5.姉妹
依頼も終わらせ、何故か湖にいたブルーウルフも倒したので街に戻ることにした。ギルドで依頼の報告のついでに、ブルーウルフのことを話した方がいいだろう。
本来はいないモンスターがいるのだ。ただ事ではないだろう。ゲーム内でもここにブルーウルフがいたことはない。私の影響なのか、少しずつ変わっている。このまま変わって行っても、影響が出てこないのかは分からない。
不安になっていても仕方がない。なるようにしかならないのだから。
湖に背中を向けて歩き出すと、突然服を引っ張られて立ち止まった。気配を感じなかったので驚いて振り返ると、そこには先ほど手当てをしたケルピーがいた。
「どうしたの?」
頭を撫でてあげると、その場にとどまり湖に戻ることはなかった。
もしかすると、一匹になってしまったことが寂しいのかもしれない。
「もしかして、アイと一緒に行きたいんじゃないかな?」
「私と?」
リカルドの言葉にケルピーが元気よく鳴いた。どうやら一緒に行きたいらしい。
一匹残されて湖にいるよりも、一緒に行きたいと思ったのかもしれない。どうやら、怪我を治したということもあり懐かれてしまったようだ。
私の手に顔を擦り付けて小さく甘えた声を出している。
けれど、モンスターを連れて行くことは簡単にはできない。モンスターは冒険者だけではなく、一般人にとっても危険なのだ。
契約をすれば、大人しくなるけれど、他の人には契約したということは分からない。契約したモンスターにはそれぞれ相応しい魔道具がある。
犬や猫のようなモンスターには首輪。馬のようなモンスターには馬勒をつけることによって、契約者以外にも契約したモンスターだということが分かるようになっている。
魔道具を身につけていれば、暴れた時に大人しくさせることもできるようになっている。
契約は簡単にできる。お互いに同意があれば、契約主がモンスターに名前をつければいいだけなのだ。
「連れて行くには契約をしないといけないけれど、いいの?」
「ケルル!」
大きく頷いて返事をしたケルピーの頭を撫でながら名前を考える。
魔王城で暮らしていて、何度もモンスターと契約する機会はあった。けれど、今まで一度も契約したことは無かったので、名前を考えるのに少し時間がかかった。
雲母藍として生きていた時もペットを飼ったことがなかったので、名前をつけるのは初めてだ。
「貴方の名前は、今日からオアーゼよ」
「ケル!」
「嬉しそうじゃないか」
嬉しそうに飛び跳ねるオアーゼを見て、リカルドも嬉しそうに笑った。
このままオアーゼを連れて行くことはできないため、闇魔法を使うことにした。【無限収納】内に入れていくこともできないので、私の影の中に入っていてもらうことにした。
オアーゼの力が必要な時は、影から召喚すればいい。陸でも馬と同じように走れるため、馬勒をつけたら一度乗ってみるのもいいかもしれない。
飛び跳ねるオアーゼを撫で、影に入るように言うと、躊躇うことなく私の影の中へと消えた。
「回復魔法を使えたり、闇魔法を使えたり凄いな」
「三年前から教えてもらってたからね。それでも、未だに魔法は難しいって思うことはあるよ」
そう言うと、リカルドは右手を顎に当てて何かを考え始めた。
何かおかしなことを言ったのかと思ったけれど、そうではなかったらしい。リカルドは笑顔を浮かべたままだ。
「アイがよければ、パーティに入らないか?」
「私が、パーティに!?」
まさかパーティに勧誘されるとは思わなくて、驚いた。リカルドが所属するパーティは『青い光』。今のメンバーは分からないけれど、パーティなのだからリカルド以外の仲間がいるはず。勝手に決めていいはずがない。
それだけじゃなく、いくら仲間だといっても魔族をパーティに加えたいとは思わないはずだ。リカルドが勝手なことをして、仲間から悪く言われてしまう可能性が高い。
嬉しい言葉ではあったけれど、頷くことはできなかった。
「一人より、他の人と組むことによって様々な経験もできる。それに、僕はアイを見て勧誘したんだ」
「私を見て?」
「アイは強い。僕のパーティメンバーは個人で依頼を受けることが多くて、いないことが多いんだ。だから、僕と行動できる他に信用できる仲間を加えたかったんだ」
「それは、私じゃなくても……」
「見た目だけで判断する仲間よりも、僕の目で見て、アイは信用できると思ったんだよ」
魔族だというだけで悪いのだと決めつける仲間たちよりも、今日冒険者になったばかりの私を勧誘するということは、ギルドの冒険者たちは私よりも信用できないのかもしれない。
そういえば、ゲームでも二人でなければ受けられない依頼で、一人を誘い依頼を受けたけれど、あまり働かないだけではなく、報酬を半分以上持って行かれたりもした。それが一人だけなら運が悪かったというだけで終わる。
けれど、別の人を誘い、依頼を受けても同じだった。このギルドにいる冒険者は信用できないという言葉に納得することができる。
というか、違反者ばかりじゃないか。
ただ、やる時はやるのだろう。だから抹消されていないのだ。
正直、断る理由がなかった。パーティじゃないと受けられない依頼もあるし、個人よりも報酬が高い。
もしもリカルドの仲間に何かを言われた場合抜ければいい。リカルドが一人の時に一人以上の依頼を一緒に受ければいいだけだ。
「魔族だけど、本当にいいの?」
「魔族じゃなくて、アイだからいいんだ」
その言葉に私は大きく頷いた。ゲームでのリカルドを知っていたから、全く変わらない彼のことを信じられた。
まあ、魔族のことは嫌いだったっぽいんだけどね。
魔族という種族ではなく、個人として見るのがリカルドなのだ。ゲームでの仲間のこともそう見ていた。関われば、魔族だろうと個人として見てくれる人なのだ。
嬉しそうに微笑んだリカルドは右手を差し出してきた。その手を握ろうと手を差し出した時、突然私の足元に矢が飛んできた。矢が刺さった地面が凍り始め、そこから距離をとるためにリカルドから離れた。同じようにリカルドも離れている。
矢が飛んできたのは森からだった。誰もいなかったはずだが、森へと視線を向けると、誰かが走ってきている姿が見えた。
どうやら女性が二人こちらへと向かって来ているようだ。一人の手には杖が握られ、もう一人の手には弓が握られている。
距離があるのに、ここまで矢を飛ばすなんてすごい。
思わず感心していると、二人はリカルドを庇うように前に立った。
「大丈夫!?」
「助けに来ました」
弓に矢を番えて私に向けるのを見て、この二人は今ここで私を殺す気なのだということが分かった。
杖の先と、矢じりが魔力の流れによって光り出す。ここで抵抗すれば面倒なことになると思い、攻撃されたら避けられるように構えた。
「待った! 二人とも攻撃したら駄目だ」
攻撃される前に、リカルドが二人の前で両手を広げて攻撃を止めさせた。杖と矢じりから光が消えた。
止められた二人は不満気で、弓を持った女性は矢が無くても私を殺せるのではないかと思うほど冷たい目で射抜く。
「どうして駄目なの?」
「あいつは魔族! 殺すべき存在なのは分かるでしょ!?」
「分からないよ」
杖を両手で持ち不思議そうな顔をする女性とは違い、まるで魔族に恨みでも持っているかのように大きな動作でリカルドに向かって言う女性。けれど、リカルドは冷静に首を横に振った。
「彼女は、僕らのパーティメンバーだよ」
「え?」
「何を言ってるの!? 魔族だよ!」
どうやら彼女は、ギルドにいた冒険者と同じようだ。私のことを魔族だからという理由だけで嫌い、討伐対象だと決めつけている。
リカルドが私が冒険者だということを話しているのも聞こえてくるけれど、信じていないようだ。魔族が冒険者になれると思っていないのだ。
それでも、ギルドマスターが認めたことを話せば、冷たい目で私を射抜くだけで何も言うことはなくなった。
「アイ、大丈夫だよ。こっちへ」
まるで怯える動物に言うかのように優しく声をかけるリカルドの言葉に従い、三人へと近づいた。実際、感情を露わにしている女性には怯えていた。無意識だったけれど、体が震えている。
殺されるかもしれないのだから、怖くないはずがない。
「大丈夫。彼女たちが僕のパーティの仲間だよ」
「はじめまして。アイ・ヴィヴィアです」
自己紹介をして、頭を下げた。リカルドがいれば、何かをされることは無いと分かっているから少しだけ安心することができた。
頭を上げて、初めて女性たちの顔をまともに見ることができた。そして、気がついた。
この二人は『希望の光』続編で、主人公であるリカルドが途中でパーティに勧誘した双子の姉妹だ。しかも、彼女たちの種族はエルフ。二人とも金髪碧眼の美人。
「はじめまして、ノエ・ミルティーです」
「ノア・ミルティー」
敬語で話す、大人しそうな見た目をしたのが妹のノエさん。武器は杖で、攻撃というよりも魔法で味方をサポートしてくれる。ノアさんより攻撃的ではないけれど、魔族を怖がっていることが見て分かる。挨拶をしながらも、リカルドの後ろに隠れてしまった。
リカルドのパーティで問題があるのは、姉のノアさんだろう。弓で攻撃をする、後方支援型。魔族を嫌っており、魔族であれば子供だろうと関係なく倒すという考えを持っている。
挨拶をしながら、顔を逸らして目を合わせようとしない様子からも、仲良くするつもりがないということが分かる。
私としては、同じパーティなのだから仲良くしたい。けれど、ノアさんは私を認めてはいないのだろう。
見た目だけの話をしてしまえば、二人の見分けはつかない。身長も体格も何もかもが同じ。腰まで伸びた、綺麗な金髪のストレートヘア。性格や声は違うけれど、見た目だけで見分けをつけるには目を見なければいけない。
よく見てみれば、姉のノアさんの目は僅かに吊り上っている。きつい目をしているわけではないけれど、怒りを向けられた時は恐怖を感じる。
「よろしくお願いします。ノエさん、ノアさん」
「私の名前を気安く呼ばないで。あんたを仲間とは認めていないんだから。それに、新人なんか入れたらパーティランクが下がるわ」
「ノア……」
これ以上何を言っても無駄だと分かっているのだろう。リカルドは少し呆れたようにノアさんの名前を呼んだだけだった。
それ以上は何も言われなかったため、取りあえずパーティにいることは許してくれたらしい。リカルドが言うから仕方なくという感じではあるのだろう。
それでも、パーティにいていいのだということに少しだけ安心した。