第102話 世界で一番高い場所
「断罪の雷槍、『ジャッジメント・スピア』……!!」
浮かび上がった詠唱を口に出し、引き金を引く。
フウカの力を吸って膨れ上がり、臨界に達した青い光球が弾ける。
俺たちの周囲を極光で青く塗りつぶしながら、雷光がレヴィアタンの体表に降り注ぐ。
周囲を雷光の嵐が包み込む。もはや何が起こっているのか俺自身にもわからない。
目に映る景色は青光に塗りつぶされ、力の奔流がレヴィアタンの額に激突し、大地のような巨躯を抉る。
これがリベリオンの本当の力なのか。
激震と、爆音。空を割く咆哮と光。レヴィアタンの悲鳴が耳を貫いた。
「っ!!」
同時に激しい暴風が吹き荒れ始めた。厄災が急激な速度で動き始めたのだ。
まずい、こいつが本気で移動を始めたら、動くだけで全てを引きちぎる風が起こる。
「手を離さないでっ!」
フウカが加速し、レヴィアタンの体表に降りる。体表に生えた太い木の幹の陰に俺たちは退避した。
辺りではすさまじい暴風が巻き起こっていた。怪物の表面についた岩や樹木が、厄災が激しく動き出したことで風によって巻き上げられ、上空を弾丸のように飛び交っている。
こんな嵐の中を飛び出していったら飛んで来た岩に潰されかねない。
天地が逆さになる。急激な速度で動き始めたレヴィアタンは、雄叫びを上げながら迷宮の周囲を飛び回っているようだ。
「効いてるみたいだけど、あれでも倒しきれないのか……?」
レヴィアタンの周囲で起こる嵐の向こうに、逆さになった迷宮の頂点が見える。無茶苦茶だ。
「っ! こいつ上昇してる!」
迷宮の頂点が急速に遠のいていく。どこへ向かうつもりなんだ。
「やばいフウカ! 急いで厄災の体から離れるぞ! 戻れなくなるっ!」
「わかった! いくよ!!」
俺たちは木陰から矢のように飛び出し、荒れ狂う暴風の中へ飛び込んだ。
「きゃああっ!!!」
風に煽られ、フウカの体が大きく吹き飛ばされた。移動するレヴィアタンの体表付近で巻き起こる嵐は、さながら風の中を進むだけで直に殴られているような暴威を振りまく。
もたもたしていたら、俺たちはその中に閉じ込められてこのまま厄災と一緒に連れ去られる。
嵐の中を、絶対に離すまいとフウカの手をしっかりと両手で掴む。フウカの背に浮かぶ緋色の翼が再び輝き始め、彼女は最高速度まで一瞬のうちに加速して怪物の体表を離れる。
暴風と風に乗って襲いくる障害物を掻い潜り、なんとかレヴィアタンの嵐を抜けた。そのまま体から離れていく。
振り返ると、大陸そのもののような空を泳ぐ蛇龍は上空に渦巻く暗い雲の中へとまっすぐ登っていく。
一本の天と地を繋ぐ巨大な柱のように、周囲に暴風と雷鳴をまとって空を裂きながら天へと登り、やがてその全容は遥か上空へと消え去った。
「アイツどこへ行ったんだ」
「どんどん上空に登って行ってるみたい」
「撃退……できたのか?」
「多分、ね」
「そうか。やったのか……」
「きっとしばらくは戻ってこない。さっきの攻撃で傷ついたんだと思う」
二人でレヴィアタンの消えた上空を見上げる。
嫉妬の厄災か……。とんでもないやつだ。自然そのもののような暴風。あれがかつて世界を滅ぼした存在なのか。
七英雄でも封印することしかできなかったのも当然だ。あんな存在、どうすれば倒すことができるというのか。
厄災は復活を果たした。世界を飲み込む蛇龍、レヴィアタンはきっとまた戻ってくる。
「あ、あのねナトリ……」
「ん、どうした?」
「ありがとう。私を助けてくれて。こんなところまで探しに来てくれて。勝手に出ていったりして、ごめんね……」
「いいんだ。無事でいてくれたんだから。本当に……よかった。」
フウカの握る手に力が入る。一時的にかもしれないけど危機は去り、俺たちは生きている。今はそれでいい……。
「迷宮の天辺に戻ろう。クレイル達のところに。きっと心配してる」
「そうだね」
緋色の翼が羽ばたき、フウカは遥か下方に見える巨大なフィル結晶の輝きを目指す。周囲を覆っていた暗雲は、レヴィアタンの大気を揺るがす大移動によって吹き散らされていた。
周囲全てを埋め尽くす紺碧の空と、陽の光を反射する雲。
その中で目印のように輝く、翠の結晶の光。限界高度の上、ここは世界で一番高い場所。
誰も見たことのない景色を、俺たちは今二人だけで見下ろしている。
「きれい……」
見上げると、フウカの薄紅の瞳から一筋の涙が伝う。
「うん。すごくきれいだ」
静寂の青い空に抱かれ、俺たちはゆっくりと迷宮を目指して降りていった。




