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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第122話 人ならざる者

 


「……来い。リベリオン——!」


 右手が青い輝きを放つ。光の輪郭が寄り合わさって白銀の物体が手の中に出現する。


 白銀に輝く杖をアガニィに向けて真っすぐに構えた。



 そうだ、確か前にもこんなことが……。思い出そうとするが、頭に霞がかかったように記憶を辿れない。


 これがあれば彼女を守れるのか。わからないけどやるしかない。


「リッカを殺されてたまるかよ……。俺が君を守る。だからここから逃げるんだ」

「で、でもっ……、いや、ナトリさんがっ」

「自分の足で立って、前に向かって走って。……頼むよ」

「…………」


 リッカの目を見て念を押す。決意は固い。一歩も引くつもりはない。


 その気持ちが伝わってくれたのか、彼女は俺の体から離れて戸惑うように頷いた。


「ナトリさん、……死なないで!」


 僅かに逡巡した後リッカは駆け出した。それでいい。後は俺がどれだけ時間を稼げるか——。



「逃がさないよ」


 アガニィが杖をリッカに向ける。俺は躊躇うことなく奴に向けて杖の引き金を引いた。


「あんっ」


 杖から発射された光はまっすぐアガニィの胸を貫いた。集中が途切れたのか、奴の波導は不発に終わる。やはりこの杖は俺にも扱えるものだ。星骸(スターアーク)なのか。いや……。


 リッカは振り返らずに通りを駆けていく。多分もうアガニィの波導の射程圏内からは逃れただろう。


「もぅ、いきなり乱暴なんだから。……すごく痛かった。おにいさん、いい武器をもってるのね」

「…………」


 攻撃は確実に当たった。多分心臓に近い場所。ほとんど致命傷のはず……。だが奴にはあまり堪えた様子はない。アガニィが両手を広げた。


「ねえ、もっとちょうだい。与えるのもいいけど、与えられるのも結構すき。痛みを……、苦痛をね」


 どこか恍惚とした態度で一人悦に入っている。なんなんだ、こいつは。


 既に多くの住民達がアガニィの水波導に捕まり溺死してしまっていた。こいつの進んできた後には夥しい数の屍が転がっている。


 容赦する理由はない。生かしておけば犠牲者はさらに増える。

 だったら、この手に突如として現れた武器——リベリオン。これを使って俺が戦うしか無い。リッカもダルクも絶対殺させはしない。


 そのためならば――――。



 無防備に両手を広げるアガニィに向け杖の引き金を引く。腹を、胸を、肩を、頭を次々に撃ち抜いた。


「うふふふふふふふふふふっ! ああぁ、気持ちいいぃ。あたしの身体の中、無茶苦茶にされちゃってる。この感じ————、アガニィとっても幸せよ」

「は……っ?!」


 こめかみを撃ち抜いたんだぞ。即死だろう。



 術を中断させる事は出来たのか、水泡に捕われた人々は解放され地面へと放り出された。ドタドタと石畳に人々が落下していく。


「ふぅ……。おにいさんにもお返ししなきゃ。これまで味わったこともない素敵な苦しみを与えてあげるね」

「そんなもんいらねーよ!」

「つれないんだから。でも思い通りにいかないこのもどかしい感じが、いいのよね」


 アガニィはまるで恋する乙女かのように頬に手を当てほぅとため息をついた。



 来る。体で感じる危機感に従って飛び退く。直前まで立っていた場所に音と共に水塊が現れた。


「うっ?!」


 次々と不意に空中に現れる水の塊を避けながら走る。

 少し分かってきた。水が現れる直前、若干空気の温度が変化するような感じがある。これは波導の攻撃だから、きっと空中のフィルを変質させて水を生み出しているはず。


 温度変化はその前ぶれみたいなもんか。それがわかれば気温の変化を敏感に感じ取ることで水塊は躱せる。


 アガニィの攻撃を避け走りながら、隙を見てリベリオンを放つ。


「すごぉい。おにいさん只者じゃないのね。変わった武器持ってるし、アガニィの波導がこんなに避けられちゃうんだもの」

「俺はただの配達員だっ!」


 だが……、自分でも腑に落ちない部分はある。体力なら自信はあるが、自分がこんなわけの分からない殺人鬼と戦えていることに。


 体は自然に迫る危険を察知して回避行動をとろうとする。こんな命のやり取りみたいなことをするのは初めてのはずなのに。


 まるで経験のある動作かのように生命の危機を感じ取った俺の体は機敏に動いた。


 しかし何度攻撃を当てたところでアガニィは全くダメージを負っているように見えない。それどころかむしろうきうきと、この殺し合いを愉しんでいるようにすら感じる。


 攻撃を躱すだけでは駄目だ。

 ……あいつを倒す。そのために自ら懐へ飛び込まなくてはいけない。


 アガニィの視界から逃れるように回り込み背後を取る。

 街のみんなのためにも、俺がこいつをやる。多くの人が殺された。そのことを自分に言い聞かせるように、心の奥から自然と浮かび上がってくる詠唱の言葉を発した。


「叛逆の剣——、『ソード・オブ・リベリオン』ッ!」


 両手で構えたリベリオンが瞬時に形を変え、青い光の剣となった。

 ためらうことなく背後からアガニィの胸の中心にその刃を突き入れる。


 真綿に剣を突き刺したみたいに、リベリオンはなんの抵抗もなくアガニィの体を貫いた。


「ぁ、かっ……」

「お前は許されないことをしたんだ」

「あ……はぁッ。はぁっ。……あぁ、苦ひぃよぉ……」

「…………」


 体を貫く刃を捻り、真横に切り裂くように剣を振り抜いた。


 ローブが引き裂かれ撥ね飛ばしたアガニィの腕が宙を舞う。彼女は前のめりに倒れた。


「はぁ、あはぁ……はあっは」


 人を殺してしまった――。


 たとえ相手が生粋の悪人でも決して気持ちのいいものじゃない。ひたすらに後味が悪い。


「――――あひっ」

「……?!」


 動かなくなったと思ったアガニィが突然声を上げる。


 こいつ……、こんな状態でまだ生きてるのか。嘘だ、確実に致命傷のはずだ。


「あぁ、痛いよ……苦ひいよ。うふふ、あははははは……っ!」


 アガニィは地面にうつ伏せに倒れ込んだままケタケタと笑い続ける。

 その様子に戦慄しながら転がるアガニィに刃を向ける。


 女は残された手を地面につき半分に千切れかろうじて繋がる歪な体を起こした。


 今更ながら気がつく。アガニィは一切出血してないのだ。

 頭を撃たれようが腹を割かれようが、一滴の血も出ていない。


「うふっ、アガニィちゃん、まだ生きてる。あぁ、どきどきする。痛くて痛くてとっても痛くて、今にも死んじゃいそう。でも死なないの死ねないの」

「…………」


 絶句する。動けなかった。目の前で上半身と下半身がほとんど千切れかけながらも嗤い、恍惚としている女に恐怖を抱く。異常な光景だった。


「おにいさん、素敵。アガニィにこんなにも苦しみを与えてくれるんだもの。優しいのね。あぁ……でも消えちゃうの。せっかくの痛みと苦しみなのに」


 目を見開く。アガニィの傷口はふさがり始めていた。


 そしてなくなったはずの右腕が————、露出した二の腕辺りの切断面が急激に膨らみ、ぼこぼこと盛り上がって伸び一瞬で腕のような形になる。


 腫れ上がった腫瘍のようにぶくぶくとした腕は急速に縮むと元々の腕の形に収まっていく。奴の腕はもう元通りなんの傷もなかった。


「ねえ」

「っ?!」


 思わず後ずさる。人じゃない。こいつは人じゃない。

 人に似た何かを前にして恐怖する。


「アガニィ、おにいさんに惚れちゃったみたい。……だっておにいさんならあたしにもっと苦しみを与えてくれるでしょ? ほら、もう痛いの消えちゃったもん」

「なん、だよ……、なんなんだよお前」

「怒られちゃうかもしれないけど、いい。ねえアガニィともっともっと楽しいこと、しましょ?」


 黒いローブに包まれた口元が艶めかしく曲げられる。



 ————こいつは倒せない。どうす、れ、ば……。


「うふふふふ。今夜は楽しみ、ねぇ」



 周囲の温度が上昇していくのを感じた。気温の変化を感じ取ってすぐに体を動かすが、あまりに広範囲をカバーする水塊が出現しもはや逃げ場はなかった。水音と共に、気づけば俺は水中にいた。


 剣を振り回しても、それは宙を掻くだけでアガニィには届かない。こちらを見上げるように立つアガニィの姿が、広がりつつある炎の揺らめきが歪みを伴って揺れる。



「こんな、ところで……。ダルク。リッカ……。ごめ、ん」


 息ができない。


 水を脱出しようともがく。


 だが伸ばした手はどこにも届かない。



 真っ暗な水底にゆっくりと沈んでいくように、やがて俺の意識は重く閉じられた。







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