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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第127話 守る意志

 


 アガニィの杖に青い水の波導が宿る。


「させるかっ!」


 橙髪の少女を害そうと向かってくる奴の進路を塞ぐように光剣で斬りかかる。

 アガニィは剣の軌道から逃げようともしない。


 杖ごと切り飛ばされた奴の右半身はすぐに再生し、地面に落ちて消滅していく自分の腕から杖だけを拾い上げた。


「う、げ……っ」

「え、うそ……っ?!」


 ダルクと少女はアガニィの「恋の病(ネクロフィリア)」に衝撃を受けているようだった。


 アガニィは何故かこの少女のことを憎んでいる。しかし彼女は奴のことを知らない様子だ。


 この子からはあいつのように邪悪な気配は感じない。

 むしろ、俺はこの子を守らなければならないと強く感じている。この気持ちの正体はわからないが……。



陽炎ウラカン


 炎が空間を閃く。アガニィを取り囲むように三人のクレイルが現れ炎の剣を纏わせた杖を奴に向けて振り下ろす。


「邪魔しないでよ」


 アガニィが身にまとう水が瞬時に逆巻きクレイルに襲いかかる。三人のクレイルは水に飲まれると揺らめく炎となってかき消えた。


「燃えろ、『火剣メルカムド』」


 女の背後から突然姿を現したクレイルが、有無を言わさず波導で作り出した炎の剣を奴の首に突き立て、そのまま首を撥ね飛ばした。


「……!」


 俺も無防備になったアガニィの裸体にリベリオンを叩き込む。


 細い体は切断され地面に崩れ落ちた。すかさずクレイルが杖から激しい炎を放出し奴の残骸を燃焼させる。


 が、アガニィだったものから大量の水が溢れ出した。俺とクレイルは反射的に飛び退く。


 残った胸部が膨れ上がり、急速に人体が復元されていく。



 いくら体を切り刻もうが燃やし尽くそうが、奴の回復速度と水の波導の前に無駄なあがきとなってしまう。落ちた首や下半身はぼろぼろと崩れ去り、水の中で超速再生を果たしたアガニィが口元を歪ませて嗤った。


「痛いのは大好きだけど、おにいさん達の相手は後でしてあげる。今は大人しくしててよね」


 あくまで少女を狙うつもりか。アガニィは自らを分厚い水泡で包み込み俺たちの攻撃を寄せ付けない。

 単純な水量による水の守りだ。これではクレイルの火の波導も通じないだろう。


 じりじりと後退しながら、剣を構え少女を守るようにアガニィの前に立ちふさがる。



「ねえおにいさん。どうしてそいつを守ろうとするの。()()にそんな価値はない。……あたしの方が上なのに。……忌々しいわ」


 アガニィの瞳に危険な輝きが増す。後ろには少女とダルクがいる。ここから引くわけにはいかない……!


「ふふっ……」


 アガニィの水塊から再び幾本もの水の触手が伸びた。クレイルと俺たちにそれぞれ襲いかかる。


 次々と迫り来る水の魔手をリベリオンで叩き斬るが数が多すぎる。

 捌き切れない水が左腕に叩きつけられ強烈な熱が体を犯す。


「ぐあああああっ?!」


 熱湯に直に触れたような痛みだ。即座にリベリオンで触手をはたき落とす。


 見ると、左腕はシャツの袖がなくなって上腕が赤く爛れ、表面は溶けかけている。


「がああっ……! はぁっ、はぁ……!」


 酷い火傷だ。あまりの痛みに手が痺れてうまく動かせない。


「うふふふっ! 苦痛の叫びはいいわ。苦しそうな顔、声、とっても魅力的よぉ。……決めた。やっぱりおにいさんはアガニィのものだよっ!」

「貴様……ッ!」


 嬉々とした表情を次の瞬間には一転させ、女は殺意に満ちた瞳を長い髪の隙間から覗かせて少女を見る。


「でもね、あんたは違う。気に入らない……。あんたがそっち側に、おにいさんの隣にいるのが許せない。いいはずないっ! だからあんたは苦痛を与える間も無く殺してあげる……ッ!」


「切り裂け、『フィオル』っ!」


 少女に向って振り下ろされた水の触手が後方から飛んできた半透明の刃によって切り落とされ、空中でただの水へと還る。


 俺の隣に立ったのは逃げたはずのリッカだった。


「リッカ!?」

「リッカ……、逃げたはず、じゃ」

「私だって、波導術ウェザリアを学んでるんですっ……! みんなが危険な目にあっているのに、街の危機なのに、一人逃げるなんて……。

 は、波導は平和のため、人々のために行使するものっ。だから……ぜ、絶対、し、死なせませんっ。ダルクも、ナトリさんもっ!」


 目の前に立って短杖ワンドを握りしめるリッカは震えていた。彼女はまだ訓練生でろくに派導を扱えないと聞いている。……無茶だ。


「リッ、カ……」

「もう……。なんなの。こぞってそれを庇って……。あんたにはそんな価値ないっていうのに」


 足に力を込め、リッカを抱えるようにしてその場を飛び退いた。


 直後、彼女の立っていた場所に水泡が出現する。


「きゃ!」

「リベリオン!」


 アガニィが伸ばす水の触手を斬り落す。


「リッカは殺させない。もう、誰一人……!」

「そこをどいてよ、おにいさん」


 容赦なく叩きつけられる水の魔手。俺の後ろにはリッカとダルク、少女がいる。

 ここで負けたらさっきの幻視の二の舞だ。腕が千切れようが、腹が抉れようが必ず食い止める。


 あんな光景二度と見てたまるかよ。


 覚悟を決める。水の軌道に精神を集中し、その全てを意識の内に収める。

 体はそれに従い素早く反応し、迫り来る水の全てを打ち落とす。


「はあああああっ!!」


 負傷した体を無理矢理動かし、限界を超えてアガニィの猛攻撃を叩き斬っていく。



 剣によって水の触手を封殺しながら反撃の機会を窺う。僅かだが確実な隙。それを見極める。


「叛逆の弓、『アンチレイ』」


 燐光を放ちながら瞬時に組み代わり、変形した杖をアガニィに向けた。強く意志を込め引き金を引く。



 眩い光が射出され、水の触手を打ち消しながら奴の頭部を丸ごと吹き飛ばした。


「みんな! 今の内に離れろッ!!」


 ダルクがリッカの手を引いて駆け出す。リッカは迷うように俺を見た。


 リッカのあんな酷い姿を二度と見ずに済むなら俺はいくらでも体を張ってやる。

 迷う彼女を後押しするように俺は無理やり笑ってみせる。



 それを見て、リッカは未練を断ち切るようにダルクと一緒に走り出した。


 頭部が吹き飛んだアガニィに剣の切っ先を突きつける。


「今度こそ俺がお前を食い止める。皆の後を追わせはしない!」








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