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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第126話 謂れ無き憎悪

 


「は?」


 広場に並んだ民家の壁を伝って赤毛のストルキオが飛び、その後を巨大な水蜘蛛のような形態の水をまとうアガニィが追う。


 建造物を破壊しながら激しい攻防が繰り広げられるが、俺はその結末を既に知っている。



 俺は改めて広場を見回した。また……。またこれか。


 さっきから似たようなことが繰り返し起きる。俺はどうなっちまったんだ。夢を見てるのか。


 これから先ほど見た光景の通りのことが起きるとするなら、いずれあのストルキオはアガニィに捕らえられて大怪我を負う。


 はっと顔を上げ、時計塔を見る。広場の先にまだ焼け落ちる前の時計塔が見えた。


 もし今見た光景がこれから確実に起こることだとすれば……、あの中にはダルクがいる。急いで駆けつければまだ間に合う!


 広場でアガニィと激しく戦いを繰り広げるストルキオを一瞬見たが、俺は時計塔の扉に向かって全力で走り出した。



 塔の前まで来るとそのまま勢いよく扉を開いて中に入った。


「うわあっ! ……ってあれ? ナトリじゃんか」

「無事かダルク!!」

「よかった。広場で騒ぎが起きて悲鳴が聞こえたからここに隠れてたんだ。ナトリ、リッカは一緒じゃないの?」

「リッカはもう逃がしたから心配いらない。すぐにここから出るぞ。ここは崩落する」

「崩落? う、うんわかったよ。あ、待った。この人も一緒に」


 埃っぽくて薄暗い時計塔の内部には木箱や催しに使う道具などが積み重ねられている。その影から人影が歩み出てきた。


「君は……」


 橙色の明るい髪と暗闇でも目立つ薄紅色の瞳。


 この少女には昨日会っている。空輪車で転んだ時に財布を拾ってくれた子じゃないか。

 見た目のインパクトが強すぎて記憶に焼き付くように覚えている。少女は怯えるように不安げな表情を浮かべている。


「とにかく、二人とも俺についてきて」

「わかったよ」


 二人が俺に続くのを確認して開いた扉から外へ駆け出す。外に出た瞬間、付近で建物が倒壊する音が聞こえた。


 そうだ、彼はこの後すぐにアガニィに捕まってしまう。でもさっきの光景がもしこれから起こることを忠実になぞっているなら……。彼を救うことも不可能じゃない。


 二人を広場の中程まで連れてきた後即座に切り返し、記憶をなぞってあらかじめリベリオンを時計塔の壁に向けて構える。


 案の定、二人は時計塔の壁に取り付いた。アガニィの水の魔手がストルキオに迫る。


「ここだぁーっ!」


 どの位置に奴が来るかのか知っていれば狙った場所に当てることはできる。立て続けに引き金を引いた。全部頭狙いだ。


「あっ、あっ」


 ほとんどが頭部に命中。アガニィの追撃の手が止まり、彼は水の包囲を脱出してこちらへ逃れてきた。


「危ないとこやった。助かったぜ」

「気にしないでくれ。あの、君は?」

「クレイル。さすらいの術士や。よろしゅうな」


 彼の名乗りに胸の中で何かが引っかかったが、今は気にしている暇もない。


「俺はナトリだ。あいつ、どうしよう」

「正直俺の炎じゃ相性悪すぎやな。それにただの水の波導とも何か違う」


 即座に頭部を再生したアガニィは、水蜘蛛に包まれたまま時計塔の壁から飛び降りて地面に着地した。石畳が衝撃に砕ける。


恋の病(ネクロフィリア)」とか言っていたか。厄介な力だ。殺しても死なないなんて無敵じゃないか。


 水の魔物は長い脚を伸ばしてこちらに這い寄ってくる。


「ダルク、その子をつれてオリヴィアさんのところに避難するんだ。リッカも向かってる」

「ナトリはどうするんだよっ!」

「俺は戦う。みんなを守らなきゃ」

「戦う、だって……?」

「うふふふふっ! お兄さんたち、もっとアガニィと遊ぼうよ!」


「付き合ってられっかよ。灰燼かいじんに帰せ——、『紅炎プロメテウス』!!」


 クレイルが振り下ろした杖から眩い炎の熱線がアガニィに向けてまっすぐ放射される。


 分厚い水に覆われた状態で奴はそれを正面から受けた。

 爆発が起き、白い水蒸気が飛び散って周囲を覆い隠す。


 広場の向こうが何か騒がしい。そちらを見ると、五、六人の武装した人間がこっちに向かって走って来る。治安部隊の集団のようだ。


「ようやっときたか。おっせえぞ!」


 クレイルが悪態をつく。


「この騒ぎはお前たちの仕業か?!」

「アホいえや。俺らやない。あそこにおる女が犯人や」

「霧で何も見えんぞ」

「あぁ? ……おい、来るぞッ!」


 広場に起きた水の爆煙から幾本もの水の流れが迸る。


 白いもやはすでに爆発による煙ではなく、アガニィによって水の性質エモで満たされた霧となっていた。奴は水を自在に操る。煙にカモフラージュしながら波導の力を溜めていた。


 無数の水の触手が俺たちに襲いかかる。部隊員やダルク 、少女にも向う。


「くっ! ソード・オブ・リベリオンッ!!」


 ダルクと橙髪の少女に向かって伸びる水の魔手を光剣で叩き斬る。蒼光によって切断された水は勢いを失って空中で霧散する。


 部隊員達は追尾してくる水を咄嗟の判断で避けようとするが、それを自在に操るアガニィの波導によって捕まってしまう。


「ぬあっ! なんだこの不気味な水は……ッ!!」

「ぐ……あああああああああっ!」


 彼らは苦痛の呻きを上げて倒れていく。


「触れただけで……!」

「おい、どうしたお前ら!」


 駆けつけてきた部隊員達は口から泡を吐いて倒れる者や、アガニィの水に触れたことによるショックで気絶してしまっている。


 この人達でも勝てないなら、この街はやがてこいつ一人によって壊滅させられてしまう。


「あいつ……強すぎる。こんなに強力な波導を使える上に不死身とか反則だろっ!」

「ロクに詠唱もせずこの威力と操作精度……。一体どんなカラクリや」


 石畳を裸足で踏んで霧の中からアガニィが歩み出す。まるで身を守るように水の塊の中に自らを閉じ込めている。


「あんまり人が増えすぎても邪魔なのよね」

「あの子が……、こんなひどいことをしてるの?」


 橙髪の少女が驚きをあらわに裸のアガニィを見つめる。


「二人とも油断するな。あれは人の皮を被った化け物だ……」

「あぁ、水の中はいいわ。この圧迫感、閉塞感。息が苦しくないのは残念だけど……」


 死なないのだから呼吸する必要もないってことか。水中のアガニィは口からわずかに気泡を吐くだけで息をしている様子はない。


 出血もないところをみると奴のアイン・ソピアルは生者を蘇生させるような類いのものではないらしい。


 あの少女の肉体は……既に死んでいるのではないか。


「やばいよ、あの女の人っ!」

「……あら」


 こちらに歩いてくるアガニィの歩みが止まる。奴は足を止めたまま俺達をじっと窺う。


「どうして」

「……?」

「どうしてあんたみたいなのがこんなところに……?」



 アガニィの視線の先に立つのは橙色の髪の少女だった。


「わ、私っ?」

「そう、あんたよ」

「私、あなたのことなんて知らない」

「当たり前でしょ。あんたごときがあたしたちのことを知ってるはずない。でもどういうこと……、おかしい。こんな場所にいるのもそうだけど、その姿。……あなた、何者? 私何も聞いてないわ」


 要領を得ないことをアガニィは少女に向かって問いかける。奴の様子はひたすら愉悦に浸る今までと異なり少し苛ついている感じがする。


 少女とアガニィを見比べる。二人の雰囲気が少し似通っていることに気がついた。

 身長も、髪色も、肌と瞳の色も違う。しかし、姿勢や顔の造形などはどこか似ているような。


「あなたが何を言ってるのか私には全然わからない」

「……? ふぅん、しら切るんだ。こんな場所で堂々と普通に暮らしておいて……。苦痛なんて縁のなさそうなその顔」


 アガニィは言葉を切ると俯く。伸び放題の髪がばさりと顔を覆い隠す。


「……せない。ゆるせない。許せない。許さない。きえてよ。……あんた消えてよ。あたしがとびっきりの痛みと苦しみを与えた後で」



 これまでまるで遊びのように虐殺や負傷を愉しんでいたアガニィが、少女に対して明らかな殺意をむき出しに表情を怒らせる。


 奴の口ぶりからして、この少女に対してかなりの憎悪を抱いているようだ。とにかくまずい状況であることには違いない。


「あんたみたいなのが外でただのうのうと暮らしているなんて絶対におかしい。きっと父様や姉様達も想定外の事態……。始末しておいた方が絶対いいよね」


 長い前髪から覗く黄色い瞳が歪められ、口を弓なりに歪めて彼女は嗤った。




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