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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第110話 衝突

 


 風が辺りの木々の葉をさらさらと揺らす音がする。周囲に動物やモンスターの気配はない。


 俺たちは互いに構え間合いをとり、男と睨み合う。


「結局力づくになってしまうのは残念だ」

「知らねぇっていってんだろ」


 男は素早く飛んで木々の影に紛れた。茂みの中を移動している。


 リベリオンを警戒して姿を隠したか。俺たちも周囲に目を配る。


 フウカには男の位置がわかっているはずだ。俺は彼女に攻撃を防いだ隙を狙うと素早く伝える。


 不意に男が茂みから飛び出し俺の目の前に迫る。

 なんて速さだ。


 ネコの俊敏さはエリアルアーツととても相性がいい。スピード重視の拳闘士レイザーとして戦う者が多いとは聞いている。

 モモフク師匠の娘チェシィもそのタイプだった。


障壁ウィオル!」


 フウカが瞬時に反応し、俺の目の前に半透明の壁を形成し加速した蹴りを防ぐ。


 攻撃に動じることなく、男の胴を狙って杖のトリガーを引く。


 放たれた光は命中しなかった。エリアルアーツ特有の予測しづらい動き、男は繰り出した蹴りの態勢からまるで宙を叩くように二段目の蹴りを放ち、体を跳ね上げてリベリオンの射線から逃れる。


 エルマーが飛びかかり男に強烈な鉄拳を叩き込もうとする。


「力は強いが大味だ。人間には当たらない」

「チッ」


 男は俺たちの周囲を動き回りながら巧妙なフェイクを交え嵐のように蹴りを見舞う。


 フウカやエルマーが蹴りを防いでくれるが、男の動きは速くフウカも薄い障壁ウィオルしか作り出せない。


 向こうの攻撃に対応するので手一杯で、攻撃を防ぐたびに壁は粉砕されてしまう。


「疲れた体でいつまで持つか、試してみるか? そらそらそらッ!」

「くっ!」


 上段に飛んできた蹴りを転がり避けるがフウカから離れてしまう。


 狙い通り誘導され、起き上がる間も無く続けざまに鋭い踵落としが振り下ろされる。


「ナトリ!」

「リベリオンッ!」


 瞬時に剣の形態に変化したリベリオンを振り上げる。


「おっと、剣にもなるのかそれは。厄介だな、ただの荷物持ちでもないらしい」

「舐めるなよ」


 男は再び茂みに姿を消す。


「あいつ速すぎて埒があかねぇ」

「……速さには速さだ。フウカ、君は風の波導が使えるようになってる。風の波導には素早く動けるようになる術があるんだ。今のフウカならあいつの速さについていけるはず」

「一瞬でもいいから隙を作ってくれりゃ俺っちがあいつを捕まえてやる。力比べなら負けねえ。そうすりゃこっちのもんだぜ」

「わかった。やってみる……。頼んだよエルマーくん」

「オウ」


 フウカの瞳に仄かに薄紅色の輝きが灯る。彼女の体を取り巻くように風の流れが起こり始めた。


 背後で空気が揺れるのを感じ、即座に振り向く。目の前に迫る男の足————。



 衝撃音とともに、眼前で男の蹴りが弾かれる。俺たちは男に向かって飛びかかるが、奴は素早く宙返りしながら後退する。


 しかしフウカだけは男をぴったりとマークしはりついたままだ。


 男が空中で繰り出す蹴りの連打を小規模な障壁ウィオルを展開しながらいなし、追い詰めていく。男の速さに置いていかれてない。


「はあっ!!」

「ぐおっ!」


 障壁がフウカの目前ではなく男の頭上に現れ、上方へ逃れようとした男が壁に衝突する。


 壁を守るためじゃなく相手の行動を制限するために使うとは。


 不意を突かれた男は衝撃により一瞬硬直する。


 背後に回り込んでいたエルマーはその隙を逃さなかった。男の背にとりつき、きつく羽交い締めにする。


「ぬうっ! ……がああっ!」

「捕まえたぜぇ。ちょろちょろ動き回りやがってよ」


 膝を突き、両腕を封じられた男にリベリオンの切っ先を突きつける。


「もう諦めろ。クロウに構うな」

「くっ」

「デリィ達を追いかけるのはもう止めて。そっとしておいてあげてよ!」

「ふっ、ははっ」

「何笑ってんだよ」


「……お前達には関係のないことだ。部外者が首を突っ込むな。ここで私を殺さないのなら、私は奴らを見つけるまで追い続けるぞ。それが仕事だからな」

「…………」

「な……、なんだ?」


 フウカが男に向けて無言で右手をかざす。


 彼女の様子はどこか異常だった。全身から波導の強い気配がびしびしと発散され、俺も思わず息を飲んだ。



 フィルに対して鈍い感覚しか持たない俺でも感じる、全身を刺すような危険な気配。何か大きな力の塊が男の眼前に突きつけられている。


 男が目を見開きフウカの手のひらを凝視する。いまの彼女は危険だ。


 彼女の肩に手を置くとフウカは俺を振り返った。瞳の輝きが増している。その目をまっすぐ見て首を横に振る。


「落ち着けフウカ」


 フウカを人殺しにはしたくない。そんなことを許せば何か取り返しのつかないことになってしまいそうな気がする。


「ナトリ……」


 危険な気配は徐々に収まっていくようだった。フウカは上げていた手を下ろす。


「それでいい」

「……ごめん。ありがとね、止めてくれて」


 フウカを下がらせて膝を突く男の前に出る。


「はっ、甘いなお前達は。そんな風ではいつか足元を掬われるぞ」

「確かに俺たちが深入りできるような問題じゃないかもしれない」

「そうだ、よくわかってるじゃ————、お、おいッ!」


 光剣を頭上に掲げる。


「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」


『できる限りでかいのを頼む』

『——承認』


 頭上に掲げた光の刃が伸び、林の木々すら超える高さに達する。体から煉気が吸い上げられ、リベリオンを通して光に変換されていく。


 家屋すら両断できそうな巨大な刃を目を見開いて固まっている男に向かって一気に振り下ろす。


 リベリオンの炸裂した地面が派手に爆け、土埃が舞い飛び一瞬視界が紛れる。


 土埃が落ち着いた後には、地割れでも起きたかのような巨大な亀裂の入った地面が目の前にあった。



 亀裂のすぐ側で、吹き飛んだ土砂を被り目を限界まで見開いた男が生気を失った顔で俺を見上げていた。


「見逃すのは今回だけだ。今後、またあんたがクロウ達のことを嗅ぎ回っているのを知ったらその時は」

「お、お前達……なんなん、だ……その力は」

「今度は外さない。ディレーヌの親に伝えろ。彼らはもうガストロップスを出て遠くへ行ったと。わかったか?」

「わ、わ、わかった……。そう、伝える」

「……行こう、二人とも」

「うん」


 俺たちは戦意を削いだ男をその場において、島の川辺に向かって引き返し始めた。




 §



「なぁナトリ、腕や足の一本や二本潰しといたほうがよかったんじゃねぇか? 脅しても諦めねえかもしんねぇぞ」

「物騒だなエルマー。あいつだって別に悪人ってわけじゃないんだろう。きっと仕事でやってるだけなんだ」

「そうだけどよぉ。俺らをボコろうとしたのは確かだろ」


「俺達が知ってる事情はクロウ達のことだけだ。親が自分の子を探したいと思うのは当然のこと……。結局のところ俺達が深入りできるような問題じゃないってことさ。だから、あいつを傷付けるのは何か違うと思った」

「相変わらずの甘ちゃんだな。おめぇさんは」

「いいんだよ。事情はそれぞれ、感情だって人それぞれだろ」


 後に後悔することになるかもしれない。それでも俺は危害を加える事を選べなかった。




「…………」


 俺たちの後ろを歩くフウカは浮かない顔で地面に視線を落としていた。


「それでも私は……、デリィとクロウニーに幸せになって欲しいよ」

「俺だってそうさ」

「大丈夫だぜフーカ。クロウの奴は頭いいからよ。簡単に捕まったりしねえって」

「エルマーの言う通りだ。プリヴェーラに来て以来、ずっとこうなることを想定して行動してたみたいだしな」

「本当に?」

「そんな心配すんなよ。俺っちがセンベツに渡したモンスターの報酬もあるしな」

「あっ、エルマーお前、クロウに報酬譲ったな?」

「俺はそんなに金いらねぇからな」

「くっそー、俺のも渡しといてくれよ」

「俺っちに頼むんじゃねぇよ。留守にしてたおめぇさんが悪ぃんだろ。自分で渡せっての!」

「もういないんだから無理だろ」


 俺たちのやりとりを見てフウカがくすくすと笑い出した。


「二人ともクロウニーと仲良かったんだね」


 俺たちも少し笑う。ちょっとだけアルテミスで行動していた頃を思い出す。



 この三人で仮のユニットアルテミスを復活させるのはどうかとエルマーに提案したが、すげなく断られた。


 しばらく単独ソロで修行したいらしい。こいつなりに何か思うところがあったのだろうか。



 リベリオンの特大の攻撃を放った疲労感を全身に感じつつ街に戻り、本日得た素材をバベルで換金した後解散した。


 アルテミスが復活するのはまた俺たち三人が揃った時にしようぜ。

 エルマーはそう言い残して暗くなりつつある通りを歩いて去っていった。



 俺たちは信じている。また三人で戦える日を。それはきっとクロウニーも同じはずだ。



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