第105話 それぞれの物語
「もう行っちゃうんですね」
「うん。プリヴェーラでフウカのことを心配している人達に無事を伝えないといけない」
「そうですか……」
迷宮から戻った翌日、俺、フウカ、クレイル、マリアンヌ、エレナの五人はアラウダ高地の港町、アルベニスタの港に立っていた。
俺たち三人はこれからプリヴェーラへ戻る。二人とはここでお別れだ。
マリアンヌの親父さんは忙しい人らしく、昨日のうちにガストロップスへ向かったらしい。
マリアンヌが迷宮に入ったことを聞いてすぐに駆けつけて、オキ族の村で数日は過ごしていたというのに。
愛情表現の苦手な人だ。超強面だったしな。二人とも見た目が父親似じゃなくてよかった。
「マリアとエレナさんはもうしばらくここに?」
「はい。里にある調査拠点でこの度の調査結果をまとめなければいけませんから」
「そうか」
「私もマリアンヌを手伝うためにしばらくここに残るわ。会長のことはモークにお願いしてあるし」
「お姉さまが手伝ってくれれば百人力です」
マリアンヌとエレナは顔を見合わせて笑い合う。その様子は仲のいい姉妹そのもので微笑ましい。
「ナトリくん、クレイルくん。マリアから色々なことを聞いたわ。この子を守ってくれてありがとう。あなた達にマリアを同行させて本当によかった」
「そんなことは。彼女には助けられてばかりでしたよ」
「ようやく子守の任務も達成か。せいぜい俺らに感謝せえよ。カッカッカッ」
「もう、子供扱いしないでください。……でもお二人には本当に感謝してます」
「フウカちゃんもありがとう。よかったわ。またこうして会うことができて」
「心配かけちゃったみたいでごめんなさい」
「ふふ、この二人があなたを探しにいったんだもの。きっと大丈夫だと思ってた」
エレナは笑顔を切り替え、真剣な表情になる。
「厄災が復活したことはまもなく世の中に知れ渡ることになる。きっと大きな騒ぎになるわ。世界がこれからどうなっていくのか……。それは誰にもわからない」
厄災が迷宮を離れたことで迷宮の活性化自体は徐々に収まりを見せていた。
翠樹の迷宮から溢れ出したノーフェイスを片付ければ、きっと五層エムベリーザにも平穏が戻ってくるはずだ。
しかし、厄災復活はシスティコオラにとどまらない、スカイフォール全体を揺るがす大事件だ。
これから一体どんなことが起こるのだろう。とにかく、今は自分の選んだ道を信じて進むしかない。フウカと一緒ならきっと……大丈夫だ。そんな気がしている。
出航の時間になり俺たち三人は浮遊船に乗り込んだ。甲板から身を乗り出し、見送りの二人を見下ろす。
「ナトリさん、クレイルさん、フウカさん! 色々、ありがとうございました!」
「おう、達者でなちびすけ。そこそこ楽しかったで」
「またね、マリアンヌちゃん。プリヴェーラに帰って来たら遊ぼうね!」
「よかったなマリア。大事なものが見つかって。また街で会おう!」
「はい……! さよならみなさん、街に戻っても元気で! ありがとうナトリさん……っ!」
浮遊船が浮かび上がり、二人の姿が小さくなっていく。彼女達の姿が見えなくなるまで別れを惜しんだ。
アラウダ高地を離れた浮遊船は、ひとまず五層エムベリーザの大都市アトラを目指して飛び始める。
クレイルは昨日の宴席で騒ぎすぎて眠たいらしく、横になるために船内へ降りて行った。
俺とフウカは後部甲板から、天へと伸びる翠樹の迷宮を見上げた。
「プリヴェーラを出てから色々なことがあったんだ」
「私も。会えなかった間ナトリがした冒険の話聞きたいな」
「うん、いいよ。どこから話そうかな……。俺が話したら、フウカの話も聞かせてくれよ。もちろん取り戻した記憶の話もね」
「うん!」
ねじれながら天へと伸びる翠色に輝く塔。その頂点にあったのは封じられた嫉妬の厄災レヴィアタンと、神話に伝えられる七英雄ガリラスの墓碑だった。
ノーフェイスから逃げ回ったり、ゲーティアーとの戦い。苛烈な戦闘の連続だった。本当に色々なことがあった。
しかしその果てに、俺達は今こうして穏やかな気持ちで迷宮を見上げている。
ここへ来るときは、胸中に様々なわだかまりが渦巻き、不安に押しつぶされそうな時もあった。しかしそれは迷宮の天辺を覆った厄災の暗雲のように吹き晴らされ、今はもう心の中に清々しい風が吹いている。
あの頂上の花畑のように鮮やかな彩りに満ちた笑顔を浮かべるフウカは、俺のすぐ隣でこうして俺の話に耳を傾けてくれている。
不安なことはたくさんあるが今はこれで十分だ。
彼女の笑顔。一時は無くしたと思った大事なもの。それはこうして取り戻せたのだから。
一緒に帰ろう、プリヴェーラの街へ。
三章、翠樹の迷宮編はこれにておしまい。記憶を巡る旅はまだ始まったばかりです。




