第106話 記憶の欠片
俺たちはフウカを見つけ出し、翠樹の迷宮から無事生還することができた。
翠樹迷宮の奥に入り込んで帰ってきた者はいないという話を聞いている。つまり俺たち四人は史上初の迷宮踏破者ということになる。これって地味に偉業だよな。リベリオンの力のおかげではあるが。
そもそも公的な記録が残っていないだけで、過去に迷宮を踏破した者がいないとは限らないんだし。
今思うとかなり無謀な挑戦だった。仲間達とリベリオンの力がなければ、俺は迷宮半ばで間違いなく死んでいた。
こうして今外の空気を吸うことができているのは奇跡に近いだろう。
迷宮の頂でフウカは記憶の一部を取り戻した。何故急に記憶が戻ったのか、その理由はよくわかっていない。
フウカは抗い難い衝動により、引き寄せられるように迷宮へ誘われたという話だ。ろくに準備もせず、たった一人で迷宮を登りきった彼女の力は驚嘆に値する。
あそこにあった何かが彼女の記憶が戻る要因となったのは間違いない。翠樹の迷宮はフウカにとって何か特別な場所なのだろうか……。
厄災と七英雄。そんなスケールの大きなものとフウカの間に繋がりがあるようには到底思えないが、迷宮が常識から離れた特別な空間であるのは間違いない。
戻った記憶の内容についてはガストロップス大陸へ戻る旅の途中でフウカから少しずつ聞かせてもらった。
記憶が戻ったと言ってもそれはかなり断片的なものらしい。連続性がなくとりとめがない。
どこかの広い庭園、白い東屋に長い廊下とか大きな窓といったような具合に。
だが、それは少なくともフウカと関わりのある場所を示している可能性が高い。そして特に注目すべき点として、彼女は一人の女性の顔をはっきりと思い出している。
金髪に碧眼。それ自体はよくあるエアルの容姿だ。記憶の中でその女性は親しげにフウカに向かって微笑みかけてくれていたそうだ。
もしかしたら家族、彼女の姉か母親かもしれない女性。
フウカの関係者を探す上で、これは非常に有力な手がかりになるはずだ。
残念ながら具体的な場所や地名が特定できるような記憶はなかった。今回の一件で彼女自身の謎についてはむしろ深まるばかりだ。
迷宮の頂点でフウカが発現させた緋色の翼。あれは普通の力じゃなかった。自由自在に空を舞い強烈な光で敵を薙ぎ払う。高い身体能力に波導の力、異常な治癒能力。
彼女は一体何者なのか。そもそもフウカは……、いや。
彼女が何者だろうと、それで扱いが変わることはない。フウカはフウカだ。
§
俺は浮遊船の狭い船室の中寝台の上に起き上がる。小さな窓を挟んで向かいに設置された寝台の上で静かに寝息を立てるフウカの寝顔を眺めた。
フウカが一人、黙って迷宮を目指したのは俺を危険な目に合わせまいとしての行動。
アグリィラケルタスとの戦いで大怪我を負い、彼女に多大な心配をかけてしまったことはちゃんと謝った。
その上で、彼女にも一人で危険なことに首を突っ込まないようにとお願いした。
彼女もわかってくれたようで、何かあったら今度はしっかり相談すると約束してくれた。
今回の騒動は、結局俺の力不足が事の原因だ。
今後もフウカの家や家族を探してスカイフォールを旅をするなら戦いは決して避けては通れない。
そういう意味じゃ狩人になったのは間違ってない判断だと思う。俺はもっと強くならなきゃいけない。ちゃんとフウカの力になれるくらいに。
そのためにも、俺自身の力をちゃんと把握しておく必要がある。
寝台の上で背を壁に持たせ掛け、足を組んで目を閉じた。自分の内側に意識を集中していく。
『リベリオン』
『応えてくれ。聞こえてるだろ。お前と話がしたい』
『————』
微かに、自分の中に自らのものとは異なる存在を感じる。こうして心を落ち着けると、何かがそこにあることを確かに感じることができた。
『ありがとな。迷宮で、ゲーティアーに殺されそうになったところを助けてくれて』
『感謝する必要は、ない』
何者かの声、いや意思が響く。やっぱり俺の中にいるんだな。
『リベリオン。今後、お前の力を借りる機会は多いと思う。だからお前のことをちゃんと知っておきたい。今更だけど教えてくれないか。お前自身のことを』
『————』
応答がないとこちらの意思がちゃんと伝わっているのか不安になる。そもそも相手は謎の存在だ。
人間同士みたいに普通に意思疎通できるとは限らない。丁寧に、わかりやすく語りかけてみるべきか。
『お前の名前は、リベリオンだな?』
『肯定』
うん。
『お前は何者だ?』
『————』
これはダメか。少し考えて再び問いかける。
『お前は自分が何者かを知っている』
『否定』
ちょっと想定外の返事が返ってきた。リベリオンが嘘を言ってないなら、自分がどういう存在なのか、こいつ自身も把握してないことになる。
『覚えている限り一番古い記憶は?』
『マスターの顔。バラム遺跡での記録』
……そうか。王都で初めてフウカに出会った日、俺がリベリオンを起こしたのか。マスターというのは俺のことだろうか?
『厄災に向けて放ったあの雷光、あれはなんだったんだ?』
『ジャッジメント・スピア。厄災殲滅のための形態』
『厄災のため……? どうしてお前にそんな力が』
『————』
少しわかってきた。答えられないときは基本沈黙するらしい。
『厄災とは何だ』
『大罪の化身。殲滅すべき、敵』
もしかしたらリベリオンは厄災を倒すために作られた王冠なのかもしれない。
いくら神話にある厄災の封印から長い年月が経ったとしても、現代のように綺麗さっぱり忘れられるまでには相当な時間がかかるはずだ。
まだ厄災の脅威が世界に真実として伝えられていた頃の大昔。誰かが厄災の復活に備えてリベリオンを作り出したのでは……、と想像した。
リベリオンは古代人によって造り出された武器だ。理解不能な攻撃を放てる上に、こうして拙いながらも意思疎通まで可能だなんて、古の技術力は想像を絶する。
そもそもリベリオンにはどうして意思なんてものが備わってるのか。ただの武器として作られたならそんなもの必要ない気がするけど。
その後も心の中でリベリオンに問答を繰り返したが、こいつは自分のこと、製造目的や製作者についてはほとんど何も記憶していないようだった。
しかし現状使うことのできる力の詳細については詳しく知ることができた。
《アンチレイ》使用者の煉気を使い反想子領域を構築、照射展開する。
《ソード・オブ・リベリオン》一定量の煉気を用いて反想子領域を構築、展開。領域を保持しつつ必要に応じ領域を拡張可能。
《ジャッジメント・スピア》アンチレイの厄災殲滅形態。魔力素子により保護された厄災のコアに対し有効な損傷を与えることが可能。
これだけのことを聞き出すのにかなりの時間を要した。
リベリオンは答えられない質問に対してだんまりを決め込む。こちらの知りたいことをこいつが知っていても、質問の仕方によっては聞き出せないことが多くとても歯がゆかった。
リベリオンが度々使う『反想子領域』という難解な言葉だが、これは簡単に言えばフィルを消滅させる力のようだ。
フィルはこの世界を構成している物質だ。スカイフォールに存在するものは全て属性を備えたフィルが組合わさることから成っていると言われる。
リベリオンの力はフィルの消滅。それが世の中のあらゆるものを切断し、消し去ることができる理由らしい。
波導術で削ることすらできなかった迷宮の壁をさっくりと切ることができたのも納得がいく。
改めて、とてつもない力を秘めた武器であるということを自覚する。
今までリベリオンの光の正体は謎だったけど、おおまかな原理がわかったのは大きな進歩だ。
精神を集中してリベリオンと会話するのは思った以上に疲れた。こっちの期待する答えを引き出すために何度も問いかけなければいけなかった。
これからもできるだけ話をして、もっとこいつのことをよく知る必要があるな。
『いろいろ教えてくれて助かった。これからもお前に頼ることになると思うけど、よろしく頼む、相棒』
『————』
閉じていた目を開く。ずっと同じ姿勢で何刻も固い壁にもたれていたので背中が痛い。さすがに寝るか。
リベリオンか。いつの間にか俺の中に居座るようになった謎の存在。
愛想のない奴だが、フウカを守るため俺はこれを使いこなさなきゃいけない。うまくやっていければいいんだけど。
※誤字報告感謝です。




