10.破滅を回避せよ
「外を警戒することもなく、扉を開けるのはよくないぞ雲母藍」
「え?」
目の前の人が、転生前の私の名前を何故知っているのか理解できずに驚いた。
腕を組んでいる男性に見覚えはない。腰までの長さがある金髪のストレートヘアが窓から入り込む太陽の光を反射してキラキラと輝いていてとても綺麗だ。
碧眼の左目と赤い右目を細める男性と何処かで会った記憶はない。人間の領地には今日来たばかりなので、知り合いがいるはずもない。城では魔族以外の誰かと話したことも会ったこともない。
記憶を思い出すきっかけになった勇者以外は、だけれど。
「貴方は、何者ですか?」
警戒をしながら尋ねると、何故そんなことを聞かれるのか分からないという顔をした。
覚えていないだけで会ったことがある? 赤ん坊の頃に会ったことがあるのだとしたら、それは会ったことがないと同じだけれど、男性はそう思っていないのか?
「ああ。そういえば、君は知らないか。俺はグランツ。『輝きのドラゴン』や『魔竜』と呼ばれている」
理解が追いつかなかった。目の前にいるのが、先ほど読んでいた本の登場人物でもある『輝きのドラゴン』。
たしかに金髪をしていて、『輝きのドラゴン』と同じ色。けれど、彼の言葉を鵜呑みにしてもいいのだろうか。
とりあえず。
「部屋に入ってください」
腕を掴んで部屋の中に入ってもらうことにした。他の部屋から誰も顔をのぞかせはしなかったけれど、このまま話していれば迷惑をかけてしまうかもしれない。
それに、本当に彼が『輝きのドラゴン』だったとしたら、誰にでも聞かせていい話ではないだろう。
もし私が男性を部屋に入れている姿を見られたら、それはそれで別の噂ができるかもしれないけれど気にはしなかった。
「見ず知らずの男を部屋に入れるのは感心しないぞ」
「貴方は私のパパですか?」
思わず突っ込みをしてしまった。
パパだったら、私だけではなく、部屋に入った相手にもうるさく言うのだけれど。だから、友人も簡単には作れなかった。
まあ、不思議と魔王の娘と仲良くしたがる人もいなかったんだけどね。
「今は貴方を『輝きのドラゴン』だと信じただけです」
「どうして?」
「私の名前を知っていたからです」
雲母藍。私の前世の名前。ストーカーに刺されて死んだ、前世の私。前世では、半年もの間怖い思いをしながら過ごしてきた。
警察に言っても対応してもらえず、悲しかった。私を癒してくれるのは『希望の光』だけ。『希望の光』をプレイしている時だけは楽しかった。この世界に行きたいと思ったこともあった。
まさか、本当にこの世界に来てしまうとは思ってもいなかったけれど。しかも、嫌われている魔族に転生して。
「それで、どうして私の名前を知っているんですか?」
「俺が転生させたからだ」
その言葉を簡単には信じることができなかった。ゲームの中に転生したことも驚きだったけれど、彼がそんな力を持っていることに。
けれど、彼は神として崇められている存在でもある。神様ならそんな力を持っていてもおかしくはないだろう。
けれど、どうして私なのだろう。
「どうして、私なんですか? 魔王の娘として、ゲームの中に転生させるなんて」
「ゲーム? お前はゲームの世界だと思っているかもしれないが、これはゲームじゃない。死ねば二度と生き返ることは無い。ここは、お前の生きていた星とは別の次元にある星。ゲームに似た世界なだけだ」
なるほど。だから私の記憶とは違う部分が多いのか。
ゲームと似た世界であって、ゲームではない。実在する世界。
私がミスをして殺されてしまった場合、生き返ることはできない。ゲームとは違うのだから。
「この世界は何度も破滅している」
「破滅?」
「このままでは魔族と他種族の争いにより、世界は破滅してしまう。何度繰り返しても同じ結末に行きつく。何度世界を作り直そうと変わらない」
思い出した。『希望の光』は続編も含めてバッドエンドは世界の破滅だった。
破滅へ行きつくルートは勇者が倒される。交渉をせずに武力で解決しようとする。の二種類があったはずだ。魔族と交渉できるルートが存在しており、そのルートで交渉しなければ強制的に破滅だ。交渉を選んでも一度は戦うことになるのだけれど。
きっと今まで、どちらかのルートをたどって来たのだろう。だから彼は今までこの世界にいなかった存在を入れたのだろう。
転生者という私を。
「お前は、この世界を知っていた。そして、来たいと思った」
「だから、私を転生させた?」
「タイミングが良かった。俺が世界を作り直し、破滅へと向かい始める前に、お前の魂が目の前に漂っていた。魂に触れて、記憶を見てお前を転生させることを決めたんだ」
私が死んだから行場のなくなった魂が漂っていたのだろう。もしも彼が私を転生させなければ、今の私はいない。
彼の目の前に漂っていたのは、この世界に来たいと願ったからかもしれない。だから、似た世界を作る彼の前まで来た可能性もある。
「貴方は、グランツは私に破滅を阻止してほしいの?」
「ただ俺は、種族なんか関係なく仲良くしてほしかった。それだけなんだ」
「生きていて、感情があれば争いは生まれる。人間同士だろうと関係はないよ」
でも、今は多くの種族が魔族を敵とみなしている。魔族を倒すことを目的としているから、大きな争いが他で生まれてはいない。
ただそれだけの話。
魔族が倒されてしまえば、また新しい争いが生まれる。そして、この世界が破滅してしまうのだろう。
「もう、破滅へ向かってますか?」
「ああ。ゆっくりと、な」
「はじまりは、エルフですね?」
「ああ」
ノアさんが魔族を恨み、ノエが恐れる原因。その原因を作ったのは魔族であることは変わらないけれど、そうさせる原因を作ったのはエルフ。
二人ははじまりを知らないから魔族が悪いのだと決めつけている。二人だけじゃない。他の種族も同じ。
何も言わないけれど、リカルドも原因が魔族だと思っているに違いない。けれど、原因を作った本人ではないから私のことを魔族としてではなく、一人の女性として見ているのだろう。
「私が、破滅を回避するなんてできるのかな?」
「新しくお前という存在が加わったことによって、少しずつ変化している。きっと、回避できる」
「もしも回避できなければ?」
「また世界を作るだけだ。その際、お前には今回の記憶を覚えていてもらうことになる」
「世界を破滅させないためにですね」
別のルートを選んで、破滅を回避しろということだろう。
できればそうならないでほしい。きっと魔王の娘として転生したことによって、私が中心となって話し合いをさせようという考えになっているのだろう。
私が今の勇者や次の勇者として転生していれば、争いの原因を作った存在を知らず、魔族を倒すことを目的としていたかもしれない。
魔王であるパパの思いを知っているからこそできた選択でもある。
元々魔族は、他の種族との交流はあまりなかった。だから、原因を作ったエルフたちが黙ってさえいれば魔族が悪くなる。
誰もエルフが悪いとは思わない。
「エルフが原因を作る前に私を転生させることはできなかったんですか?」
「できたさ。だが、魔族に転生させなければ、魔族を悪者として見てしまうから意味がなかった」
エルフが原因を作ったのは私が三歳の時。たとえ、その時に記憶があろうと私には何もできなかった。
私に年齢が近い魔族に転生していた場合では、パパと関わりがないから仲良くなろうという考えはなかっただろう。エルフを恨んでいただけ。
実際、エルフを恨んでいる魔族は多い。仲良くなろうという考えを持っている人はいない。
きっと、このまま平和になってもまた争いが起こることは分かる。ただ、破滅は回避できるのだろう。
「藍。いや、アイ。破滅を回避してくれ」
「元々そのつもりです。私が目指している結果は、破滅を回避することになるんですから」
破滅を回避するつもりでいたわけではないけれど、結果的にはそうなる。
時間はかかるだろうけれど、パパが倒される前に勇者と交渉させなくてはいけないのだ。
「そうだ、これを渡しておこう」
「ネックレス?」
そう言って渡されたのは、金色の羽根がついたネックレスだった。
「その羽根は俺のだ。それを身につけていれば、難しい光魔法であろうと使うことができる」
私は光魔法が苦手だった。羽根から魔力を感じる。
魔族の中に光魔法を使える人はいなかった。私の中には人間の血が混ざっているから少し使えるだけ。けれど、これのお陰で難無く使うことができると思うと、嬉しかった。
パーティの仲間のために【ヒール】よりも上の魔法を使うことだってできるのだから。
ネックレスを首にかけて、羽根に触れた。
「俺の力を借りたければ、羽根に触れて名前を呼ぶといい」
そう言うと、グランツは突然姿を消した。
どうして私のいる場所が分かったのかなど、聞きたいことはまだあったけれど、神様なのだから私の行動を見ていてもおかしくはないと考えることにした。
いつの間にか、太陽が沈みはじめており部屋が朱く染まっていた。
さて、今日の夕飯は何を食べようか。