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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第101話 大罪と裁きの槍

 


「あっ……!」

「フウカ、大丈夫か?」


 突然フウカが膝をついて地面に蹲る。彼女に駆け寄り細い肩を支えた。


「だい、じょうぶ。なんとも……ないよ」

「本当に?」


 フウカは驚きに目を見開いてはいるが、体調が悪いわけではなさそうだ。


 彼女の様子も気になるが、俺たちは四人並んで空を覆い尽くすような巨大な厄災を見上げた。


 ガリラスの亡霊が消えたせいなのか、大人しくしていた厄災レヴィアタンは巨大な体をうねらせ動き始める。

 遠くに見えている紫光を放つ両目がこちらへ接近を始めた。


 まるで大地が迫ってくるような圧迫感に俺たちは動けない。動いたところでどうすることもできないのだから。

 迷宮を取り囲む大地が、山脈がうねる。火口のような巨大な顎門が開き、鼓膜を貫く絶叫が暗雲立ちこめる空に木霊する。


「こっちへ来よるな」

「は、早く逃げましょう! 迷宮の中なら……!」

「ナトリ。行こう」

「フウカ、まさかあいつと戦うつもりなのか……?!」


 隣に立つフウカの顔を覗き込む。彼女は真剣な顔で頷いた。


 厄災。神話の伝承に残る七英雄でさえ、封印するので手一杯だった存在なのに。

 しかもそれはこうして復活を果たしてしまっている。俺たちに一体何ができる。


「確かにあいつを放置したら、迷宮の異常活性なんてレベルじゃない。システィコオラは壊滅する。でも……」

「厄災は神話に残るほどの脅威なんですよ。私たちでは、どうしようもっ……!」



 フウカが俺の前に白い手を差し伸べる。俺はそれを見て、彼女と出会った日、バラム遺跡の突端で初めて一緒に空を飛んだ時を思い出す。


 あの時俺は、わけもわからず衝動的にこの手を取ってしまったんだっけ。


 この子は立ち向かうつもりだ、この絶望的な状況を前にして。こうしている今も、厄災レヴィアタンは俺たちに向かって接近するのを止めない。


「フウカ、どうして……」

「私はみんなを守りたいから。あれをなんとかしなきゃ、たくさんの人が死ぬと思う」

「あれは厄災だ。俺たちだけじゃ止められない」


 できることならなんとかしたいさ。でも、あんなでかいの一体どうすればいい。歯を噛み締めて俯く。


「私は信じてるよ。キミのこと」

「フウカ……」

「ナトリと一緒なら、怖くない」


 強い意志を宿す薄紅の瞳が俺を真っすぐに見る。


「…………」


 彼女の眼差しを見て、俺はもう何も言えなくなってしまう。


 フウカが戦うつもりでいる時点で、俺が逃げるわけにはいかない。なんとかできるのか。……わからない。

 やるしかない。みんなで外に戻るためには。


「行くんか、お前ら」

「うん」

「……ああ。何ができるかわからない。けど、俺だってみんなを守りたいんだ」

「やめてくださいっ! 無理です、あんなもの……っ。みんなで逃げましょうよ……」


 俺はマリアンヌの前に立ち、屈んで目線を合わせる。


「俺は、マリアをまたエレナさんに会わせてやりたい。どうにもならないかもしれないけど、フウカと一緒に最後まで抵抗してみる。マリアは安全な場所に隠れていてくれ」

「そんな……」


 立ち上がってクレイルを見上げる。


「……すまんなナトリ、俺じゃ力を貸すこともできねえ」

「クレイル、マリアとできるだけ安全な場所に」

「俺は、もしかすっとお前らならなんとかできるんやないかと思うとる。だから二人揃って戻ってこい。必ずな」

「もちろんだ。一緒に帰ろうぜクレイル。マリアを頼む」

「任せとけ」


 二人に背を向け、俺は今度は自分の意思でフウカの手をとった。フウカの背に浮かび上がる緋色の翼が輝きを増す。俺は上昇するフウカに手を引かれて花畑を離れ、高くまで飛んだ。


 暗雲の向こうにうねる体が見え隠れする。レヴィアタンの頭部に向かってフウカは飛んだ。



 まるで王都から乗った浮遊船がガストロップス大陸の岸壁に近づいた時のような迫力だ。

 いやあれ以上か。だって、今目の前にしている大地は生きている。


「フウカ、レヴィアタンの弱点とか……わからない?!」

「弱点かどうかはわからないけど……頭。両目の間、額の辺りからすごく禍々しい感じがする」

「そうか。じゃあそこまで飛んでみよう」

「うん!」


 フウカは緋色の軌跡を描いて飛ぶ。レヴィアタンの長く突き出た口先まで来たとき、その口がバリバリと音を立てて開かれていった。

 大地が割れ、俺たちを飲み込もうとする。封印されていた何千年という年月の間に積もったのだろう、レヴィアタンの体についていた土や岩が、開かれた口の端から落岩となって降り注ぐ。

 ただ口を開くだけで超広範囲を爆撃する投石攻撃か。



 フウカは身を翻し降って来る大量の大岩を躱しながら、急加速で顎の間から逃れようとする。俺たちを飲み込まんとする口の奥が、真っ暗な地獄の入り口のように見える。


 口内に並ぶ数千個の一つ一つが小山のような大きさの牙が、恐ろしい加速を得て俺たちを噛み砕こうと降ってくる。


 フウカは風を切り裂き、緋色の光となって閉じられる牙の合間を脱する。

 脳天まで揺るがすような轟音がすぐ側で響く。急速に上昇する俺たちは、ついにレヴィアタンの口元まで達した。


 至近距離で見る嫉妬の厄災レヴィアタンは、巨大な浮遊大陸にしか見えない。体表面付近に吹き荒れる暴風のせいで、フウカの飛行が不安定になる。


「レヴィアタンが速度を上げたのか! まずい、弾き飛ばされるっ!」


 ここまで巨大な存在となると、少し早く移動しただけで体の表面付近には暴風が巻き起こる。まるで天然の防壁だ。


 すでにうるさいほどに風の音が鳴り、嵐のように吹き荒れ始めている。まるで自然そのもの。これが、厄災という存在のスケールか。


 フウカは吹き荒れる暴風に逆らい、レヴィアタンの体表を目指す。なんとか暴風の壁を突破し、表面すれすれを岩や木々を避けながら飛んでいく。厄災の体表は土や木々に覆われて、大地そのものとなっていた。


「ナトリ、もうすぐだよ! あの辺り!」


 フウカの指差した地域は木々の生い茂る森で覆われていた。その真上でフウカは停止する。風は次第に強くなり、木々は激しくざわついている。


「なんとか辿り着きはしたけど。こんなの、どうやって倒せばいい……」


 俺たちはさながら厄災の表面に張り付くノミのような存在だ。嵐に逆らいなんとか張り付いてはいるけど、自然の脅威の前にはあまりにも無力だった。


「こいつがもしノーフェイスと同類だとすれば、どこかに力の源である中核(コア)が存在するはずだ」


 フウカの感じている強い力の反応。おそらくそれが厄災のコア。それはこの眉間の奥に埋まっているということなのだろう。


 全力のアンチレイを放てば、もしかしたらコアまで攻撃が届くかもしれない。


「もしかしたら、煉気を出し切って俺は死ぬかもしれない」

「大丈夫。私がナトリを死なせない」


 フウカはそう言い、掴んだ腕に力を込める。頼もしいな。それなら、最後の悪あがきも心置きなくできるってもんだ。


「フウカ……俺に力を貸してくれるか」

「うん」


 握られた腕がじんわりと暖かくなる。彼女の力が俺の中に流れ込んで来るような感覚を覚えた。


 頼むリベリオン。俺の持てる全ての力を出し切ってもいい。こいつを止めさせてくれ。


 マリアンヌを家族の元へ返したい。クロウニーやディレーヌ、エルマー、それから姉ちゃんやおばさん、クレイルやフウカを守りたいんだ。


 だからリベリオン。お前も俺に、持てる力の全てを見せてくれ。



『大罪に裁きを』


 リベリオンの声が響いた気がした。


 緋色の輝きが強まる。フウカの翼が眩い光を放つ。それと同時に、彼女の手を通して俺の中へ莫大なエネルギーが流れ込んでくるのを感じる。身震いするほどの熱量だ。



「大罪に……裁きを」


 リベリオンが青く発光し変化が起きる。また、形が変わっていく。


 砲身部分が三つに割れるように展開してアンテナのように大きく広がる。根元から雷光が発され、それはアンテナを伝いその先端に収束し始める。


 フウカの手から流れ込む力が、俺の腕を通してリベリオンの中で急速にエネルギーへと変換されていく。


 俺の煉気なんて一瞬で枯渇しそうな吸引力で力を吸い取られるが、フウカの緋色の翼がもたらす力が俺の意識を保ってくれていた。


 流れ込む力によって、リベリオンの先に収束する光球は膨らみ続けた。やがて収束したエネルギーは臨界を迎える。



「断罪の雷槍、『ジャッジメント・スピア』……!!」










挿絵(By みてみん)

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