2・依頼
ボードの近くにある椅子に座り、用紙へと目を通す。そこには依頼の種類について記載がされていた。
依頼書にはそれぞれランクが記載されており、自分と同じランクの依頼を受けることが推奨されていた。依頼内容によっては、一つ上のランクの依頼を受けることも許可されているらしい。
ランクを上げるには、依頼を成功させなくてはいけない。失敗した場合はペナルティとして罰金を支払わなくてはいけない。罰金の金額は内容によって変わり、それだけではなく失敗した場合はランクが上がりにくくなるのだ。
依頼によってはレベルが関係しているものもあるため、レベルが記載されているものほど難しくなっており、成功した時にランクが上がりやすくもなっている。
依頼内容は、採取や納品依頼、討伐依頼、護衛依頼、配達依頼など様々な種類がある。それぞれ個人で受けられるもの、パーティでなければ受けられないものがある。
採取は薬草やキノコ、鉱石など。納品はモンスターの素材など。モンスターを倒して素材を取るため、討伐依頼と一緒に受けると効率がいい時もある。
討伐依頼は、その名の通りモンスターの討伐をしなくてはいけない。討伐数は依頼書に記載されているため、討伐証明のためにモンスターの一部を持ち帰ることになっている。
持ち帰る部位は、モンスターによって異なるため依頼を受ける際に伝えられることになっている。
護衛依頼は、街から別の街へと移動する商人たちからのものが多い。モンスターや盗賊から守らなくてはいけない。特定の場所を守る依頼もこれに含まれる。
場合によっては何も起こらずに依頼を達成することができるが、モンスターや盗賊が現れたら守らなくてはいけないため、それだけ報酬額が多い。
配達依頼は、アイテムや手紙などを街や人へと配達する依頼だ。中には時間が決まっているものもあるため、早馬などで移動する必要が出てくる。
そして、ギルドマスターからの依頼。
これは、ランクが高い人や指名された人、指名されたパーティしか受けることができない。報酬はギルドからでるため、高額になることが多い。ただ、依頼数は少ないため受けることはできないと考えていた方がいい。
今受けるとしたら、採取あたりがいいだろう。ただでさえ目立っているのに、これ以上目立つようなことは今はしない方がいいだろう。
私のレベルから考えれば討伐依頼でも構わないのだろうけれど、今のランクでは受けられるものもないだろうから、簡単な採取依頼を受けるのが一番だ。
椅子から立ち上がり、ボードの前に行く。ボードはランク別に分かれており、Eランクの依頼は一番右側にあった。
今受けられる依頼は、採取と配達の二種類。配達は遠慮した方がいいだろう。魔族が尋ねてきたら、驚きと恐怖で荷物を受け取ることはできないだろう。配達を受けるとしたら、私のことが知られるようになってから。
採取依頼が記載されている紙を一枚ボードから取り、受付に並んだ。受付には依頼から戻ってきた冒険者や、これから依頼を受ける冒険者がいつの間にか並んでいた。
帰って来たばかりの冒険者は「どうしてここに魔族がいるんだ」と近くの冒険者と話している。
文句があるなら直接言ってほしい。
受付は三つあり、それぞれ空いた場所に並んだ冒険者が向かって行く。私の順番になり、空いた受付へと向かう。
「あら、アイさん。依頼ですか?」
「この依頼をお願いします」
登録をしてくれた女性に持っていた依頼書を渡すと、内容を確認した。ランクに間違いがないのかを確認しているのだろう。
「ヒポテ草の採取ですね。それでは、ギルドカードの提示をお願いします」
「それは、俺が受ける」
受付の前にいる私を押しのけて、一人の男性がカウンターに手を置いて言った。百九十センチはあるだろうその男性は、私を睨みつけながら笑みを浮かべている。
魔族である私の邪魔をしたいらしい。邪魔というより、依頼を受けさせずに冒険者として相応しくないと言いたいのだろう。
長い間依頼を受けないでいると、冒険者として登録から抹消される。ギルドからも登録を抹消されてしまう。
ここで別の依頼を受けようとしても、この男性と同じことを他の冒険者がするだろう。もしくは、Eランクの依頼を全て受けられてしまうかのどちらかだ。
お金はあるから依頼を受けられなくれも構わない。けれど、ここで引き下がると相手がつけ上がり、今後もこのようなことが起こる。だからこの依頼は私が受けるべきだ。私がボードから持ってきたのだから、依頼を受けるのは当たり前だろう。
「私が持ってきた依頼書です。私が受けるのが普通なのでは?」
「魔族は依頼を受けられねぇんだよ。しかも魔族が冒険者? 討伐対象が笑わせる」
男性の言葉に他の冒険者たちが笑い出す。笑っている冒険者はこの男と同じ意見なのだろう。
何もしていない魔族でさえ討伐対象とは笑える。
ただの犯罪者と変わりない言動にしか聞こえなかった。
こんなやつらが冒険者とは。思わず笑ってしまいそうになった。
「ボロスさん。貴方のランクはDです。できればDランクの依頼を受けてください」
「Dランクの奴がEランクの依頼を受けちゃいけないというルールはないはずだぜ」
Dランクということは駆け出しなのだろう。正直Cランクに見えるけれど、違うらしい。冒険者になって間もないのか、依頼をあまり受けない不真面目な男性なのだろう。
態度から判断すると、新人をいじめて楽しむだけの男性にしか見えない。こういうことも、よくしているのかもしれない。
「あらあら。ボロスさんはギルドのルールを破るだけではなく、ギルドマスターにも逆らうんですね」
どうしても私が受けようとしていた依頼を受けたがるボロスに、受付の女性は右頬に手を当てて笑顔で言った。
その言葉に、ギルドにルールがあることを思い出した。全てのギルドが同じルールを守らなくてはいけないというわけではない。ここのギルドは、仲間同士での争い、他人の依頼を奪うこと、他人の成功報酬を奪うことを禁止していたはず。
ボードの横に貼ってある紙にそれらの禁止事項が書かれていた。ゲームをプレイした時に確認しただけだったため、確認することを忘れていたけれど、禁止事項を破る人がいるとは思ってもいなかった。
けれど、禁止事項となっているということは、それらの行為をする人が多かったのだろう。今も目の前でしている人がいるくらいなのだから。
「何言ってやがる。こんな奴に任せられねぇから俺が受けるって言ってるんだよ! しかも、マスターに逆らうってどういうことだ!」
「アイさんは、このギルド所属の冒険者になりました。魔族であろうと仲間です。それに、ボロスさんは他人の依頼を奪う行為をしようとしています。このまま引き下がらなければ、違反行為とみなし、ギルドカードに記載させていただきます。そして、アイさんはマスターが【鑑定】をして冒険者登録することを認めました。魔族だから依頼を受けられないというのでしたら、マスター自ら認めた方を仲間とは認めないということです。それに、魔族だから依頼を受けられないというルールはありません。マスターの決定に従わないというのでしたら、これ以上問題行為を起こされないためにも登録は抹消させていただきますけれど、よろしいですね?」
笑顔のまま手続きをしようとする女性にボロスは舌打ちをして、私を睨みつけて受付の前から立ち去って行った。まるで私が悪いとでも言いたげだったけれど、悪いのはボロスだ。
それにしても、三階から私を見ていたのは予想通りギルドマスターだったらしい。【鑑定】もされていたらしく、それでもマスター自ら認めてくれたのだから問題はないだろう。
「お騒がせしました。ギルドカードの提示をお願いします」
ギルドカードを渡すと、裏返した依頼書とカードを水晶版に乗せた。冒険者登録をした時と同じように、水晶版の右下を押すと水晶版が光り出した。
光はすぐに消え、ギルドカードが返される。それと、渡される麻袋。
「期限は三日後。採取したヒポテ草はこちらの袋に入れて提出してください。過ぎてしまうとペナルティとして罰金を支払うことになりますので、気をつけてください」
「はい、分かりました」
「それでは、改めまして。私は受付担当のベルと申します。今後ともよろしくお願いします」
「アイです。こちらこそよろしくお願いします」
ベルさんは受付担当ということもあって、私が魔族でも気にしているようには見えなかった。
一人でもベルさんのような人がいると安心する。
さて、このまま依頼のためにヒポテ草を採取しに行こう。ヒポテ草は火傷に効く薬草で、火傷にそのまま貼りつけてもいいし、すり潰して塗っても効果がでる。だから少し多めに採取して、【無限収納】に保管しておけば萎びることも枯れることもない。
冒険者となったからには、モンスターの攻撃で火傷をすることもあるだろう。保管しておけばいつか使うことがあるかもしれない。
他にも別の薬草があるかもしれない。見かけたら採取するのがいいだろう。【無限収納】に保管しておいて、依頼があれば提出すればいいのだから。
ヒポテ草を採取するためにギルドから出ようとすると、魔族だからという理由で薬草は採取できないんじゃないかと笑う声が聞こえてきた。
魔族は触った薬草を枯らすとでも言いたいのだろうか。どんな能力を持っている魔族なのか問いただしたい。
無視をしようとすると、突然後ろから声が聞こえた。
「ねえ、僕も一緒に行っていいかな?」
「え?」
「君、見たことないね。場所が分からないだろうから、案内してあげるよ」
気配を感じなかったことに驚いて振り返ると、そこにいたのは青い髪をした青年だった。その瞳は金色をしており、まるで宝石のようだった。思わず見惚れてしまいそうになる。
青年のことをどこかで見たことがあるけれど、思い出せない。
せっかくの提案に、ヒポテ草が自生している場所を知っていたけれどお願いすることにした。
「迷惑でなければ、お願いします」
「お安い御用さ。僕はリカルド・ラシュアン。よろしく」
「アイ・ヴィヴィアです。よろしくお願いします」
名前を聞いて思い出した。『希望の光』の続編で私を倒す勇者だ。しかも、冒険者登録をした時に、後ろに並んでいたのは彼だった。
笑顔で手を差し出され、握手をしながら顔が引きつらないように必死だった。何もしていないのだから倒される心配はないと分かっていても、私を倒す相手を目の前にすると不安になった。