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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第103話 七つの迷宮

 


 迷宮の頂点、結晶の翠の輝きが近づくにつれ、フウカの背に浮かんだ翼が放つ力の気配は弱まっていった。


 フウカの手にぶら下がった状態で翼を見上げると、それはどんどん透明になりすうっと消えていく。


「フウカ、翼が……」

「え、あれ?」


 翼が完全に消えると当然俺たちは急速に落下し始めた。


「うわああっ!!」

「あはっ、大丈夫だよナトリ」


 落下が緩やかになり、姿勢が安定する。俺はフウカと手を繋いだままふわふわと花畑まで降りていった。


 咲き誇る花々の間に俺たちは降り立つ。



 迷宮の天辺には再び青空が戻り、青草が風に揺れる長閑な風景が戻っていた。

 俺は目を閉じ、限界高度の遥か上空を吹く風を頬に感じる。



「……おーい!」


 遠くから声が聞こえてくる。花畑の丘を登り俺たちの元へ駆けてくるクレイルとマリアの姿が見えた。二人に手を振る。


「クレイル、マリア、こっちだー!」


 息を切らせて駆け寄って来た二人と合流する。


「よかった! もう、帰って来ないんじゃないかって……」

「フウカのおかげさ」

「お二人共凄いです。あの厄災を撃退してしまったんですから……!」

「カッカッカッ。ナトリはこう見えて不死身に近い男やからな。俺はやると信じとったぜ」

「なんだよ、それ」


 呆れて笑う。


「私たちは厄災の巻き起こす暴風に吹き飛ばされないようにしがみついているので精一杯でした。ごめんなさい。あ、その……」


 マリアがフウカを見て少し躊躇う。そういえばこの二人は初対面か。


「フウカ、この子はエレナさんの妹なんだ。君を探しに迷宮に入った俺たちをずっと助けてくれた仲間だよ」

「私、マリアンヌっていいます。マリアンヌ・コールヘイゲンです。あの、よろしくお願いします」

「おいちびすけ、妙にかしこまっとるやないか。俺らの時は挨拶した時はぶすっとして名乗りもせんかったくせにのォ」

「もう、そんな昔のことどうでもいいじゃないですか!」

「私はフウカ。よろしくねマリアンヌちゃん。ずっとナトリを助けてくれてたんだね。クレイルもありがと」


 フウカはにっこり微笑んでマリアンヌに答える。クレイルがにやにやと俺たちを見ていることに気がついた。なんだよ。


 そこでようやく、俺はフウカと手を繋ぎっぱなしだったことに気がつく。さりげなく、すっと手を放す。マリアンヌの態度が妙に固かったのはこれのせいだったか。


「別にそのままでもええんやで?」

「フウカさんって、もしかしてナトリさんの……?」

「俺は正直その疑念がいまだに拭えんわ」


 マリアンヌはクレイルと何やらこそこそ話をしている。


「ところで厄災、どこへいったんでしょうか」

「わからない。でも、しばらくは戻ってこない気がするの」

「撃退できたみたいですけどまだ安心できませんね……」


 俺たちはレヴィアタンの飛び去っていった上空をじっと見上げた。


「とにかく、みんな無事でよかったよ。色々なことがあったけど誰一人欠けることなくここまで来れたな」

「せやな。フウカちゃんも見つけたことやし、これで俺らの目的達成やろ」

「せっかくなので調査していきたいです。ここは迷宮の最奥なんですから。前人未到の地ですよ」



 ここは長年誰も踏み込んだことのない秘境だ。迷宮を作った神代の遺構が残される場所。

 マリアンヌの目的は元々迷宮の調査だったな。俺たちはとりあえず、巨大結晶周辺の遺跡を再び目指して歩き出した。


「そういえばフウカ、君の感じてた衝動のことだけど。確か記憶があるって言ってたよね」

「そのことなんだけど」


 フウカは戸惑うような表情を浮かべている。


「昔のこと、ちょっと思い出したの。あの黒い布を着た人をナトリが倒した時に」

「ほ、本当か?!」

「あ、でも本当にちょっとだけね。昔見たものとか人の顔とか、ね」

「じゃあ……、家族のことは」

「それはわからない。私がどこで生まれてどこで育ったのか……。それもダメ」

「そっか……」


 こんなところまで来て、ようやくフウカの失われた記憶の手がかりを掴んだっていうのに結局大したことはわからないのか。そんなのってないよな……。


 でも、思い出した記憶の欠片の中にきっとフウカの家族につながるヒントがあるはずだ。迷宮を出て落ち着いたら聞かせてもらおう。そして一緒に考えよう。



 俺たちは丘を登って遺跡の階段を上がっていく。円形をした遺跡の中央に鎮座する巨大結晶の前に石碑らしきものが立っていた。その前に歩み出る。


 丁度人の背の高さくらいある石碑には、蛇がのたくったような見慣れぬ文字が彫られていた。マリアンヌがそれに近寄って確認し、観察する。


「読めません」

「やろうな」

「おそらく創世神話スカイリア原典と同じ、神聖文字です」

「難解すぎてほとんど解読が進まないっていう、アレ?」

「ええ。しかしこれは非常に重要な碑文でしょう。もしかしたら神代に作られたものかもしれないんですから」

「んな古臭えもんがよう残っとるの。何千年前やねん」


 マリアンヌが杖を構える。先端のエアリアが光を発する。


「包んで、『泡の精(ヴォジャノーイ)』」


 杖から湧き出した泡が石碑を優しく包み込んだ。一面泡だらけになる。


「マリアンヌちゃん、これは何してるの?」

泡の精(ヴォジャノーイ)に石碑表面の凹凸を記憶させているんです。多分、後で再現することができるはずなので」


 型を取っておいて、迷宮の外で石碑の複製を作るつもりなのか。すごいな。


「お前のアイン・ソピアル、便利すぎやろ」

「型を取るだけなら地の波導でもできますよ。その場合運ぶのは面倒ですけど。この子達(ヴォジャノーイ)は、少しだけなら記憶もできるみたいで」

「泡が、形を覚えるの……??」


 色々とすごいのはわかる。具体的に何がすごいのかはよくわからない。フウカも混乱している。

 マリアンヌが調査を終えると、フウカはじっと石碑を見つめた。


「ねえナトリ」

「何?」

「ここ、読めるよ」

「マジで?」

「え、神聖文字が読めるんですか?」

「うーん、他はわからないんだけど、ここだけね。自分でも不思議なんだけど」

「何が書いてあるんですか?」

「『ガリラス=アグラヴェインここに眠る』って……書いてあるみたい」

「!」

「この古臭ェ石碑、ガリラスの墓なんか?」

「この石碑、相当古いものです。フウカさんの言う事が事実であれば……」


 ということは、さっきの亡霊の正体はやっぱり……。


「おいおい、じゃあ何か、俺らがさっきぶっ倒したのはマジもんの英雄ガリラスだったんか」

「肉体は既にありませんでしたから、正確には、波導生命体となったガリラス、でしょうか」

「わざわざこんな辺鄙な場所に英雄の墓っていうのも変だ。あの亡霊の言ってた通り、本当に厄災を封じ込めてたのか……?」


 迷宮は大いなる厄災を封じるために建造された。……ちょっとまて、じゃあ各地に存在する他の迷宮はどうなる。


 亡霊はあの怪物を『嫉妬の厄災レヴィアタン』と呼んだ。

 それはまるで他にも厄災が存在するような言い方にもとれる。


「ここに眠ってるのは英雄ガリラスただ一人だ。他の英雄達はどこに? ……各地の迷宮は何のためにある?」


「もし……七英雄は、それぞれが各地の迷宮に別々の厄災を封じ込めたのだとしたら。迷宮と厄災は、スカイフォールに七つ存在するということに」

「おいおい、勘弁してくれや。あんなバケモンが七匹も暴れ出したら、さすがに無理やろ……」

「…………」


 俺たちは言葉なくその場に立ちすくむ。俺たちはこの目で直接嫉妬の厄災を目の当たりにした。

 この碑文に、ガリラスの亡霊。各地の迷宮の存在……。


 どうにも嫌な胸騒ぎがする。俺たちは大変なことを知ってしまったのではないか。



「翠樹の迷宮の異常な活性化の原因は、レヴィアタン復活の兆しだった。そしてその時は来て、厄災は復活を果たした。幸いナトリさんとフウカさんのおかげで撃退することはできましたけど」

「まさか、他の迷宮も……」


 嫉妬の厄災は神の時代より幾千年の時を経て自ら封印を破り復活した。

 他の厄災はそうはならないなんて言い切れるのか。


「それにレヴィアタンは死んだわけじゃない」

「とにかく、厄災復活の事実は世間に公表しないと」



 どこまでも青い空の下、俺たちの気分は浮かなかった。ようやくたどり着いた迷宮の頂点。そこにあった真実は、過酷な現実を俺たちに突きつけていた。


 《そして知るがいい。我が主の姿を》


 俺が迷宮の中で遭遇したゲーティアーはそう言っていた。


 今思うとあいつは嫉妬の厄災レヴィアタンのことを言っていたんだろう。




 §




 崩れかけた遺跡を見て回り、草原で体を休めて体力と気力を取り戻した俺たちは、いよいよアラウダ高地へ帰還しようということになった。


「どうしたの? ナトリ」

「ああ、これをもらっていこうかなと」


 俺は翠色に輝く結晶を抱えていた。巨大結晶のそばに落ちていた結晶のカケラだ。売ったらいい値になるかと思ってつい持って来てしまった。


「ナトリさん……」


 マリアンヌの失望したような視線が痛い。


「フウカを探しに出た時、銀行からほとんどの貯金を下ろして準備に当てたんだ。このままじゃ家賃も払えないからさ……はは」

「ええやんか別に。巨大結晶割ったわけでもなし、落ちとったカケラやろ。ここまで到達してなんの見返りもないとか虚しすぎるしな」

「二人とも術士だから金には困ってないんだろうけど、庶民の生活は厳しいんだよ……」

「す、すみません……。そうだったんですね」


 マリアンヌは貴族のご令嬢だし、その若さでは労働者階級プロレタリアートの苦労はわかるまい。


「でも綺麗な光だね。私も記念に拾ってくればよかったかなぁ」


 フウカが笑ってくれるのは唯一の救いか。


「俺と一緒に取りに戻るか、フウカちゃん」

「あはっ、クレイルも持って帰って売るの?」


「そういえば、マリアはこのまま帰ってもいいのか?」


 俺は前を歩くマリアンヌに声をかけた。


「はい」

「ほとんど手ぶらだしさ。何かその、神代の兵器とか技術みたいなものを探したいって言ってたから」

「いいんです。調査任務自体は、迷宮内で得た情報で進展するでしょう。それに……、大切なものはもう見つけましたから」

「そうなのか?」

「はい。私は家族の愛を信じられずに、こんなところまで来てしまいました……。でもわかったんです。失われた技術とか、アイン・ソピアルとか、そんなもの本当は関係ないって。大切なものは、もう自分の中にあるんだって。それに気づけたのは、ナトリさんのおかげです」


 そう言ってマリアンヌは背後に広がる花畑をバックに笑う。少女らしい無邪気な笑顔で。


 そうか。この子もこの迷宮で何かを掴んだんだな。マリアンヌのことはずっと心配していたから、本当によかった。


「ねえナトリ」

「うん?」

「マリアンヌちゃんと仲いいんだね?」

「ここまでずっと一緒に旅をしてきたからね」

「……私の方が、ナトリともっと長く一緒にいるのに」

「え?」

「なんでもないよ」


 フウカは何故かそっぽを向くと、先に歩いていってしまう。俺は足を早めて彼女を追いかけた。



 俺たちはここまで登って来た縦穴のある場所へ戻ると、マリアンヌの泡に乗ってアラウダ高地を目指して暗い穴を降り始めた。









挿絵(By みてみん)

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