第七話『電話越しでもわかる、こんな女性(ひと)』
「えっと……こんな夜更けに電話してくるなんて一体どうしたの神宮寺さん? ちなみに今現在このスマホはスピーカーモードで、この会話は妹二人に筒抜けになっている、と忠告しておくよ。その事を加味して、よく考えた上での発言を期待しているよ」
場所は変わらずリビング。
テーブルの上に置かれたボクのスマホは、ボクが言った通りスピーカーモードにされ彼女……神宮寺さんの声を響かせている。しかも、美琴ちゃんが持参したポータブル充電器まで接続されているサービス付きである。
向こうの充電が切れるまでは、実質、かなりの時間通話し続けられる環境とも言える。
そして、テーブルを挟まずして……ボクの両隣に、美琴ちゃんと千弦ちゃんが座っている。映像付き通話って訳でもないのだから、対面の椅子に座ればいいものを……。
何故か、2つの椅子に三人で座っているカタチになる。普通に座りづらい、というか……千弦ちゃんにかんしては、若干ボクのフトモモに座ってしまっている。
美琴ちゃんもあまりの密着度ゆえに、たわわな実りが……やーらかい極上の果実が、ボクの二の腕にガッツリと……。フトモモの上の小降りなピーチもまた……。
やめろっ! 反応するな! 無だ! 心を無にしろっ!! 本日交際を始めたばかりの彼女の前で、妹二人に欲情しました~……なんて洒落にもならない!!
ちなみに、両親はすでに自室で就寝中である。
それがせめてもの救いか……。
『あら、何もおかしな事はないでしょう? せっかく、人生初の彼氏が出来たのだもの。夜寝る前に、アナタの声を聞きたくなってしまうのは、彼女として当たり前のことでしょう? それに、この番号でちゃんとアナタに繋がるか疑心暗鬼だったのだもの。確認作業は大切よ。これから愛し合う二人にいきなりウソがあっては上手くやっていけないでしょうし』
「あの神宮寺さん……つい数秒前にボクが言ったことを覚えているかな? とても利口な神宮寺さんのことだから、ちゃんと覚えているはずだよね?」
『当然でしょう? アナタの言葉を私が忘れるわけがないじゃない。よく考えて発言しろ……でしょう? 嗚呼……付き合って初めてのラブコールでいきなり命令だなんて、アナタって亭主関白な一面もあったのね。また一つアナタの事が知れて嬉しいわ』
「神宮寺さん神宮寺さん、妹達も聞いてるんだよ。間違った知識を振りまかないでください」
『あら、違うの?』
「違います」
『ふふふ、もぅ……照れちゃって。せっかく付き合い始めたのだから、敬語で話さなくてもいいのよ? むしろ、もっとフレンドリーに話して欲しいわ。いえ、フレンドではなく彼女なのだから、もっともっと砕けて欲しい。そうね……ラブリーなんてどうかしら?』
「いきなり高いハードルを用意しないでくれないかな……神宮寺さん」
『名前で呼んで欲しいわ……拓斗、くん♪』
「苗字呼びで勘弁して欲しいな。……神宮寺さん」
『プラトニックなのね。いいわ、急いでラブラブになる必要もないことだし、少しずつ惚れさせる作戦でいきましょう』
「作戦が本人に筒抜けな上に、本人の妹にも筒抜けだけど大丈夫かい? それと、何度も言うけど妹も聞いてるからね? もう少しちゃんと考えて発言してね?」
言葉にはしないけれども、今現在妹達からジト目で見られているボクの身にもなってね。ほんと、頼むから……。
同時に、彼女からのラブコールを妹に聞かれているボクのことも考えてね? しかも、ボクの妹二人だからね? おそらく、ダメージも二倍だからね?
彼氏のこの思い、届いてくれないかなぁ~。少女漫画の主人公的な察しの良さとか……。
『ちゃんとアナタのことを考えて発言しているわよ。むしろ、今日はずっとアナタのことばかり考えているわ。好きな食べ物とか、好きな音楽とか、好きな女性の仕草とか、アナタのことならば何でも知りたいもの』
「神宮寺さんお願いだよ神宮寺さん。もう少し自重してはくれないだろうか神宮寺さん。もうボクの方が限界だよ」
『あらあら、私の愛の大きさに耐えられなくなってしまったの? ごめんなさい。いきすぎた愛は、男子にとって重荷でしかないって本で読んだわ。アナタには私の愛は重すぎたのね』
「いや、そういう問題じゃなくてだね……。もう少し、TPO的な思考をだね……」
『それなら安心してちょうだい。他人の前でバカップルを演じるつもりはないわ』
「身内の前でもお願いします……」
『それだと、いつアナタとイチャ付けばいいのかしら? 駄目よ拓斗きゅん。倦怠期に入るには流石に早すぎるわ』
「拓斗きゅんはマジでやめてください」
『あら残念。じゃあ……たくちゃん? たっくん? 拓斗様……ご主人様……』
「秋澤くんで! お願いします! 同じ苗字の人ウチの学校にいないし、誰かと間違われる事もないよね? よし、そうしよう。それがいい!」
『彼氏なのに……距離を感じてしまうわ』
「さっきまでボク達、他人でしたよね……」
『苗字呼びなんてそれこそ他人行儀よ。せめて、下の名前で呼び合うべきだわ。カップルなんだから! 夫婦予備軍なのだから!』
「一気に話を飛躍させたね。あと、さっきから妹二人に両脇をグリグリされているんで、本当に勘弁してください」
『嫉妬かしら? ふふ、お兄ちゃん大好きな妹さん達なのね。微笑ましいわ。兄妹愛とは尊いものよ大事にしなさい』
「言われなくても二人の事は大切にしますけど、それを神宮寺さんが邪魔している自覚はあるのかな?」
『もちろん♪』
「確信犯だったのか!!?」
『嫁姑問題と同じよ。まぁ、いずれは私に譲って貰う事になるのでしょうけど、それまではソチラの二人に預けておいてあげるわ』
「やめて神宮寺さん! 彼女達を挑発しないで! その矛先はすべてボクへと向けられるんだよ!! 彼女の発言で彼氏がピンチなんだよ! しかも、家族だから精神攻撃だけじゃなく、肉体へのダメージも……――え? ちょっと二人とも、何で自分の服に手をかけているんだい? ちょっ!? ばっ、ななななな――なんで服を脱ぐの!? 待って! 脱がないで! それ以上の脱衣はプライベートな場所でっ、ちょっ!? そんな格好でくっ付けないでよ!! い、色んなところが……あた、当たって……ぬぁぁ~~…………っ!」
『火に油だったかしら……。電話越しじゃコチラからは何も出来なくてもどかしいわ。そうそう……明日明後日の二日間休みだけれど、アナタの予定は空いていたりするのかしら? せっかく、付き合い始めて最初の休日なのだからデートでもどうかな~……なんて』
「……その二日間は妹達と過ごす予定です。ちょっ……耳噛まないで美琴ちゃん! ひぅっ!? 千弦ちゃん、どこ舐めてっ……そこっ、鎖骨……あぅ」
『そう、残念。じゃあ、月曜日にまた学校で会えるのを楽しみにしているわ。弁当も用意する予定だから、リクエストがあったらまた連絡してちょうだい。他に用事があっても連絡してくれていいわ』
「り、りょうかい……です……」
『用事がなくても、連絡してくれていいから……。例えば、声が聞きたくなったとか、急に会いたくなったとか……ふふ』
「さ、最後に、コチラから質問をよろしいでしょうか神宮寺さん!」
『スリーサイズとか下ネタはNGよ?』
「ボク達の関係って、罰ゲームでしたよねぇっ!?」
『ええ、そうよ。私への罰ゲームに巻き込まれるカタチでアナタと私の交際は始まった。でも付き合っていることに代わりはないのだから、楽しんだ方がお得でしょう? アナタの『初めての女』に恥じない、素敵な彼女を演じてあげるわ♪』
「だったらまず、妹達を挑発するのやめてくださいよー!!」
『でも役得でしょう?』
「たとえ嬉しくても、精神衛生上とか、倫理観的に色々アウトなんです!」
『シスコンって情報は本当だったのね……』
「シスコンではないです。妹に甘々な兄バカってだけです。幻滅しましたか……?」
『いいえ、情報に間違いがないか確認しただけよ。それを知った上で告白したのだから、今更好感度ダウンの原因になったりはしないわよ♪ むしろ、家族を愛する事は素晴らしいことよ。将来が楽しみね』
ガタン、バタンっ!
「二人とも椅子倒れたから! ちょ、お願いだから、その格好でくっ付かないでくださいお願いします!!」
『必死で兄であろうとするアナタも素敵よ。私という彼女のためにも、頑張って我慢してちょうだいね♪ ふふ』
「なんなんだよもぉ……」
結局、この騒動は深夜0時を回るまで続くこととなった。
お兄ちゃん……疲れたよ。