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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第108話 残されたもの

 


「…………」


 クロウニーの手紙を読み終わった俺は、噴水広場とその向こう側に見える街並みを無言で眺めた。


「ねえ、何が書いてあるの?」


 隣に座るフウカが急かすように聞いてくる。フウカは文字がほとんど読めない。彼女の文字に対する知識は記憶と共に失われてしまっていた。


 翠樹の迷宮で記憶の一部を取り戻した後、その影響か少しだけ意味のわかるようになった字もあるそうだが。とにかく手紙の内容を説明してやらないと……。



 手紙に書いてある内容と、ディレーヌが謝っていたことをきっちりとフウカに説明する。声に出しながら改めてその内容を認識するとなんとも言えないやるせなさを感じた。


 事情を聞かされたフウカの表情はどんどん暗くなっていった。彼女にとっては酷な話だろう。

 クロウニー達は、フウカが街を飛び出している間に行ってしまった。俺たちは別れを惜しむこともできなかったのだから。


「デリィ……。二人にそんなわけがあったなんて。私、何も気づけなかった」

「俺もだ。二人が街へ来た経緯は聞いてたけど、追っ手のことなんて考えもしなかった」



 二人はこの街へ来て新しい生活を始めても、ずっと自分たちを縛り付ける故郷の呪縛からは自由になれなかった。


 彼らの家は人目に付きにくい入り組んだ場所にあったし、今思うとクロウニーは金に対してそれなりに執着していた気がする。


 彼らの抱える問題に気づけなかった自分が悔しい。でも、知ったところで俺にはどうしようもできなかったろう。クロウニーは大事な仲間なのに……。


「デリィと約束したのに。服を買いに行く約束も、美味しいケーキを食べに行く約束も」


 フウカは今にも泣き出しそうな顔で俯いている。あの二人にはこの街に来てから何かと世話になることが多かった。

 俺はフウカの細い体を支えるようにその背中に手を置いた


「私また二人に会いたいよ。デリィは私に色々なものを教えてくれた。まだお礼も言ってない」

「生きていればいつかきっとまた会える。お互いに覚えている限り」

「うん。もう忘れない」


 俺たちは並んで座りプリヴェーラの今日も青くて広い空を見上げた。

 水質汚染がすっかり解消されて綺麗な白いフラウ・ジャブ様がゆっくりと体をくねらせて飛んで行く。


 あの二人もきっとどこか、この青い空の下にいる。


 クロウ、フウカは見つかったよ。探すの手伝ってくれてありがとう。いつか会いに行くから、二人とも元気でいてくれ。




 俺とフウカが再びバベルの受付カウンターへ戻ってくると、トレイシーは不安げな顔で俺たちを出迎えた。


「ベリサール様のことは、エルマー様からそれとなく伺っております」

「そうですか。ありがとうざいます、手紙預かってもらってて」

「いいえ。私としても、アルテミスのお三方はいい組み合わせだと思っていただけにとても残念です。ところで、そちらの女性は?」


 トレイシーは俺の後ろに立っているフウカが気になったようだ。まあこの子の派手な外見では目を引かないほうが無理というもんだ。

 フウカを彼女に紹介した。これから俺と一緒に狩りに出ることもあるのでよろしくお願いします、と。


「フウカっていいます。……よろしく」


 フウカもぺこりと頭を下げる。トレイシーは俺が単独ソロに戻るわけではないと知って嬉しそうだった。

 あれだけのことがあったんだから、そりゃ心配するよな。その後迷宮でもっと大変な目に遭ってきたんだけど。


「そうだトレイシーさん。モンスターの素材じゃないんですけど、高純度のフィル結晶を拾ったんです。どこで売るのがいいですかね」

「一応聞いておきますが、公共の水結晶を削ったものじゃありませんよね」


 トレイシーが猜疑の視線を俺に向けてくる。

プリヴェーラのような大きな街には街中に結晶が設置されていることも多い。

 街の中心にはプリヴェーラのシンボルとも言える巨大な水の結晶が浮かんでいるし、浮遊街区から水路へと流れ落ちる水の流れの元には、こんこんと清浄な水が湧き出す水の結晶が設置されている。


 ごくたまに、そういう結晶を削り取って売ろうとする不届きな輩が現れる。この街でそんなことをしたらプリヴェーラ市警にひっ捕らえられて牢獄にぶち込まれるのがオチだが。


「いやいや! 流石にそんなことしませんって! 拾ったんですよ本当に」


 嘘は言ってない。


「ナトリは本当に拾ってたよ」

「フウカさんが言うのなら信じましょう?」


 何故初対面のフウカの方が信用があるんだろう。まあいいけど。


「一応我々バベルでも結晶の取引はしますが、フィル結晶でしたら街の工房に持って行くのがいいでしょうね」

「工房って?」

「エアリアを精錬するところだよ。プリヴェーラの水系エアリアは有名らしいから、すごい工房がたくさんあるんだろうな」

「はい。工房に持っていけば加工してもらうもよし、そのまま売るもよし、ですから。職人に結晶の価値を正確に鑑定してもらえるはずです。私の馴染みの工房を紹介しましょう」

「それはありがたい。そういうのにまだ疎くて」


 本来狩人(ニムロド)であれば、質の高いちゃんとしたエアリアを精錬する工房を知っておかねばならない。安価な粗悪品などでなく、高品質のエアリアを備えておくのは大事なことだから。


 俺はまだ装備品や道具をちゃんと揃えられるほどの金銭的余裕がなかったからそういうものに詳しくなかった。安宿暮らしの時代は生活をよくするので精一杯だったからな。


 まあ、迷宮に備えて準備した道具類や旅費がかさんで、振り出しに戻った感はあるけど……。


「ところで、まだランドウォーカー様にお渡しするものがあります」

「え、まだ何かありましたっけ?」


 ピンとこない俺に少し顔を寄せて、トレイシーは少々小声になって言った。


「……アグリィラケルタスの素材ですよ」

「あ……そう言えば」


 忘れていた。確か、フウカを追って街を出る時。駅にマリアンヌの見送りに来ていたエレナに言われたんだった。バベルにアグリィラケルタスの素材を預けたから受け取ってくれ、と。


「既にこちらで解体は済んでいて、希少な固有素材以外は換金させていただきました。ランドウォーカー様の分の素材と報酬を受け取っていただきたいのです」

「…………」


 そうだった。ガルガンティア様から俺たちはあの大蜥蜴の素材を譲られていた。

 あの時はエレナに受け取ると言ってしまったけど、そんなもの本当はいらなかった。金になるなら全部クロウニーに渡してやりたかった。


 アグリィラケルタス。もう夢には出てこないけど、あいつの悪夢には散々うなされた。その素材なんて触れたいとは思わない。ましてや実力で倒したわけでもないんだから。


「やっぱり受け取れない……。本来俺が受け取るものじゃない」

「ナトリ……」


 トレイシーがじっと俺を見つめて言った。


「ガルガンティア協会の方から聞きました。アルテミスの皆さんは、あの邪悪なモンスター達と渡り合ったそうじゃないですか。深手を負わせたのはランドウォーカー様の力だったとも」

「悔しいんです。あそこであいつを倒せなかったことが。負けていろんなものを失くしかけてしまったことも」


 トレイシーはふーっと小さくため息を吐いてちょっと目をつむった。


「あのですねナトリさん。あんまり自惚れないでくださいよ」

「え?」

「あなたが狩人を初めてどれくらい経ちますか? 確か初めてバベルにお越しいただいたのが七の月の始め頃でしたよね。つまり一月半です。普通なら、右も左もわからないど素人狩人に毛が生えた程度です」

「はあ」

「そんな人がスターレベル4のモンスターに出くわしたら、まず生き残れませんよ。それほどまでに強力なんです。レベル4というのは。ベテランの狩人でも普通に死にます。勝てなくて当たり前です。初心者は挑むこと自体が無謀です。あまり思い上がらないでください。今度は死にますよ」


 彼女は少し怒ったような口調で続ける。


「生きて、深手を負わせただけで十分じゃないですか。すごいことです。……あなたが報酬を受け取る権利は十分あるんです。それにレベル4モンスター素材の価値、わかってないでしょう。普通の狩人だったら喉から手が出るほど欲しがります」

「…………」


 ……これも一つの自惚れに違いない。相手は強大な敵だった。俺みたいな半分素人が普通に倒せるようなモンスターじゃない。プライドやら義理やら、そんなものに構っていられるような人間か、俺は。


 フウカを守る。そのためにはもっと力が必要だ。たとえそれが俺を殺しかけた嫌な思い出の残るモンスターでも。そんなものでも利用してやるくらいの貪欲さが必要なんだ。


「受け取れよナトリ。そいつはおめぇさんのもんなんだからよ」


 唐突に掛けられた声に振り返ると、そこには小さな青毛のラクーンが立っていた。


「……エルマー」










挿絵(By みてみん)

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