吹き出し、全身を真っ黒に焦がして燃え尽きるアガニィがこっちを、フウカをその空虚な目で見ている。


「このままずっとあんたの平凡な幸せが続くわけ、ないんだから。せいぜい今を楽しんでおくといい。

 ……それももう、どうでもいいや。

 あたしにも死が訪れるなら、……この胸を刺し貫くような痛みも、きっと————」



 声帯が焼き切れ、言葉が途切れる。その姿は完全に灼熱によって分解される。


 やがて炎の中にアガニィの姿はひとかけらも見えなくなった。











挿絵(By みてみん)



————アガニィ排除における必須要因


▷リッカ・ルメールの生存

▷ナトリ・ランドウォーカー、フウカ・ソライド、クレイル・ギルバートの合流

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