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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第112話 記憶を追う者達

 


 クラルのエアリア工房で偶然居合わせた武具職人アイラ。俺は彼女に引きずられるようにして工房にほど近い武具店に連れ込まれ、新装備の打ち合わせをすることになった。



「一応自己紹介しとくな。アタシはアイラ。ここガンドール武具店で装備作ってる」

「俺はナトリ。こっちはフウカ。よろしく頼むよ」


 アイラはにいっと笑って頷くと身を乗り出すように本題に入る。


「んでナトリ。欲しいのは武器? それとも防具か?」

「防具を作りたい」


 武器に関しては間に合っている。遠距離も近距離も対応し、破壊力も十分なものが既にあるからな。


「なるほど。どんな防具がいい?」

「丈夫で頑強なのがいいけど機動力は損ないたくないんだ。できるだけ軽くしたい」

「軽くて頑丈。まあ理想の防具だよな。あんたの普段の戦闘スタイルは?」


 俺はモンスターやノーフェイスとの戦い方についてアイラに語って聞かせる。


「剣にもなる杖? なんでも貫く光?」


 彼女はぽかんとした顔で俺を見ている。まあ珍しいだろうな。リベリオンのような武器は。


「見たところ携帯してはないみたいだけど……。そんな武器聞いたこともないよ」


 俺は右手にリベリオンを現してみせる。


「え? はっ? ど、どこから?!」

「普段は消せるんだ。どこにあるのかは俺も知らない」

「す、す……すっげー!!」


 アイラは瞳をきらきらさせながらぐいと顔を近づけて来る。思わず体をのけぞらせる。


「もしかして、古代の武器? まさか王冠(ケテル)とか?!」


 急にテンションの上がり始めたアイラに思わず人さし指を口に当てて声量を下げるよう促す。


「あ、あァごめん。あんまり大声で言うことじゃないよなっ……」

「そうしてくれると助かる」

「なぁナトリ。もしよかったらその武器、もっと見せてくれないか?」

「え?」


 やっぱり武器職人としては見過ごせないものなんだろうか。


「頼むよー! 王冠見られる機会なんて一生ないと思ってたんだ」

「えーと、それは……」

「お願いだよ! 見せてくれるならアタシなんでもするからさ!」

「はっ?!」


 彼女は再びずいと前に出る。前屈みになるあまり開いた作業着の間から覗く豊かな胸の谷間が激しく存在を主張し始める。思わず目が吸い寄せられる。


「ちょっと! ナトリが困ってるじゃない!」


 フウカが俺たちの横合いからアイラを睨んでいた。それに気づいたアイラはようやく顔を離す。


「あははっ……。ごめんごめん。つい興奮しちまった」

「話が逸れてるよ。それに見知らぬ男になんでもするとか言うな。武器だったらまた今度見せるから」

「ほんとに?! よっし! ありがとナトリ!」


 かなりの喜びようだった。



 その後、話し合いが済んで作製方針が決定すると彼女は早速クラルの工房にフィル結晶を催促しに行くと出て行った。行動の早い人だ。



 武具店を後にした俺たちは近くの魚料理の店に入り昼食にする。

 久々に食べるトレトアユタヤの炙り焼きはうまかった。街に戻って来たことを実感する。


 ロクなものを食えない迷宮で過ごした一週間を経れば大抵のものは以前よりも美味しく感じることができた。



 腹ごしらえを済ませると今度は中央区役所へ向かう。俺達が元々この街に来たのはフウカの家があると聞いたからだ。


 街に来てすぐに調査依頼を出したはいいものの、水質汚染問題やフウカの失踪騒動のゴタゴタもあって、とっくに出ているはずの調査結果をまだ確認しにいけてない。



 プリヴェーラ中央区役所の市民課で順番を待ち、市民証を提示して調査の結果を聞く。

 窓口の職員が持って来てくれた調査報告書にはソライド家の住所が記載されていた。


 ぬか喜びしかけたものの、報告書の隅に赤字で書かれた「リシャール暦724年七の月転居」の文字を見て冷静になる。


 なんてことだ……。ソライド家はすでにこの街を出てしまっていた。

 しかも転居は七の月。俺たちがこの街に来てすぐの頃ならまだ彼らはプリヴェーラで暮らしていたかもしれない。


 役所のロビーの木椅子に座って二人で書類を眺めながら、俺たちは嘆息した。


「せっかくフウカを家族に会わせてやれると思ったのに」

「まさか引っ越しちゃってるなんて」


 苦労して消息を追いプリヴェーラまで来たのに。ようやく見つかるかもしれないと期待していたフウカは落ち込んでしまうだろうか。


「……でもまだ希望はある。ほら、ここに転居先について書いてある。詳しい住所は書かれてないけどミルレーク諸島のカナリア島だって」


 これはプリヴェーラ市民であれば請求可能な家の所在地についての情報だ。


 それにこうして転居先が明記してあるということは。誰かに引っ越し先を知らせたい意図があるんじゃないだろうか? やはりフウカの家族も彼女のことを探しているのでは……?


「ミルレーク諸島ってどこにあるの?」

「ミルレークは、北部アプテノン=デイテスと東部イストミルの間にある島々の総称なんだ。ここからだとシスティコオラよりもだいぶ遠い」

「そっかぁ……遠いんだね」

「…………」


「私ね。家族とか、家とか……少しも思い出せないし。ナトリさえ一緒にいてくれればたとえ見つからなくてもいいかもしれない思ってた」

「フウカ」

「でもね、迷宮で少しだけ記憶が戻って、記憶の中にある女の人の顔をみたら……、会いたいって強い気持ちが私の中からわき上がってくるんだ。私はもう一度あの人に会いたい。今はそう思う」


 フウカの強い意志を湛えた薄紅の瞳を見遣る。


「……そうだよな。フウカのお母さんかもしれない人だ。会いたいに決まってる」

「お母さん……。そうかもしれないね」

「よし……、じゃあ行こう。ミルレークに! こうなったら空の果てまでも消息を追ってやるんだ」

「ナトリは私について来てくれるの?」


 胸を叩く。


「あったり前だ。ちょっと頼りないかもしれないけどさ」

「そんなことないよ。すっごく頼もしい。ナトリが一緒なら安心だもん!」


 フウカが晴れやかに笑う。もう彼女を一人きりにはしない。この笑顔を守るためなら俺は強くなれる。


 俺たちはミルレーク諸島に向けて旅立つ決意を固めた。



 §



 かつてソライド一家が暮らしていた家を見ておこうと、俺たちは調査書にある住所へ向かった。場所は北区の外れにある浮遊街区のようだ。中央区からは結構離れている。


 中央広場の船着場で舟に乗り、水路を通って家を目指した。舟に乗った方が移動は速いし、結晶を売ったお金が相当入ってくる予定なので舟代節約なんてみみっちいことはしなくて済む。


 歩かなくていいなんて贅沢だな。そんなもろに庶民感覚的な感慨を覚えながら、水路に映る流れていく街並みを眺めた。



 そうして北区の住所の近くまで来た。二人分の料金を船頭に渡して俺たちは水路から歩道へ上がる。

 目指す住所はちょっと高い場所にある。見上げながら、どこから上がって行こうかと考える。


「あの辺りかな、えーと、まずはあそこを通ってあっちの街区に登ってと……」

「あの辺だよね。行こ、ナトリ」


 フウカはそう言うと手を差し出した。ああそうか。彼女がいれば足で登れるルートを辿る必要なんてないんだった。生まれつき地面のある場所しか歩いてこなかった俺にはこういう感覚は今だについていけないところがある。


 フウカの手を掴むと、彼女はふわっと地面を蹴って浮かび上がる。壁、屋根と足をかけて地上の街並みの上へ出ると、俺たちの周囲に風が集まってくる。フウカはそれでさらに飛距離を伸ばし、一段上の街区へ飛び移る。


 使えるようになった風の波導のおかげか、より遠くまで自在に飛べるようになっている気がする。

 風の波導は移動補助系の術も多いみたいだしフウカとは相性がよさそうだな。あいかわらず俺はぶさらがっているだけだが、こうやって飛ぶのも少しだけ慣れた気がする。



 浮遊街区を飛び移ってプリヴェーラ高層まで達する。フウカは円形をした、大きめの建物が集まる街区に華麗に着地を決めた。ここまで登ってくるとフラウ・ジャブ様と水の大結晶も随分近くに感じる。


 そこそこ広い街区だけど、やっぱり上層はお金持ちの邸宅ばかりだ。どこの屋敷もでかい。門つきの白い塀で区切られた通りを進んで行く。やがてそれらしき建物の前までやってきた。



 調査報告書にあった住所、そこに立っていたのは二階建ての白い館で、色あせた水色の屋根と手入れのされなくなった庭が鉄製の門の間から見えた。

 窓の鎧戸は閉じられているし、人が生活している気配がなくなって久しい様子だった。


 フウカは門の鉄棒に手をかけて中を覗く。王都で記憶を失くす以前、彼女はこの家で暮らしていたのか。屋敷を見る感じではやっぱり普通にお嬢様だったな。ここが古くなったから引っ越したといったところか。


「ここが私の家……」

「記憶と重なるようなところとか、何か思い出すことはない? 確か庭を思い出したって言ってたよな」

「わからない。記憶の中の庭は、もっと広くて……この家を見ても何も感じない。何も思い出せないや……」


 記憶の場所は家の庭じゃないのかもしれない。白い東屋が立ってるって言ってたし、公園とか。プリヴェーラにそんなに広い自然公園なんてあったっけ……。


 この辺りは屋敷町で、使用人などが警備に目を光らせているところもある。誰も住んでないからって勝手に入ったりするのはやめた方が良さそうだ。


 聞き込みをしたところでここらは簡単に周辺情報を与えてくれるような口の軽い人も少ないだろう。



 結局大した収穫はなく自宅へ引き返すことにした。

 ソライド家の人々がここにもういない以上、得られる情報は報告書の内容が精一杯だ。この住所だって既に引っ越しているからこそ開示してもらえたのかもしれない。


 知りたければ、会いたければ、やはりミルレーク諸島に行くしかないのだろう。




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