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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第12話 猫の家



 フウカを猫の夫妻に預けた翌朝、俺はボコボコになったガラクタ同然の空輪機を引きずって配達局の事務所に顔を出した。

 所長は俺の顔を見た瞬間から不機嫌そうだった。彼のデスクの前に立つと、その表情は余計に険しいものになった。


「所長」

「なんだ」

「すみません」

「言ってみろ」


 俺は二日前の出来事について話し、空輪機を返却できなかった理由と破損させた事情について弁明した。


「なるほどな……。ユリクセスの犯罪組織か」

「俺の身勝手で局の備品をまた壊してしまいました……」

「全くだな。すぐに治安部隊へ連絡するべきだったろう」

「……はい。仰る通りです」


 頭を垂れる。所長はついと顔を背け、窓の外に視線をやる。事務所の二階の窓からは五番街アレイルの立体的な街並みとよく晴れた青空が見えている。

 所長は細い葉巻を取り出すとデスクに置かれた小さな着火石を擦って発火させ、葉巻に火をつけた。


「俺の知り合いのとこの娘が先日から行方不明でな」


 驚いて所長の顔を見上げる。


「傷だらけだな、ランドウォーカー。お前も被害者だろ。弁償の必要はない。行ってよし」

「……はい」


 所長は俺を見ずに言った。行方不明の少女について話を聞きたかったが思いとどまって業務に戻った。



 その日はいつも以上に慎重に、時間をかけて街をまわって配達をした。一昨日廃墟街で安定して駆動できた空輪機は、今日はまたいつもの不安定な出力でよろめいている。

 俺はこの空輪機のような刻印機械(エメタル)全般を操作するのが苦手だ。刻印機械は刻印回路というもので制御されているらしいのだけど、空の加護を持たない俺は機械を触ると不具合が出てしまう。正直根性でなんとかなるもんではないよなぁ……。


 五番街アレイル第二層の中央浮遊船発着駅前の広場を通りかかった時だった。


「事件だ事件だ! 大事件! 廃墟街で猟奇殺人! 知りたければ新聞買って!」


 駅前には人だかりができていて、大声で騒ぎ立てるエアルの男を中心に新聞を求める人々が集まっていた。空輪機を止めて地面に足を下ろす。

 人だかり中央の男が掲げる丸めた新聞に目が釘付けになる。俺も停車させて新聞を買い求めた。


 なんとか人混みを脱して道端に停めた空輪機まで戻ってくる。シートに腰を下ろし、丸く束ねられた粗末な紙片を開く。手が震える。一面にはこう書かれていた。


『廃墟街にて惨殺死体複数見つかる』

「六の月十三日昼頃、廃墟街で複数の惨殺死体が住民の通報により発見さる。六名いずれも損傷激しく、内四名はユリクセス、二名はエアルなり。治安当局の調査によりユリクセスは人身売買組織構成員、エアルはその被害者と判明。身元はアレイル第二層在住の……」





 §





 完全に陽が沈む頃になって配達局へ戻り、雑務をこなしてアパートへ帰宅した。

 明かりも付けずに寝台へ仰向けに倒れこむ。所長に頼み込んでなんとか明日は休みにしてもらった。意外なことに小言を並べられることはなかった。


 食欲はなかった。このまま寝てしまおう。今は何も考えたくなかった。

 俺の意識が眠りの底へ沈んだのは深夜を回ってしばらく後のことだった。





 §





 翌朝陽が昇ってすぐ師匠に教えられた住所に向かう。メモによるとウォズニアック家はそれほど遠くはない。同じアレイル二層だ。しかし街区は多少高いところにあるようで、歩いていけるルートを選ぶと少し時間がかかりそうだ。

 五番街アレイルはおおまかに三つの階層に別れている巨大な街だ。それぞれの層に加えて浮遊する小規模な街区が重なるように浮かび、見た目にはかなり複雑である。こんな街が七つも連なっているというのだから、王都エイヴスの巨大さ、そこに暮らす人々の数は推して知るべしだろう。


 いくつもの上り坂や階段を越え、間橋を渡っていく。浮遊した住居の並びに沿うように、進む方角へ向かって巨大な艇が航行して行く。中型の貨物艇、魚を模したフォルムをした浮遊艇を見送った。


 メモの住所は浮遊街区に連なる閑静な住宅の並びの端を示している。そこにはネコの額ほどの庭を有する築年数のありそうな二階建ての古い民家があった。


「ここが師匠の家かぁ」

「何か用かいお兄さん」


 人影はないと思っていたが玄関の前にある鉄柵の門扉、その両脇の石柱の上からしわがれた声が降ってくる。見上げると、白と翡翠色の毛並みを持つネコが柱の上に体を丸めて寝そべっていた。細められた浅葱色の瞳が俺をじっと見ている。


「すみません、モモフクさんかアリスさんはご在宅でしょうか?」

「兄さんがナトリちゃんだね? いらっしゃい。あたしについといで」


 そう言うと毛足の長い老ネコはひらりと柱から飛び降りて、俺が門扉を開けるのを待ってから玄関までとことこと四つの小さな足で歩きふさふさした尻尾を立てて俺を導いた。


「あたしゃいつもドア使わないんだ。開けとくれ」

「あ、はい。お邪魔します」


 このお婆さんは師匠のお母さんかな。色ガラスの嵌った緑色の玄関扉を開いて中に入る。靴を脱いで綺麗に磨かれた板廊下を歩き、突き当りの食堂らしき部屋に入った。


「フウカ。きたよ」

「おはようナトリ。早いね」


 中央の丸テーブルにはフウカが座っており、皿に盛られたパンとスープを食べているところだった。

 老ネコはフウカの隣にあった丸椅子の上に飛び乗り腰を下ろした。


「あたしはダイナ。モモフクのお母ちゃんさ。よろしくね」

「どうも、ナトリです。モモフクさんの屋台にはいつもお世話になってます」

「あはっ、そうかい! お得意様だと話を聞いとるよ。どうも毎度ご贔屓に。これアリス! ナトリちゃんが来たよ!」


 上の階からアリスさんの返事が聞こえ、すぐに彼女も食堂にやってきた。フウカを預かってもらった礼を言うと、こっちも楽しかったから気にしないでと言ってくれた。


「あれっ? フウカ、その格好って」

「えへへ……、貸してもらっちゃった。似合う?」


 そう言うと立ち上がってくるりと回って見せた。フウカが着ているのは出会った時の暗い色の服ではなかった。おそらくは今寮に入ってこの家にいないらしいチェシィのものだ。

 今時の少女が好んで着るような、肩から上ががばっと開いた赤い止め紐付きの白いブラウスに紺のミニスカートとショートレギンスという若者っぽい快活な格好だ。


「どう? かーわいいーでしょ?」


 フウカにぴったりくっついて俺の方に押し出してくるアリスさんは、にやっと笑ってみせた。フウカ以上にご満悦のようだ。

 でも本当に可愛い。服装でここまで印象が変わるなんて。フウカには暗い色よりも明るく華やかな色の方が似合っていた。それが生来の派手な容姿とマッチして、ラフな服装がとても輝いて見える。今なら道ゆく多くの人々が振り返って彼女を見ようとするかもしれない。


「うん、びっくりした。すごく可愛いよ」


 照れ笑いを浮かべるフウカもかわいい。やっぱり笑顔が彼女の一番の魅力だと思う。


「あ、これってチェシィの服なんですよね? 勝手に着てまずいんじゃあ……」

「気にしニャい気にしニャーい。洋服タンスから溢れ出して部屋に散らってるくらい持ってるから大丈夫」


 それ本当に大丈夫か? まあ母親がそういうのなら大丈夫かな。


「ええのう、めかしこんで若者は。これからでえとするのじゃろ? あたしもしたいのう」

「おばあちゃんもしてくればいいじゃニャいの。洗濯物干す時にゲンさん見たよ?」

「あんな耄碌ジジイ嫌だね。あたしゃ若い子と出かけたいんだよ」


 この家、チェシィがいなくても別に退屈してるような気はしないな。二人のネコのやりとりを見てフウカは楽しそうに笑っている。どうやらこの家の人たちはフウカを歓迎してくれたみたいだ。よかった。


 賑やかに食卓を囲みながらフウカが朝食を食べ終わるのを待って、二人に諸々のお礼を言ってお暇することにした。アリスさんは別れ際にフウカにさしあたって必要なものを色々と分けてくれた。おまけに服もいくつか借りてしまったので、これではお世話になりっぱなしで頭が上がらない。

 玄関を出ると、フウカは外まで見送りにきてくれたダイナさんを持ち上げて腕に抱える。


「おばあちゃんも色々ありがとう。とっても楽しかったよ!」

「そうかい。あたしもだよ。遠慮はいらない、いつでも遊びに来とくれ」


 ダイナさんはにゃあと鳴いてフウカの腕の中からひらりと俺の肩に飛び移った。さすがネコ。とても身軽だ。彼女は小声で俺の耳元で囁いた。


「ナトリちゃんも。フウカちゃんにしっかり付いていてやりな。……こんないい子には滅多に会えるもんじゃない。逃すんじゃないよ!」

「は、はいっ」


 謎の迫力に思わず返事してしまった。家の前に腰を下ろし尻尾をゆらゆら振って見送ってくれているダイナさんに手を振って師匠の家を後にした。陽はすっかり昇り、今日も雲の少ない、よく晴れた日だ。

 二層の役所を目指して歩く。隣のフウカはご機嫌で、とても楽しそうに見える。


「よかったね、服。師匠の家は楽しかった?」

「うん! モモフクさんもアリスさんもダイナおばあちゃんもすごくいい人だった」


 フウカの様子を見る限り、心細さや不安を感じているようには見えない。俺はそのことに少しだけ安心した。

 フウカの身元を確かめるべく、俺たちは賑やかな市街へと踏み出した。


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