第111話 星骸
エルマーと三人で狩りに出かけた翌日。俺とフウカは街の中央区に軒を構えるとある店の前に立っていた。
「ここみたいだな」
プリヴェーラの街にはエアリアの工房がたくさんある。通りを歩けば工房の軒先にずらりと陳列された色とりどりのエアリアは非常に目立つ。
観光客の目を引く大通りの工房はいつも大勢の客でごった返しているのが常だ。とりわけ澄んだ色をした水系エアリアはこの街では人気商品だ。
そういった見栄えのする工房と比べると、バベルでトレイシーに紹介された工房はいささか華やかさに欠けていた。
店構えはこの街には珍しい木造で、ところどころ植物が巻きつく古い建物だ。
店外に展示品などは一切ない。ひさしの上に掲げられた古びた木の看板に書かれた「フォルステリ工房」の表示がなければ何の店かもわからないだろう。
「なんか地味な感じだね。ここであってる?」
「トレイシーさんの紹介だからいいエアリアを作ってるはずだ。店構えも観光客向けっていうより玄人向けな感じがするし」
実際大通りで売っているようなやたらとキラキラしたエアリアは見た目ほど効果が高くないものも多い。それくらいのことは俺もわかってきた。
早速扉を開いて中に入る。建物の中はぶち抜きの一つの部屋になっていてかなり奥行きがあった。
大がめや大型の刻印機械が並び、壁は書棚で埋め尽くされている。吹き抜けになった二階部分には回廊が渡され、天窓から差し込む光が少し薄暗い店内を照らしていた。
「いらっしゃいませ」
声のする方を向くと壁際、重厚感のある木の机に座るコッペリアが俺たちを見ていた。
撫で付けられた栗色の髪をした青年だ。あまり顔色がよくなさそうに見えるが、コッペリアという種族はわりとみんな人形みたいな青白い肌をしているものだ。
俺は落ち着いた雰囲気の男性に近づきトレイシーの紹介状を渡す。彼はそれに目を通すと俺たちに微笑みかけた。
「相変わらずトレイシー嬢は打算的な部分を隠そうともしない。そこが彼女の魅力でもあるのですが……。お得意様候補を紹介するから贔屓にしてあげてと書いてあります」
「ははは、基本的にはいい人ですよね」
「申し遅れました。私の名はクラル・エミーリオ。以後お見知り置きを」
彼は椅子から立ち上がると、洗練された所作で優雅にお辞儀を決めた。その辺の奴がやっても冗談にしかならなさそうだが、整った容姿をしたコッペリアがやると堂に入って見えるからすごい。
「色々あるねー。機械もたくさん」
フウカは興味津々で店の奥を覗き込んでいる。クラルはそれを笑って見守る。他の職人なんかは見えないけど、この人は一人でここをやってるのだろうか。
すらりとして身長の高いクラル青年は、ガラスのような澄んだ瞳を閉じて言った。
「とても強い風の性質の香りです。もしやフィル結晶を売ってくださるのですか?」
やっぱりわかる人にはわかるんだな。フウカも見えなくてもあるのがわかるらしいし。本当は結晶なんて軽々しく持ち歩くのはよくないのかもしれない。
「はい。これを売ろうと思って」
鞄から、布を巻きつけてくるんでおいたフィル結晶のかけらを取り出す。机の上に横たえて布を解く。
ほのかに翠の光を発する透き通った結晶が現れる。風の結晶なだけあって触ると手のひらに爽やかな微風を感じる。高密度のフィルが固まってできたものなので結構な重量がある。
「素晴らしい……!」
光を放ち煌めく結晶を見てクラルが感嘆の呟きを洩らす。
「やっぱりいいものなんですか?」
「ええ。純度や質は申し分ない。これほど高純度の結晶にはなかなかお目にかかれるものじゃありません。間違いなく最高級の品質ですね」
「おお……」
「すごいの持って来ちゃったね」
翠樹の迷宮という秘境に転がってた天然物だからな。余裕で数千年以上は昔のもののはずだし。
「是非ともうちで買い取らせていただきたいところですが、本当によろしいのでしょうか?」
「何か他の選択肢でもあるんですか?」
「ランドウォーカーさんは狩人をされているようですし、武具の素材にしたりエアリアに加工したりと選択肢は多いと思いますよ。売却してお金に換えるのは容易いですが、ここまでの素材は手に入れようと思って簡単に手に入るものではないでしょうから」
「うーん……」
そう言われてしまうと悩む。売るだけじゃなく、加工っていうのもありなのか。とはいえ、今の俺たちには当面の生活費が必要だ。ある程度はお金に変えるべきだろう。
「ちなみに、全部売るとしたらいくらぐらいになるんですか?」
「鑑定して見積もりを出してみましょう」
クラルは机の上に置かれた台状の装置に結晶を載せて目方を計った。少し削ってもいいかという問いに頷くと、結晶を固定し、のみと金槌を取り出して先端を少しだけ削り取る。
結晶のかけらを大がめの隣に設置してある機械まで持って行き、取っ手を引いて扉を開けると結晶を中に入れて再び閉じる。
操作盤に手をかざし、機械を起動する。純度を計測できる装置だろうか。
低い駆動音と共に機械のメーターが動いて目盛りを指し示す。
クラルはしばらくそれをじっと確かめた後、機械から結晶を取り出して机の前に戻って来た。
「結晶の価値は主に重量と純度から算出します。他にも色々と基準はありますが……、計測した値からすると26ドーラ7エインほどの価値になりますね」
「…………」
「安いでしょうか? これは規定値からの相場です。私は30ドーラ以上の価値がある品質だと思っています」
唖然としたまま隣にいるフウカの顔を見る。
「エウロとエインはよく使ってるけど、ドーラって金貨のことだよね?」
いやいや。
今26ドーラって聞こえたような? 狩人稼業を日々怪我に怯えながら頑張って毎月15エインほど稼げる。これでもかなり良くやってる方だと思う。
ドーラ金貨はエイン銀貨十枚と等価だ。26ドーラ、つまり260エイン。想像していたよりも遥かに高額な結晶の価値に俺は目を丸くする他なかった。
庶民は金貨なんて扱う機会はあまりないし。
「そんなに高いものだったんだ。やっぱり私も持って来ればよかったかなぁ」
俺だってあと二、三個は持ち帰ればよかったと思ってしまう。そうすれば故郷の牧場に機械を導入する事だってできるかも。
今からでもシスティコオラの迷宮に戻ってもっと結晶を取ってくるか……?!
などと、浅ましい考えを頭に浮かべていると工房のドアが開け放たれ、作業着を着た大柄な女性が入って来た。
「おーす。邪魔するぞクラルー。ん、客か」
「アイラ。まだ武具店は営業時間内じゃないですか」
クラルは若干迷惑そうな顔でその女性に声をかける。アイラと呼ばれたショートカットの女性はズカズカと俺たちの元へやってくると、机の上に置かれたフィル結晶を見て驚きの声を上げた。
「うおっ、すっげーなこれっ! アンタが持ち込んだのかい?」
「え? ああ、そうだけど」
「突然すみません。顔なじみの武具職人です。アイラ、お客様に失礼じゃないですか」
職人アイラは結晶を眺めたり、触れてみたりに夢中でクラルの言葉は耳に入らないようだった。
「兄さんそのなり狩人なんだろ? こいつをただ売ったりエアリアにするのは勿体ないなぁ」
「ある程度はお金に換えたいんだけど、何かいい武器や防具の材料になるならそれもよさそうだと思って」
「わかってるねぇ」
彼女は腕を組んでうんうんと頷いた。
いい機会だ。彼女は職人ということだから、モンスター素材の扱いにも慣れているはず。
アドバイスでももらえないかと、俺は昨日バベルで受け取ったアグリィラケルタスの素材をついでに彼女に見てもらうことにした。
机の上に取り出したモンスターの硬皮を置いて彼女に見てもらう。
「質感はウーパスの皮に近いが、なんだこりゃあ……。妙な感覚だ。見慣れない素材だねぇ。兄さんこんなもんまで持ってるって、何者?」
アグリィラケルタスの素材であることを説明する。しばらく前、街では水質汚染問題が騒がれていただけあって二人とも驚きを隠せないようだった。
「これが噂の化け物の……」
「てことは、兄さんがこいつを倒したのか?」
「いや……。俺は手柄を譲られただけで」
二人から尊敬の眼差しみたいなもので見られているが、それを素直に受け止められない分居心地が悪い。いちいち否定するのも面倒なので、多くは語るまい。
「細かいことはいいや。なあ兄さん、これ、装備にするつもりなんだろ? アタシに加工させてくれよ、いいの作るからさっ!」
「アイラは性格は大雑把ですが職人としての腕は確かです」
クラルもそういって頷く。
「じゃあ、お願いしようかな」
「おっし。これと、この結晶があればいい星骸が作れそーだ。久々に腕がなるねぇ!」
アグリィラケルタスはスターレベル4のモンスターだ。その素材からは、特殊な能力を宿す星骸を作ることができる。
「では、装備加工に使わない部分は売却、という形でよろしいでしょうか?」
「そうですね。とっておいても、今の俺じゃ持て余しそうなので」
保管庫などを利用するにも金がいるし。
一瞬フウカのために杖を作るのもありかと考えたが、あまり必要そうにも見えないし保留にした。
「ありがとうございます。これだけ純度の高い結晶だ。色をつけさせてもらいます。武具制作に必要な分は私がアイラの店に届けますので。支払いは後日でも?」
「はい、お願いします」
話はついた。結晶と素材は金と装備に。これでとりあえず生活の心配はしなくて済む。拾ってきてよかった。
「よかったね、ナトリ」
「うん。いい装備も手に入りそうで嬉しいよ」
「よーし、どんな装備にするかウチの店で相談するぞ! 早速行こーう!」
アイラに女性とは思えない力で腕を引かれて工房の扉まで引きずられていく。
「自分で歩くって!」
「待ってよー!」
慌ててクラルに挨拶すると彼はちょっと気の毒そうな顔で頭を下げた。




