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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第125話 水の魔女と蒼炎の術士

 


「大人しくそのまま死ね」


 アガニィはストルキオの罵倒を無視し、恍惚として自分の体を抱く。


「アガニィはね……、苦痛の中にいる時心の底から幸せを感じるの。生きてる実感……っていうの? 

 きっと人は痛みや苦しみを感じることができるから、幸せもまた実感できるの」

「はあ……」

「だからね、できればみんなにもこの苦痛を分けてあげたいな。あたしと一緒に苦しみに塗れて……、痛みを、辛さを共有するの。

 分かち合えればきっと、皆もっともっと幸せになれる」



 アガニィは俺を見、頬を上気させ舌なめずりする。


 唖然とする他ない。水の中で少女は無邪気に、心底楽しそうに嗤っている。


 分かり合えない。何を言っても無駄。俺たちとは見ている世界が違う……。


「俺らをテメーと一緒にすんな。他人に勝手な価値観を押し付けんなボケ」

「うふふっ、おにいさんたちならきっとわかってくれるはずだわ。アガニィちゃんが今からそれを教えてあげる」

「……?!」


 アガニィを包む水の塊がぼこぼこと激しく波打ち、彼女を中心として四方八方に水の触手が伸び始める。


 水の魔手はうねうねと何かを探り、まるで生物のように蠢く。


「不気味な術だ……」

「ありゃあ普通の水やない。何か裏があるな」

「鳥のおにいさん、まだ全ての力を出してないんでしょ? アガニィにはわかる。捕まえて確かめなきゃ。これも私のお仕事だから」

「……生意気なガキやな。お前には本当にイラつかされるわ」



 水の触手がばしゃばしゃと水音を立てて素早く動き、巨大な水蜘蛛となったアガニィが移動を始めた。彼を捕らえようと突進していく。


 広場に並ぶ民家の壁を伝って飛ぶ彼の後を水の魔物が壁面を破壊しながら屋根へと登り追いかける。


 彼を捕らえようと何本もの水の魔手が伸ばされる。


 ストルキオはそれを避けながら隙を見て炎の術を仕掛けるが、火と水では相性が悪いのか術はことごとく水の塊の前に打ち消されてしまう。



 燃え盛る広場で、建物を倒壊させながら激しい追いかけっこが繰り広げられた。


 俺ではついてくだけで精一杯だ。両者共に速すぎて援護すらできない。縦横無人に広場を駆け回る二人に追いつけない。



 俺は改めて広場を見回す。夜市を訪れていた住民たちはあらかた広場から逃げおおせ、人影は見えない。


 民家に燃え広がった火をなんとかしたいが今は消火活動をしている場合でもない。


 広場の時計塔の外壁に取り付いたアガニィが何本もの水の魔手を伸ばし赤毛のストルキオを捕らえようと迫る。


 同時に繰り出された数多の水流がついに彼に触れた。


「ぐおっ!」


 ストルキオの男が捕まった。俺は全力で塔に向かって走りながらリベリオンを構える。ここからじゃ遠すぎる……!


「やっとつかまえた。追いかけっこはアガニィの勝ちだね。あははっ! ————……やっぱりね。もしかしたら鳥のおにいさんなんじゃないかと思ったの。

 やっと見つけた。触ればわかるって言われたけど、これが『盟約の印』なんだぁ!」


「何を言うとる。離せボケカスッ」


 ストルキオの体から直接炎が吹き上がるが、彼は水塊に完全に囚われ炎は鎮火してしまう。


「動き回られると厄介だし、壊しちゃお。ちょっとくらいなら……いいよね」

「が……ああああッ!」


 彼が水中でくぐもった叫びを上げる。単に窒息させるんじゃない。アガニィが何かやったんだ。


「させるかぁ!!」


 走りながらアガニィの頭部に狙いを定め引き金を引く。光は胸のあたりを貫く。まだ遠い……!


「あふっ」

「……んなところで終わってよォ……、たまるかってんだァ!!」


 ストルキオの体に蒼い炎が灯った。


 水塊の内部でもがくこともなく、手足を力なくだらんと下ろした彼はただ目前のアガニィを鋭い眼光で睨みつけていた。


 ストルキオの体が蒼い光を放ち水中でありながら激しく燃え上がる。

 炎なのにどこか涼しげに輝く彼の体から、爆発するように火が吹き上がる。


 その炎の衝撃波を正面から喰らったアガニィは、水の手足ごと吹き飛んで時計塔に叩きつけられた。


 衝撃の勢いは凄まじく、アガニィは塔の外壁を破壊して内部へ叩き込まれた。


 ガラガラと塔が崩れ始める。


「い、一体、何が……?」


 アガニィが吹き飛ぶと同時に水塊は弾け、彼はどさりと石畳の上に落下してきた。急いでそばに駆け寄る。



 酷い有様だった。かろうじて息はある。しかしローブから覗く手足は爛れて溶けかけ、とても動かせるような状態じゃない。あまりの高熱で溶けたような状態だ。


 体に直接灯った不思議な蒼い炎が周囲の地面を照らしている。近寄るだけで額に汗が浮かぶような温度だ。


「おい、大丈夫か!!」

「くそ、が……」


 早く手当てしないとやばそうだ。その前にこの蒼い炎をなんとか消さなくては。


 ストルキオの体を起こし、肩にその腕を回させる。腕を掴むと彼は苦痛に顔を歪めた。今は我慢してもらう他ない。



 立ち上がろうとした時、時計塔の入り口の木の扉が開いて誰かが顔をのぞかせた。小さな人影……それはダルクだった。


「ダルクっ?!」

「ナトリ! よかった、僕ここに避難してたんだ。そしたらすごい音がして……、リッカは一緒じゃないの?!」

「早くこっちに! 危ないぞッ!」



 再び大きな音が響き時計塔が崩壊を始めた。さっきの青い爆発によって塔の上部は蒼炎に包まれていた。


 塔がこちらに傾き、上部の構造を支えられなくなって倒れ始めた。


 青い炎に包まれた大きな文字盤がダルクの頭上に降ってくる。彼はまだそれに気づかない。



 ストルキオの腕を離し、俺はとっさに駆け出していた。


 まるで時間がゆっくりと流れるみたいに、降り注ぐ時計塔の破片を見た。



 地面を強く蹴って彼我の距離を一気に詰める。ダルクに手を差し伸べた。


「ダルクーーーーッ!!!!」


 驚いた表情で頭上を見上げるダルク。


 身長の低い彼の体に腕を回し、半ばタックルするように抱え上げて崩落から逃れようと切り返す。


 ふと見上げた視界に、青く燃え盛る文字盤が入る。



 目を見開く。それはばらばらに砕け、俺たちの頭上に容赦無く落下した。







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