第117話 夕食
リッカとダルクの二人と別れた後仕事を続けた。
町外れの家に小包を届けて今日の仕事は片付いた。
配達所のある市街を目指して軽快に空輪車を飛ばす。
そういえば、あの白い花の垣根の家が確かルメールさんという家だ。思い返すと何度か手紙を届けたことがあったな。
それにしても可愛い子だった。また、どこかで会えば挨拶くらいはしてもいいはずだよな?
俺は上機嫌で鼻歌を歌いながら緩い坂道を下っていった。
◆◆
翌日、再び午後の配達でルメール家の前を通った。
すると家の玄関へ登る階段にリッカが腰掛けているのが見えた。
ブレーキを引いて階段の前で停止する。
「こんにちは。リッカちゃん」
「あ……こんにちは、ナトリさん」
彼女は控えめに微笑み挨拶を返してくれる。
「昨日はちゃんと眠れた?」
気になっていたことを聞いてみる。しかし、リッカの表情は曇り始めた。
「やっぱり見ちゃいました。怖い夢」
「そうか、ごめんね。無責任なことを言った」
「いいえ、そんなことは……」
適当なことを言ってしまったか。力になれずにどうにも情けない気分だ。
何か、俺にできることはないか……。思わず考え込んでしまう。
「あ、昨日の配達の人だ」
道をぶらぶらと歩いてくるのは白いネコ。
昨日も会ったリッカと仲のよさそうな少年だ。
「えーっと、確かナトリさんだっけ? 僕はダルクって言うんだ。この近所に住んでるの」
「よろしく、ダルク」
幼馴染ってやつかな。二人は互いにかなり気心の知れている感じがする。
ダルクは俺の顔をじっと見つめるとおもむろに口を開く。
「ねえナトリさん。もうすぐ仕事終わりなんでしょ。リッカの家で晩御飯食べていかない?」
「ええっ?」
予想外の急な提案に驚く。けど俺よりもリッカの方が驚いている様子だ。
いきなり何を言い出すんだこいつは。しかも自分の家でなくリッカの家?
「それは……。さすがに悪いよ。家の人にも、迷惑だし」
「なんか予定でもあるの?」
「いや。配達が終われば空輪車返すだけだし、俺は一人暮らしだからそこは別に」
「だったらいいじゃんか。ね、リッカ」
「え……う、うん……」
「ほんとに、いいの?」
俺は窺うようにリッカの方を見る。彼女は少し複雑な表情でこっくりと頷いた。
その様子を見て、やっぱり迷惑ではないかと思い始める。
「オリヴィアの料理は多すぎるからさ。人数は多い方がいいんだ。いつも腹が破裂しそうだし。最近リッカも太ってきたし」
「うそ、太ってないよ!」
「にゃははは」
少しむきになったリッカを見てダルクが笑う。
「そういう事ならご馳走になっちゃおうかな」
「そうこなくっちゃ」
なぜか配達が終わった後リッカの家で晩御飯をご馳走になる流れになってしまった。
俺は独り暮らしで料理もできない。飯なんて腹が膨れれば十分って手合いだ。
誰かの手料理なんて久しぶりだし、もしかしたらすごく美味しいかもしれない。そして何より晩飯代が浮く。
ここまで魅力的な提案をあっさり断ることなんて俺には無理だ。
張り切って残りの配達物を配るため空輪車のペダルを力一杯漕ぎ出した。
◆◆
目の前のテーブルの上には所狭しと料理の乗った皿が並べられている。
どれもできたてで湯気を放ち、とても美味そうな匂いを漂わせている。
「突然押しかけるようなことになってすみません。本当に頂いちゃっていいんですか?」
「遠慮しないで食べてよ」
テーブルを囲む左の椅子にはダルクがちょこんと座ってなぜか偉そうにふん反り返っている。
とはいえ、彼の身長はとても低いので子供用の高い椅子に座っておりあまり偉そうには見えない。
「ダルク。アンタは偉そうにしてないで少しは手伝うべきだ」
「ええー、僕だってお客さんなのに」
さらなる料理を持って台所から出てきた女性、いや見た目だけならリッカとあまり変わらない年頃の少女が厚かましげな態度のダルクをなじる。
ユリクセスの少女だった。白く透き通るような肌に白髪は特徴的で、一目でそれとわかる。
彼女、オリヴィアがどうやらリッカの保護者らしい。
親でないことは気になったが、簡単に触れて良い話題でない事は俺にだって分かる。
まるで十代のような見た目だが歳は四十近いのだとダルクがこっそり教えてくれた。
マグノリアの城下町にはユリクセスも暮らしている。彼らは老衰するまで見た目が変化しないので一様に年齢不詳だ。
「ナトリ君といったね。遠慮せず食べるといい。たくさん作ったから」
「オリヴィアさんの料理、すごく美味しいんですよ」
リッカが笑顔で教えてくれる。
「ありがとうございます、じゃあ遠慮なくいただかせてもらいます!」
「元気のいい若者だ。どうぞ召し上がれ」
料理は絶品だった。山盛りのサンドパン、具沢山のシチューに新鮮な野菜の盛り合わせ、様々な煮込み料理と家庭的な品々。
どの料理も手間暇かけられており実に美味しい。そして一様に量が多かった。
これだけ拘りを持って作れるなんてきっとオリヴィアは料理好きなんだろうな。
テーブルを埋め尽くす物量の料理を胃に落とし込みながら俺たちは色々お互いのことを話した。
「へえ、17歳なんだ。僕と同い年じゃん。親近感わいたよナトリ」
ダルクは俺の年齢を知るやいなや名前を呼び捨てるようになった。
まあこっちも気を使わなくて楽だけど。まさか同じ年齢とは。
リッカは16歳で俺たちの一つ下。二人は家と年が近く、小さい頃から一緒に遊んで育ってきたらしい。
ダルクが大人しい女の子だったリッカを引っ張りまわし、兄妹のような関係だったようだ。
話の雰囲気からどうやらダルクにも両親がいないらしいことを察した。
オリヴィアはダルクにとっても親代わりみたいなものか。
「ダルクはイタズラばかりして、本当に悪ガキだったね。今もだけど」
「覚えてないなー。そんな昔のことはさ」
「あはは」
彼ら三人を見ているとなんだか微笑ましい。三人とも血の繋がりはないけど本当の家族みたいだ。
三人の会話をつい食べる手を止めて聞いてしまう。
同い年のせいか、俺とダルクは早くも意気投合した。
「もう満足した?」
「まだまだいけます。こういう風にみんなで食卓を囲むの久しぶりで、つい嬉しくて」
「いつでも食べにきなよナトリ」
「作るのはアンタじゃないだろう。まったくこの子は……。でも気が向いたら食べにくるといい。この子らの友達なら歓迎さ。たくさん作るから」
「是非、お願いします!」
笑いの絶えない楽しい夕食をご馳走になり、俺とダルクはリッカとオリヴィアに見送られて家を出た。
もう陽はとうに暮れている。ダルクの家は近いらしいが俺たちは暫く一緒に歩いた。
「ねえ、ナトリって彼女いるの?」
「なっ、急に何言い出すんだよ」
「どうなのさ」
ダルクのつぶらな瞳は真っ直ぐ俺を見上げてくる。
「……いない。というか、いたことねえよ……」
「あ、ごめん。なんか悪いこと聞いちゃった?」
「いや別に」
実際は少し気にしていた。
俺だって男だ。女性に興味がないわけがない。まあ全くモテないが。その理由ははっきりしている。
「リッカ、可愛いだろ?」
「うん、可愛いよな……」
「案外素直だね。ナトリって」
「別に隠したりしない。可愛いものは可愛いと思う」
「にゃっはっは。じゃあ僕がモテないナトリに彼女を作る手伝いをしてあげるよ」
こいつは何かよからぬことを企んでいる。そんな気がした。
「いいよ別に……。リッカちゃんとは昨日会ったばかりだし、まだどんな子かもよく知らない。それに俺なんかじゃきっと釣り合わないって」
「なんだよー、ノリ悪いなぁ」
ダルクは眉をひそめて大きな両耳をぺたんと平行に下ろした。
「恋人じゃなくたっていい。友達でいいからさ。これからもちょくちょくリッカと話してあげてほしいんだよ」
多少気落ちした様子のまま、ダルクは窺うように俺を見上げてくる。
「それはもちろん。俺もリッカちゃんのこともっと知りたいし。もちろんダルクのこともな」
ダルクの表情がぱっと晴れやかなものになった。
「よかった! これからもよろしく、ナトリ」
「ああ、こっちこそ」
俺とダルクは、近くにある公園に入って並んだ遊具の木馬に跨った。
木馬はギイギイと軋みながら前後に揺れる。
「リッカは昔から内気な子でさぁ。なかなか友達もできないし、色々抱え込んじゃう性質なんだよ」
「優しくていい子そうなのにな」
「リッカが波導訓練生だっていうのはさっき聞いたよね。師匠の元でもう数年波導の修行をしてるけど、なかなか芽が出ないんだ」
「術士って聞くとそれだけで凄い気がするけど、色々大変なんだな」
「うん。修行は大変みたいだ。たまに自分は落ちこぼれだって自嘲するの、見てて辛くてさ」
「…………」
その気持ちは俺にもわかる。でもリッカのような子はそういう気持ちを余計に内に溜め込んで気にしてしまうものなのかもしれない。
「それに加え最近はずっと悪夢にうなされてるみたいで……、ナトリが昨日見つけた時みたいに、辛いことがあると植え込みの奥でよく泣いてるんだ」
夕食の時とは打って変わって、ダルクはかなり真剣な眼差しで夜の公園の木々を眺めながらぽつぽつと話す。
リッカのことをとても心配していることがその声音から伝わる。
「だからさ、滅多に他人と打ち解けないリッカがナトリと話してるのを見て僕、すごく嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
「うん。リッカに友達が増えて、楽しいことをたくさん経験できればもっと気が楽になるんじゃないかって思った。少しでもあの子の不安が和らぐかも。……僕にはそれくらいしかできないから」
「ダルク……、お前いい奴だな」
「僕が?」
「うん。ダルクがいることでリッカちゃんはずっと救われてると思う」
「だといいけど」
「よし、俺もリッカちゃんを元気付けるのを手伝うぞ!」
「ありがとう、君もいい奴だね」
「ははは」
俺とダルクは暗い公園で木馬をギイギイ言わせながらしばし笑いあった。




