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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第107話 友の手紙

 


 俺たちは早朝、二週間ぶりの水の都プリヴェーラへ帰り着いた。美しい水路と白い瀟洒な建物の立ち並ぶ街並みを眺め、しみじみ感慨に浸った。


「じゃあまたな。二人とも。今度飲みにでも行こうや」

「そうだな。また何かあったら付き合ってくれよ」


 クレイルはカカッ、と豪快に笑う。


「さすがにしばらくは休みてぇところやが、おもろそうなことなら構わず俺も誘えよ」

「ははっ、頼もしいな」

「今度クレイルの家に遊びに行くね」

「止めとけ止めとけ。散らかっとるから。人呼べるような広さもあらんし」


 そう言い置くと、クレイルは背を向け片手を振りながら大通りの人混みの中を去っていった。


「よし、俺たちも帰ろうか」

「うん! 久しぶりだねー。埃が積もってないといいな」




 §




 家に帰り片付けなどの雑事を済ませると俺たちは早速街へ出た。

 フウカのことを心配しているであろうクロウニーとディレーヌに彼女が見つかったことを真っ先に報告しなければいけない。


 クロウニーは日中狩りに出ている可能性が高い。フウカの無断欠勤の謝罪もあるし、確実にディレーヌに会えるであろうレストランシャーロットに向かった。



 シャーロットでは店長である細身のネコの紳士に二人で謝った。罵倒されるかと覚悟していたが、優しげな笑顔を浮かべた店長はまずフウカの無事を喜んでくれた。


 そして特にお咎めもなかった。フウカは店では結構人気があるらしく、彼女目当ての客も増えていたので帰って来てくれてなによりだと彼は言った。

 フウカは早速明日からウエイトレスの仕事に戻ることになった。



 システィコオラからの帰路で決めたことだが、シャーロットで勤務する日は半分に減らすことになった。フウカ自身が望んで狩りに付いていきたいと言い出したからだ。


 あれだけの心配をかけた以上俺に反論の余地はなかった。治癒波導の使えるフウカと一緒にいた方が安全なのは確かだし。


 レストランの仕事自体は気に入っているようなので、掛け持ちにはなってしまうが店の方で許してくれるならそれに甘えよう。



 一方ディレーヌはというと、なんと彼女は一週間ほど前に店を辞めていた。店長からそれを聞いて俺たちは驚いた。


「フウカちゃんもだけど、ディレーヌちゃんも人気のある子だったからね。立て続けに二人に抜けられて困っていたんだよ」

「…………」

「店長、デリィは何でお店辞めちゃったの? 何か、聞いてませんか」

「詳しいことは何も。残念だけどね。ただ、何かとても急いでいたようだった」

「そう……なんだ」




 シャーロットを出た後、俺たちはまっすぐ西区にある二人の住んでいる部屋にやってきた。彼らの家を尋ねるのはこれが初めてだ。


 西区第一層の住宅街。教えられていた住所の場所は大きな集合住宅の影に隠れるような目立たないアパートの一室だった。

 ちょっとわかりにくい場所にあって、部屋の前まで来るのに苦労した。


 簡素な木の扉をノックするが応答はなし。いないらしい。近隣の住民に彼らのことを尋ねようかと思ったけど、周囲の部屋には人気がなく、二人の所在を知ることはできなかった。



 結局彼らに会うことはできず、俺たちはとぼとぼと南区に向かって水路脇を歩いた。

 自分のいない間にディレーヌが店を辞めていたことがショックだったのか、フウカはとくに元気がなさそうに見えた。


「デリィ、どうしてお店辞めちゃったのかな……」

「わからない。二人はフウカがいなくなった後、街で君を探すと言ってくれてたんだ。急に店を辞めるなんて、俺たちがいない間に何があったんだろう……」


 バベルに行けばクロウニーがどこにいるか聞けるかもしれない。一度顔を出しておきたいと思っていたし、そのまま俺はフウカを連れて南区の支部に向かうことにした。




 §




「ランドウォーカー様! よかった……元気そうで」


 二人でバベルの建物に入り受付へ向かう。近づいて来る俺たちを見つけたトレイシーが声を上げた。


「心配かけましたか。顔を出そうとは思ってたんですけどいろいろあって」

「大怪我をしたと聞いていたので心配していたんです」


 トレイシーの分厚いメガネの向こう側の目が隅々まで確かめるように俺の様子を精査する。


「もう大丈夫ですよ。傷も治りました」

「そうですか……」


 トレイシーは俺に向き直り、正面から目を見据えた。そして頭を下げる。


「すみませんでした。我々がプリヴェーラ旧地下水路の危険性を十分に把握できていなかったせいで、ランドウォーカー様の命を危険に晒すことになってしまいました」

「…………」

「今回の件、我々バベルの落ち度で14人もの狩人ニムロドの命が失われてしまいました。アルテミスの皆さんをあそこに向かわせてしまったのは私の責任です」


 彼女はその件にかなり責任を感じているらしい。気落ちした表情からそれが伝わってくる。バベルの職員というのも大変な仕事なんだな……。


「旧地下水路に入ったのは俺たちの判断ですよ。そんなに気負わないでください。幸い三人とも生きてるんですから」

「…………」


 簡単に割り切れるようなことでもないか。水質汚染事件の顛末や犠牲者についてトレイシーと情報交換をした。その中には見知った狩人もいて少し気持ちが落ち込んだ。


「トレイシーさん、クロウニーの居場所知りませんか。街に帰ってきたから探してるんです」

「ああ、そのことですが、ベリサール様からランドウォーカー様宛のお手紙を預かっています。ランドウォーカー様が来たら渡してくれ、と」

「クロウの手紙……?」


 受付から一旦奥へ引っ込んだトレイシーはすぐに戻ってきた。俺に一通の封筒を差し出す。彼女の勧めで俺とフウカは封筒を持って建物の外へ出た。


 バベルの前の噴水広場に設置された石のベンチに並んで座り封を切った。

 中にはクロウニーの丁寧な字で書かれた便箋が入っている。不安そうな顔で手紙を覗き込むフウカの隣で、俺はクロウニーの手紙を読み始めた。




 親友ナトリへ。


 まず、こんな形で君に事情を伝えることになってしまったことを詫びる。すまない。


 君がこの手紙を読んでいる時、僕達は既にプリヴェーラの街にはいない。もし僕らのことを探し回らせてしまったのなら悪かった。



 簡潔に、僕らが街を出ざるを得なくなってしまった事情を説明する。


 以前シャーロットで話した時に僕らが故郷から逃げてきたことは話したと思う。デリィは領主様の娘で、貴族だ。危惧はしていたけどついにプリヴェーラにも追っ手がかかったんだ。


 街でデリィを探している者がいることを彼女は知り合いから知らされた。

 プリヴェーラは故郷から離れてはいるが同じガストロップス大陸だ。こうなる可能性はずっと考えていた。


 僕たちは故郷を逃れてデリィの憧れでもあったプリヴェーラへ上京してきたけど、僕は追っ手を恐れてずっと逃亡資金を稼ぐのに夢中だった。


 幸い君とエルマーに出会えたことで、ある程度まとまったお金を稼ぐことができた。君たちには感謝している。


 僕たちは別の土地へ引っ越すことになる。行き先は西部(ロスメルタ)だ。そこまで行けば、さすがに追ってはこないはずだから。とはいっても、絶対安全な場所なんてないのかもしれないけどね。



 フウカちゃんを探すと言っておきながら、捜索が中途半端になってしまってすまなかった。

 できる限り情報を集めて探してみたけど彼女は見つからなかった。やっぱり街の外に出ている可能性が高いと思う。


 アルテミスに戻れなくなったことも謝らせてほしい。エルマーには直接そのことを話せたけど、君に会えなかったのは唯一の心残りだ。


 デリィもこんな形で君とフウカちゃんと別れることになることを悔やんでいる。

 もしフウカちゃんを見つけることができたらデリィのことを謝っておいて欲しい。気丈な子だけど、内心いつも不安を抱えている。彼女を責めないであげてくれ。


 いつかまた君達やエルマーと再会できることを願っている。プリヴェーラで君達と過ごした楽しい時間を僕たちは忘れない。


 願わくば、この手紙を読む君の隣にフウカちゃんがいるように。前も言ったと思うけど、あの子には君が必要だ。

 また会おう。


 クロウニー・ベリサールより


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