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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第115話 マグノリア公国

 


 浮遊船上部甲板、手すりの向こう側には濃紺の夜空が広がっている。雲が多く、今月は九つあるはずの月はその全てが雲により覆い隠されている。


 俺は船体の壁に背を預けて、船の外周に吊るされたランプの明るい光に視線を注いでいた。もう遅い時間だがフウカには夜風に当たりたいといって船室から出て来たのだった。


『いるか、リベリオン』

『肯定』


 リベリオンと話すのは別に人前でも問題はない。だけどある程度考えて語りかける必要があるので一人で集中した方が都合がいい。


『なんか固いな、もっと砕けられないか。常に一緒に過ごしているようなものなんだからさ』

『————』


 何度か試してみてわかったことだが、リベリオンは基本的に俺に対して従順だ。


 こっちの意図が伝わりさえすればなんでも答えてくれるし、こいつ自身に何か思惑があるようなこともない。完全に道具と使用者の関係だ。


 リベリオンから答えを引き出すためには時に命令することも必要だった。


『うーん、「肯定」の返事を「わかった」に。「否定」の返事を「違う」に変更しろ』

『承認』

『「承認」は「了解」に変更な』

『了解、マスター』


 こんな具合だ。多少親しみやすくなったんじゃないか?


『お前にはまだ隠された力があるのか?』

『わかった』

『…………』


 これは俺が悪かった。今度は「肯定」と「わかった」の返事の意味の違いについて時間をかけて教え込む。一応は使い分けられるようになったようだ。


『で、さっきの質問の続き。まだ使ってない力はあるのか』

『肯定。未使用の能力が存在している』

『どんな力だ?』


 リベリオンの性能についてはできるだけ把握しておきたい。自分の武器とのお喋りタイムは、こいつの声を聞いて以降できるだけ毎晩時間をとるようにしていた。


『————』

『お前が把握していないならどうしようもないな……。あと、質問に答えられない場合は沈黙するんじゃなくて……、そうだな「わからない」って言ってくれ』

『わかった』


 何故かこいつ自身にも自分の能力は把握できていないらしい。自由に使えるようになった力に関してはその詳細が理解できるみたいだけど。


「アンチレイ」「ソード・オブ・リベリオン」「ジャッジメント・スピア」以外にも未知なる力が存在していること自体はわかっている。


 だけどそれが具体的にどんな能力なのかは全くもって不明だ。リベリオンに頼らず俺自身が見つけないといけないってことなのか……。


 しばらくこいつとのお喋りは言葉遣いや受け答えを教えることに終始する予感がする。今の状態じゃまともに会話することすら難しいからな。


 夜も更けて来た。もうフウカは船室で眠りについているかもしれない。俺も会話を切り上げて船内へと戻った。



 §



 リオネラを発って二日目。今日も変わらず空は穏やかだ。もはやお馴染みとなった空模様の中浮遊船は進んでいく。たまに遠くに見える島の影以外に大きな変化はなし。


 ……だったのだが、昼過ぎ頃からフウカが違和感を訴え始めた。


「どしたん。妙に落ち着かんなフウカちゃん」

「うん……。朝からそわそわしてたけど、ずっとそんな感じなんだよ」


 俺たちは浮遊船の甲板をウロウロと彷徨うフウカを呼んで段差に座らせた。


「どうしたフウカ。今日は朝から何か変だぞ」

「うん……、やっぱり気のせいじゃないと思う」

「昨晩食い過ぎて胃もたれしとるんか?」

「違うよー。あれくらいじゃ全然平気だもん」

「かなり食っとった気ィするけどな。すげえ消化能力だぜ」

「そうじゃなくて。前と同じ感じがするんだ」

「前って、いつのこと?」

「迷宮」


 フウカがちょっと真面目な顔をして俺たちを見る。クレイルと俺は顔を見合わせた。確かに翠樹の迷宮を見たフウカはプリヴェーラで段々様子がおかしくなり、ついには一人で迷宮へ向かってしまったわけだが……。あの時と同じ、ということか?


 フウカは迷宮に惹きつけられたようにも見えるけど、俺は記憶の方じゃないかと思っている。実際迷宮の頂上でフウカは記憶の一部を取り戻している。


「胸の奥で何かが鳴ってるみたいな……、何かに呼ばれてるみたいな」

「前と同じならこの近くに迷宮か、フウカの記憶に関する何かがあるのかもしれない」

「記憶はともかくミルレーク諸島に迷宮があるなんて話聞かねえぞ」

「もしかして俺たちの向かってるカナリア島か?」


 階段に腰掛け、胸に手を当てるフウカは俺たちの前で首を横に振る。


「違う。カナリア島ってあと2日はかかるんだよね? これはもっと近いよ。もうすぐそこまで来てる。どんどん近づいてる」

「この辺りに島なんてあったか……?」


 今日はどこかの港に寄港する予定はない。小さな島や浮遊岩礁はあれど、人の住んでいるような場所はなかったと思う。


 フウカの様子が心配ではあったけど、俺たちはそれを見守ることしかできなかった。



 さらに一刻ほど過ぎた頃、俺たちは船内にいたが他の乗客達が妙に騒がしくしている様子に気が付いた。


 興味を抱いたクレイルが常連の客に話を聞いたところ、浮遊船の進行方向に見慣れない土地が現れたという。


 どうもその大陸はこの浮遊船のルート上にあってはならないもので、つまりそれはこの船が本来の航路から外れていることを意味している。そのことに気が付いた乗客が騒いでいたのだった。


「今日は色々おかしな日やな」

「そうだな。ちゃんとカナリア島まで行けるといいけど……」


 船は謎の大地を通り過ぎそのまま航行を続けるようだった。船員からの伝達事項がないなら特に問題はないのかもしれない。



 しかし事態はさらに一刻後、より深刻なものとなった。先ほど通り過ぎたはずの土地が再度前方に見え始めたのだ。

 これは明らかにおかしい。船内も騒がしさが増す。


 まもなく伝声器から航行状況に関する釈明がなされた。それによるとこの船はまっすぐ目的地を目指して進んでおり、問題はないとのこと。


 しかしいくらそう言われても、さっきと同じ場所を飛んでいるのは事実。


 結局、その後船は航行を続けたものの三度現れた陸地にようやく異常事態を認め、未知の土地へ一旦着陸し原因の究明に努めることに決定した。


 本来存在するはずのない大陸へ近づきながら他の客たちも不安げに甲板へ出て来た。


「なんか、変なことになっちゃったね」

「うーん……」

「俺ら、遭難したんとちゃうやろな」


 俺たちも他の客同様甲板に立ち尽くして近づいてくる陸地を眺めることしかできなかった。



 §



 幸いなことに俺たちが不時着することになった土地には人の生活があるらしかった。

 遠くからでもその土地に浮かぶ立派な城の影とそれを囲むように斜面に広がる街が見えていた。



 浮遊船は沿岸部に見えた港に横付けに固定された。

 このまま夜間飛行を続けるのは危険と判断し、航行ルートと原因を特定して明朝再び出発すると乗組員から伝えられた。


 リオネラに引き返すのも覚悟しておいてくれとのことだ。こんな状況では仕方ないんだろうか。

 とにかく明日の朝までは自由行動だ。そのまま船にいてもよし、降りて街の宿に宿泊してもよし。


 ざっと見た感じ港から街まではそんなに離れていなかった。俺たち三人は今日は地面の上で休もうということにして船を降りた。他の乗客達は船の中で過ごすようだ。



 港から続く道を辿りながら近づいてくる街の様子を眺める。空から見た分だとこの土地はそこそこ広いようだった。街や村がいくつかはありそうだ。


 遠くで時刻を知らせる暮れの鐘が鳴っている。長閑で平和な印象の街だ。どこか懐かしさみたいなものも感じる。


 積み上げられた簡単な石の門を潜ると、ぽつぽつと建つ民家が増え始める。傾斜した土地に扇状に広がった街だ。斜面に段々になった赤や橙色の三角屋根の家々がずらりと並ぶ。少し離れた丘陵地帯には立派な城が浮かんでいた。


 俺たちは見晴らしの良い場所で街の様子を眺めた。


「平和そうな街だね」

「うん。いい雰囲気だな」

「城か。ミルレーク諸島はユリクセスから奪った領地をエイヴス王国によって領地分割されとる。ここも王から爵位を受けた貴族が治める公国なんやろな」

「クレイル物知りだねぇ」

「あちこち旅しとるからな。自然とそういう知識は身についていくんや」


 クレイルは訳知り顔で頷いている。俺もクレイルから色々とためになる話を聞くので、そういうところはかなり尊敬している。


「公国かぁ。でもあの城本当に貴族が住んでるのかね。随分古そうだし」


 歩きながらフウカに体調はどうか聞く。


「今はもう何も感じなくなったよ」

「そっか。結局何なのかよくわからないな」


 どうして彼女の感覚が急に消えたのかはわからない。でもずっと不安定な状態でいるよりはいいのかもしれない。


 飲食店や大衆酒場などが並ぶ大通りを歩きながら街の様子を観察する。


 夕暮れ時、といっても一日中この空模様ではあるが、街は活気に満ちていて通りは行き交う人々の声で賑やかだ。

 意外と住民は多そうだし人々の表情は明るい。俺たちは適当に目星をつけた通りの目立つ場所にある宿に入っていった。


「いらっしゃい。泊まりかい?」

「二部屋……でええよな。頼むわ」

「一部屋70エウロ。二人部屋は120。朝食付きね」


 受付に腰掛けていたネコの中年女性は奥へ下がって、部屋の鍵を持ってくる。


「なあおばちゃん。この国はなんて名前なんや?」

「なんだいあんた達。自分が今いる場所も知らないのかい」

「まあ、本来寄るつもりのない場所やったからな」

「ここはマグノリア公国。マグノリア公爵家が治める国だよ」

「ふーん、マグノリア公国っていうんだ」

「クレイル、知ってるか?」


 クレイルは首を振る。さすがのクレイルでもミルレークの地理には詳しくないか。一度来ただけだっていってたし。


「マグノリア公国な。どっかで小耳に挟んだような気ィもするが……」


 俺たちはそれぞれ宿の部屋に荷物を置くと、再び日の暮れかけた表通りに出る。綺麗に敷き詰められ、整備された石畳を歩いて適当な食事処を探す。


 腹も膨れ満足した俺たちは宿へ戻った。明日の朝は早い。早々にベッドで横になる。


 今日は色々あったけど、とりあえずは普通に休むことができる。明日は浮遊船が迷うことなく目的地に向かってちゃんと飛べるといいな。



 その夜俺は悪夢を見た。



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