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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第113話 新たな旅

 


 ここ数日プリヴェーラ上空を覆っていた分厚い雲は延々と冷たい雨を降らせた。雨が降って気温が下がり、出歩くと肌寒い。


 街は灰色の雲の下、薄暗い中でも店々の掲げるランプや夜光灯の光で幻想的に彩られていた。



 俺は雨避けを着込んでクレイルの家へ向かっていた。アイラの武具店で完成した星骸スターアークを受け取ってきた帰りだった。


 レベル4モンスター、アグリィラケルタスの素材から作られた防具型星骸。

 アイラはこれを「ラケルタスクローク」と命名した。大蜥蜴の丈夫な堅皮を加工し、衣服として特殊な製法で仕立てているそうだ。


 見た目は普通の、ちょっと高級感漂う黒いベスト。うっすらと緑色にも見えるのは結晶を溶かした液化フィルで表面をコーティングしているせいだ。これにより重量軽減と耐性も大きく上がっているらしい。

 普段着にすらできそうな軽やかさ、それでいて刃を通さないほどの防御性能を備えた装備をアイラは仕上げてくれた。


 そして星骸スターアークには通常の装備にはない特殊な力が宿るのが常だ。それはもちろんこのラケルタスクロークにもある。


 腕を通してみるとわかるが、全身を包み込まれるような不思議な感覚を覚える。

 ベストを着用すると、生き物が生命活動の上で発する音や気配みたいなものが外に漏れにくくなるらしい。そして、その効果は暗い場所ほど高くなる。

 素材となったアグリィラケルタスも姿を消すという厄介な能力を持っていたからな。


 アイラと何を作るか相談した際、俺の戦闘スタイルからどんな防具にするかという話になって、耐久性もそこそこあり、隠密性も高まるこの形に行き着いた。リベリオンの一撃必殺の特性をより生かす方向だ。


 迷宮内でも感じたことだが、俺は普通の人より気配を察知されにくいらしい。ドドという体質が関係してるのかもしれない。

 その特性を伸ばせばモンスターに気取られる前にリベリオンの強力な攻撃を叩き込むことができる。狩人稼業において、できるだけモンスターの注意を引かないという特性は非常に重宝するものだ。


 エルマーのように正面からモンスターに戦いを挑んでも力でねじ伏せれるなら問題ないが、機動力の面で大きく劣る俺には隠密性は大切な要素だった。



 アイラは自らの手で星骸を製作できたことをかなり喜んでいた。スターレベル4はその辺を歩いて簡単に出会えるようなモンスターじゃない。出現が確認されれば周囲に避難勧告が出されるくらいには脅威。

 それだけに職人にとっても特別な仕事だということらしい。


 素材はこちら持ちとはいえ結晶や皮の加工には技術が要る。製作料金はそれなりにしたが、結晶を売ったお金で俺の懐は潤っている。フォルステリ工房ですでに結晶の売却は済んでいるし大した出費ではない。




「おうナトリか。よう来たな」

「うん」


 簡素な木の扉の金具を鳴らすとクレイルはすぐに顔を出した。最近は家にいるらしい。家の中は汚いと言うので俺たちは連れだって近所の飲食店まで晩飯を食いにやってきた。


 テーブルを挟んで世間話をしながらボリュームのある肉料理を口に運ぶ。


「それでさ、街に戻ってすぐフウカの家探しの調査結果を受け取りに行ったんだよ」

「どうだったんや?」

「ソライド家の人たちはもうこの街にはいなかった。ミルレーク諸島に引っ越したらしい」

「結局プリヴェーラでは会えずか」

「ああ……」

「お前も難儀やのぉ。どうせ行くつもりなんやろ? ミルレークにも」

「もちろんだ」

「あっちの方にはいっぺんだけ行ったことあんな」


 クレイルの話ではミルレーク諸島まで行くのに片道一週間から十日ほどはかかるそうだ。そこからさらに目的のカナリア島を目指すとかなりの長旅になるだろう。


 フウカは今日もシャーロットで仕事しているが、旅に出るにあたって結局彼女は店を辞めることにした。


 店長は長期休みの扱いでいいと言ってくれたそうだけど、戻ってくるのがいつになるのか、そもそもフウカがこの街に戻って来るかもわからない。これ以上店に迷惑をかけるのはさすがに気が咎めたらしい。


「ところでナトリよ。もしミルレーク諸島でフウカちゃんの家族に会えたらお前はどうすんのや?」

「ん……そりゃあ、フウカを家族の元に送り届けられたなら俺はそれでいいよ」


 もし旅先でフウカの家族が見つかれば、俺たちはそこで別れることになるだろう。

 以前、彼女を一人にはしないと約束した。でもフウカの家族が見つかったなら、もうあの子は一人きりじゃない。

 家族と暮らすことができればそれが一番幸せなはずだ。俺の役目はそこで終わる。


 そーか、とクレイルは相槌を打った。


「出発はいつや?」

「システィコオラから戻って二週間くらい経つよな。そこそこ休めたしもう準備は済んでる。発とうと思えば明日にでも」


 製作を依頼していた星骸も本日無事に受け取ることができた。フウカのウエイトレスも今日の勤務が最後。


「なら俺も準備すっか」

「準備って?」

「俺もお前らと一緒に行くんや」


 今回もついてきてくれるのか。でも、どうしてと思わずにはいられない。


「迷宮に入る時は自分の力を高めたいと言ってたよな。クレイルはあそこで何か得たものがあったのか?」

「おお。俺なりに収穫はあったで。けどまだ足らん。あともう少しで掴めそうなんやが……」

「目的を達成するために必要な力ってやつか」


 それがクレイルが各地を回る理由。そして戦う理由だろうか。


「お前には言っとくか。俺は、ある人間を探しとる」


 クレイルは遠征する依頼を受けることが多いと言ってたけど、人探しの情報収拾を兼ねて各地へ赴いていたようだ。初めて会ったときも王都エイヴスで受けた依頼の帰りだった。


「なんのために?」


 クレイルは声を潜めて言った。


「そいつを探し出し、必ず殺す。それが俺の目的や」

「……!」


 恨みか、怒りか、悔恨か。クレイルの目には暗い感情の炎が灯っていた。


「復讐……、か」

「せや」


 クレイルはある人物を憎んでいる。そしてそいつはとても強い力を持つ者らしい。そいつを殺すためにもっと強くなりたいと彼は言う。


 復讐か。俺もクレッカの島民のことは嫌いだ。恨んでいる……と思う。しかし、いつか復讐してやろうとまでは思わない。殺したいほど人を恨むなんて、よほどのことがあったに違いない。


「……そうか。話してくれてありがとな」

「ま、今回そいつは関係ないけどな。なんかおもろそうやんけ」

「長旅になりそうだけど出発は明日でもいいか?」

「決まりやな」



 §



 クレイルと約束して家に帰ると、フウカが食卓に座り晩飯を食っていた。仕事の終わりが遅い時は俺もフウカに合わせて一緒に作って食べることもあるが、彼女も簡単なものだったら一人で作れるようになっていた。

 フウカは大雑把な性格をしているのであまり料理をするには向かない。それでも作ってみようと思えるのはいいことだ。


 俺は寝室に置いてある机に座って手紙を書き始める。

 プリブェーラ旧地下水路で大怪我する前にクレッカの家族に向けて出した手紙の返信が、翠樹の迷宮に行ってる間にアメリア姉ちゃんから返って来ていた。ミルレークへ旅立つ前に再び家族に近況を知らせておきたい。


「手紙書いてるの?」

「そうだよ」


 机に向かっているとフウカが肩越しに覗き込んでくる。長い髪が首筋に触れてくすぐったい。


「ミルレークに旅立つこととか、クレッカの二人に色々知らせておかないと。返事がないと心配するだろうし」


 流石にフウカの失踪や迷宮に関することは書けなかった。余計に心配させそうだし。


 寝巻きに着替えているフウカは自分のベッドに横たわった。転がったまま手紙を書く俺を見ているようだ。


「何か気になる?」

「楽しそうだなって思って」

「そんな風に見えるかな」

「うん。街へ帰って来てアメリアの手紙を見てる時もそんな風だったし」

「誰かが手紙をくれるっていうのは嬉しいもんだよ」

「…………」

「アメリアやグレイスおばさんは、私の知らないナトリをいっぱい知ってるんだよね」

「?」

「ちょっと寂しいな」


 手紙を書く羽ペンを置いて椅子を引き、ベッドに転がるフウカの方を見る。薄暗い中で卓上ランプの黄色い明かりに照らされる白い顔と、薄紅色の瞳がわずかに憂いを含んでいるように見えた。


 フウカに家族に関する話をするときはもう少し気を使うべきだったか。


「大丈夫。きっと俺以上にフウカのことを知ってるお母さんや家族に会えるって」

「もう、そうじゃなくて」

「ええ?」

「ナトリはアメリアと私だったらどっちの方が好きなの?」

「どっちも好きだぞ」

「もっと好きな方は?」


 フウカは頬を膨らませムキになって聞いてくる。


「ふむ……」


 俺はちょっと真面目に考えてみた。フウカとアメリア姉ちゃんどっちの方が好き、か。

 姉ちゃんが俺の姉ちゃんなら、フウカは俺の妹みたいな感じだ。


 フウカが迷宮に向かった後、それを追いかけながら俺はずっと彼女のことを考えていた。どうして俺はフウカをそこまでして助けたいと思うのか。


 面倒を見た義理だとか同情なんかとは違う感情が確かにそこにはある。翠樹の迷宮のてっぺんから墜落していくフウカを見たとき、彼女を失いたくないと本気で思った。彼女の笑顔を取り戻したい。またあの顔が見たいと。


 これは、もしかしたら愛ってやつなんだろうか? 俺はフウカのことを女の子として意識するようになっている……のか?


 好きだと言う感情があるのは確かだ。けどそれが家族に対するような愛なのか、それとも恋愛感情なのか、実は自分でも判別しづらい。


「むー。迷宮で、私のこと好きって言ってくれたのに。私はアメリアよりもナトリのこと好きだよ」

「そ、そう? それは嬉しいな……」


 まあ、俺と姉ちゃんじゃフウカと一緒にいる時間が違うしな。


「ねえ、どっちが好き?」

「やっぱりどっちも……」


 だめだ。面と向かってフウカの整った顔を見るとうまく自分の気持ちをぶつけられない。よくわからない返事でお茶を濁して逃げを図るとか。俺情けなさすぎだろ。思ったことを正直に伝えるって難しいな。


 俺の煮え切らない答えを聞いてフウカはへそを曲げて向こうを向いてしまった。


「フウカ……ごめん」

「…………」

「明日からはミルレーク諸島を目指すことになる。一年前に引っ越したってことだから、カナリア島ってところには多分フウカの家族が今も住んでるはずだ。随分長くかかっちゃったけど、ようやく会えるよ」

「うん。ナトリには随分迷惑かけちゃった」

「そんなことはない。フウカと一緒にいるおかげで俺自身ちょっとは成長できたような気がしてるし。君が気にすることなんてなんにもないさ」

「……ありがとう」


 きっと長旅になる。その旅の果てに何が待っているのか……まだ何もわからない。


 実際に行ってみなければなにも見えてはこない。俺たちは進んでいこう。心のままに。


 姉ちゃんへの手紙を書き終えると、いつのまにか寝てしまったフウカの布団を整えてやり、俺も自分のベッドに潜り込んで目を閉じた。



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