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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第11話 選択の代償



 俺たちは最寄りの治安部隊詰所までやってきた。扉を押し開けて中に入ると、暇そうに机に座ったおっさんが捲っていた書類から眠そうな目を上げた。


「君たち、なにか用かな?」

「実は……」


 昨日廃墟街で起きた出来事を順を追って説明する。中年の部隊員は、話が進むにつれて眠気が覚めたように鋭い目つきになって質問を重ねるようになった。


「不確かだが廃墟街には以前から不審な輩が出入りしているという情報もある。すぐに確認に向かうとしよう」

「だが君たち。ここは王都だぞ。ユリクセスの集団はともかく、モンスターの話は俄かには信じられないな」

「本当ですって! そいつに襲われたんです」

「ともかく、確認の間君たちはここにいてもらう。もう一人の隊員に詳しく状況を話してくれ」

「……わかりました」


 中年隊員は一度奥へ引っ込むと、武装を整えて詰所を出て言った。代わりに奥から若そうなネコの隊員が顔を見せる。詰所の応接セットの向かいの椅子に腰掛け、愛想のよさそうな顔を俺に向ける。


「昨日は大変だったそうだね。大丈夫かな?」

「はいなんとか。幸い大怪我には至りませんでしたから」


 白毛に黒ぶち模様のネコの隊員は先ほどエアルの中年に話したときよりさらに詳しい状況を聞いてきた。黄色い瞳に縦に伸びた瞳孔はこちらをしっかりと見据えていたが、純粋に俺達の身を案じてくれているようだった。

 彼の話によると、最近五番街では二人も行方不明者が出ているらしい。いずれも少女だという。俺も局の噂話で誘拐の話は聞いたことがあった。一瞬フウカのことでは、と思ったが彼がフウカを気に留めない時点で特徴が合わないのだろう。


「どうやら、このところ五番街周辺で人身売買を目的とする組織が活動しているようなのです。お嬢さんはラチ未遂に遭ったということですから、彼らの仕業である可能性は高いのですにゃ」

「物騒な話ですね……」

「今人数を揃えて確認に向かっておりますから大丈夫ですにゃ。ご安心を」


 彼は口の端を曲げてにっと頼もしく笑った。

 隊員が戻ってくるまでの間、フウカのことについてぶちネコの隊員に相談した。それらしい不明人の届けはなく、昨日の午前に周辺地域でとくに事件性のある事象は発生していないとのことだった。家を調べるのなら役所を訪ねるのがよいだろうと助言を受けたところで先ほどの中年隊員が詰所に戻ってきた。彼は真剣な様子だった。 


「ズルタン。非番の隊員を集めろ」

「了解」


 その後慌ただしくなった詰所内で調書作成のために俺は再び昨日のあらましを語ることとなった。解放されるのに夕方まで詰所内に留まらざるを得なくなってしまった。まあ当然だ。



 ようやく解放された時、詰所の前で猫の隊員は長時間拘束して申し訳なかったと丁寧に頭を下げてくれた。廃墟街ではこれから夜を徹して現場検証が行われるのだろう。



 休日は事情聴取だけで終わってしまった。行き場のない虚しさを感じながら通りを並んで歩く。既に日は傾き、二つの影が通りの石畳に長く伸びている。無駄に喋ったせいで俺たちは少し疲れていた。

 廃墟街で発見された死体はいずれもユリクセスで、例の人身売買組織の構成員であることはほぼ確定のようだった。しかし、怪物に関しては現段階で明確な証拠がなく、隊員達は半信半疑のようだった。俺だって、王都にモンスターがいるなんて自分の目で見なければ信じない。あれはモンスターとも違うようだったが。


 部隊員達は敢えて俺たちの前で言明するのを避けたようだけど、死体は俺の見た三人だけではないというのは詰所内を慌ただしく動き回る者達の言動から察せられた。

 おそらく……行方不明の少女達は見つかったんだ。


「……あの化け物は、俺の前から一度姿を消した。多分俺があそこから逃げられたのは……彼女達の犠牲があったから……」

「ナトリ……」


 フウカが俺の背中に手を添える。すぐ傍に彼女の体温を感じた。


「………………」


 俺は往来に立ち尽くした。

 何処にも行けない。そんな気がするくらいに身体が重たかった。あの時俺はビビって腰を抜かし、自分のことしか考えられなかった。怖かったのは俺だけじゃない。俺より幼い少女達だって同じ、いやそれ以上に。この命は、二つの犠牲の上に結果として成り立ったものだと知る。


 俺の命にそんな価値があるものか。

 選択だって? 俺は結局、選ぶだけ選んだ後みっともなく保身に走ったんだ。危険な領域へ飛び込むことを選び、二つの罪なき命を囮にして生き延びた。噛み締めた奥歯が軋んだ。


「ひどい顔をしている。大丈夫ですか、ナトリくん」

「師匠?」


 顔を上げると、モモフク師匠とアリスさんが並んで立っていた。


「や、奇遇だねーナトリちゃん。ん、そちらのエアルのお嬢ちゃんは?」

「この子はフウカ。昨日知り合ったばかりで……」


 アリスさんはにんまりと口を弓なりにして端目にもわかるほど笑顔になった。


「そっかー。ナトリちゃんもスミにおけニャい男だね! 心配してたんだぞお、このこのー」


 俺の隣へやってきて肘でぐいぐいと俺を突いた。


「そういうのじゃないですって」

「こらアリス。あまりからかうものじゃありませんよ」

「はいはい」

 

 俺は二人にフウカを軽く紹介して、フウカにも知り合いのネコの夫妻だと説明した。二人は買い物帰りのようで、モモフク師匠は片手に大きな袋を抱えている。


「ともかくナトリちゃんにも友達がいることがわかってほっとしたニャ」

「俺ってそんな友達少なそうに見えます?」

「ニャはははは。こんニャに派出目の子と一緒だったのが意外だったのニャ」


 笑って誤魔化されたような気が。図星なので特に何も言うまい。アリスさんはフウカが気になるのか彼女と話し始めた。俺は師匠を見る。


「あの、師匠。頼みたいことがあるんですが」

「なんです?」

「この子……フウカを一日預かってもらえませんか」

「なにやら事情がありそうですね」


 俺は師匠に昨日の騒動と、フウカの事情についてかいつまんで説明した。廃墟街でユリクセスの襲撃を受けたこと、バラム遺跡の怪物との顛末。記憶喪失のフウカ。

 話し始めるとアリスさんも真剣な顔で聞き始めた。何度話してもあまりに壮絶すぎて、二人はしばし絶句した。


「あの後、そんなことが……」

「ふたりとも、よく生きてたニャあ……。け、怪我とかは、大丈夫ニャの?」

「はい、なんとか。怪我は、大したことなかったんです」


 二人は行き場のないフウカの身も案じてくれた。


「押し付けるみたいで申し訳ないんですが、あんなことの後でフウカを一人にしたくないと思っていたんです。明日は配達に出ないといけないので、もしお願いできるなら明後日仕事を休んで迎えに行くまでの間彼女を預かってもらえないでしょうか。フウカの食費はもちろんお渡します」

「もーう! ナトリちゃんったら水臭いニャあ。そんなこと気にしニャくていいのよ、いつでもウチで面倒見たげるから! うちのチェシィも寮に入っちゃって寂しくニャってるし」

「そうですね。構いませんよ。うちの中に女の子がいないとどうも落ち着かないのです。もっとも、フウカさんはチェシィほど騒々しくはなさそうですが」

「ありがとうございます!」


 頭を下げる。ありがたい。本当のところ、俺は途方に暮れていた。フウカの持ち物は本当になにもない。着替えすらない。そんな年頃の少女をあの狭いアパートに詰め込んで置いておくのは酷だろう。その点この二人には一人娘がいる。女の子の扱いには慣れていると思うし、何より優しくて信頼できる人たちだ。

 明日俺は仕事で家を空けねばならない。彼らの優しさに付け込むようで気が引ける部分はあるけど、明後日はなんとか休みを取って役所へ行きフウカのことを調べてもらおう。もしそれで家がわからなければ……、とにかく必要なものを買い揃えるところからだ。

 黙って成り行きを見守っているフウカに向き直る。


「いいかい、フウカ。これから明日一日、師匠の家でお世話になるんだよ。俺は明日仕事に行かなくちゃならないから。明後日は休みをもらって迎えにいく、そうしたら役所に行って家を探そう」

「うん……わかった」


 師匠とアリスさんにもう一度頭を下げてお願いする。図々しいのは承知の上だ。



 後ろからフウカの両肩を掴むアリスさんの前で、彼女はこっちを向いて頼りなさげに立っている。傾いた陽に映える橙色の髪が風に揺れ、髪薄紅の瞳が俺を見ている。


 俺は三人に手を振ってアパートへ戻る道を歩いた。





 ♢




 アリスは細い少女の肩を支えるように手で覆いながら通りを歩いて行くナトリ少年を見送った。ちらとフウカの幼さの残る可憐な横顔を見下ろすと、彼女はまだ角を曲がって去ったナトリの方を見ている。


「ナトリちゃんと一緒がよかった?」

「うん。悲しそうだったから」

「そっか……。でも大丈夫ニャよ。またすぐに会えるからね」


 アリスとモモフクも、フウカを伴い自宅を目指して歩き出した。






挿絵(By みてみん)

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