◇IF:待ち人を待つ
続きを待ってくださった方がいらっしゃることを願って、3話用意いたしました~
今話は初期案だったフィリス視点の、もしものエンディング。
(フィリス好きなので、どうしても文字にしたかったんです笑)
待ってたのはこれじゃない感があると思うので、今後アップする2話も楽しみにしてもらえたら嬉しいです!
・祈祷師だったころの小話
・ハッピーエンド(◆Re:愛を乞い、希う)の後日談
リディアさんが姿を消してからちょうど一年が経った。
セシルはあの日以来、仕事の合間を見ては何度も宵の森へ足を運んでいるらしい。
祈祷師でなくなった私は程なくして王宮を離れたから、セシルに会える機会がなくて、聞き齧ったことしか知らない。
王宮に行って取り次ぎをを頼んでも、不在や多忙を理由に断られた。
社交界に全然顔を出さないと有名なセシルを一目見たいと貴族のお嬢様方が押しかけてくることは昔からあったから、典型的な断り文句だと思う。
門番に「私は元祈祷師です」とは言えないから、その辺りの融通が効かないのだ。
とは言っても、セシルが忙しくしているのは事実だろう。
仲の良かった元魔導騎士に聞いた話だけれど、セシルは前もって、今日の休みを取っていたらしい。
宵の森に行って、会えるわけでもないのにあの人の帰りを待つんだろうな、と思った。
あの人が消えた今日の日付はまるで記念日のようで、命日みたいだ。
聖霊の宿主とやらで体は生きていても、あの人自身は消えたんだから、私からしてみれば命日のほうが近いと思う。
とりあえず、今日だけはセシルの行動を聞かずとも分かることは確か。
そう思った私は、王都から最短で森へと抜ける道端に腰を下ろして、朝早くから待ち続けている。
――私は今、孤児院の先生をしている。
祈祷師の時に必死に学んだ勉強を生かして、身寄りのない子に読み書きや計算を教えているのだ。
祈祷師としての力が消えた後、国から恩賞として、平民にしては少し立派な家と沢山のお金をもらった。新しい戸籍と市井に馴染みやすい偽りの経歴も用意してくれた。
祈祷師として貰っていた給金も使いきれないほどある。
祈祷師だった期間は至れりつくせりだったから、一人暮らしを始めて生活の変化に苦労したけれど、幼少期の飢えた苦しさを思えばすんなりと新たな生活には慣れた。
それに、一人暮らしになってからは日替わりに魔導騎士の面々が様子を見に来てくれていたし、私が断るまでの半年ほどは家事使用人を一人、国が雇ってくれていた。
カロリナさんは紆余曲折がありながらも護衛隊長だったアーノルドさんと結婚して子を授かったらしい。今でも月に数回会っているけれど、母親となったカロリナさんはとても幸せそうで、あの人に感謝していた。
今の生活も慣れてしまえば楽しいし、元々の生い立ちを考えれば恵まれている。
けれど、私は祈祷師のままでよかったのにな……なんて、不謹慎だけど、今でも思ってしまう時がある。
カロリナさんだけでなく私にも月の病が訪れるようになった。子を成せる証らしいけれど、子を産みたいと思ったことはまだない。
子を産んで育てるよりも、私のように捨てられて苦しんでいる子の手助けをしたいのだ。子どもの世話はひとりでも大変過ぎて、孤児院にいる子たちみんなの遊び相手になったり、先生になったりしていると、更に自分の子が欲しいなんて、私には思えそうにない。
そんなことを常日頃考える私にとって月の病は不愉快でしかなかった。お腹は痛いし、体が重くて動きたくなくなるし、血の塊が流れていく気持ちの悪い感覚が何日と続くのは耐え難い。
加えて、やっと終わったと晴れ晴れした気分で過ごしていたら、あっという間にまたやってくる。迷惑極まりない。
こんな辛いものを嬉しいと思えるカロリナさんはすごいや、と言葉にしないが思ったものだ。
近くの村から離れた人気のない道端で、切り株を椅子にして座っていた私は、暇過ぎて過去を振り返る。
自分を顧みた時に思い出すのは決まって祈祷師だった頃の懐かしい日々。私にとっての魔導騎士団員は歳の離れた兄たちで、家族だったから、ばらばらになってしまったことが悲しい。
仲の良かった騎士には今でも会えているけれど、地元や王都以外の領地の騎士になったりした者もそれなりにいる。
みんなで集まってわいわい過ごせる機会はなかった。
ちなみに私の護衛隊長は今でも甲斐甲斐しく様子を見に来ては「食事を食べているか」とか「睡眠時間が少ないんじゃないか」とか、細々とした心配を大げさに口にする。
しまいには「私の娘になってくれたら安心できるんだが」なんて言うものだから「せっかくできた彼女に逃げられるよ」と返したら渋い顔をしていた。
私は大人と呼べる年齢だし、花も恥じらうお年頃だ。
それなのにいつまでも子ども扱いしてくるから、隊長にはつい口を尖らせて子どもみたいに反論してしまう。
家族と思っている魔導騎士団のなかで誰が父親的な存在かって聞かれたら、隊長しかいないから本当は嬉しいのだけれど。
空を流れていく雲の数を十、二十と追って、区切りが曖昧だから数えられないや、と諦めて見上げた顔を下す。
一本道の先から物影が見えて、それが徐々に大きくなってきていた。
馬が駆ける蹄の音や鳴き声が聞こえるようになって、日の光を浴びる金の髪がきらきらと輝いて見え始める。
「セシル~!!」
スピードを落として止まってもらうために、立ち上がった私は飛び跳ねながら両手を振って大きく名前を叫んだ。
手綱を引いて、少しずつ減速して、ゆっくりとした速度になって、私の目の前で止まってくれる。
「フィリス、久しぶりだな。どうした? こんなところで」
ローブを翻しながら馬から降りたセシルは、私と会話しながらも優しい手つきで馬を撫でる。
気持ちよさそうに擦り寄るセシルの愛馬をみて、羨ましいと思ったし、ちょっとだけ嫉妬もした。
「たまたま今日の予定がなかったから私も一緒に行きたいなって思って! 私がセシルの隣にいたら、リディアさんが怒って帰ってくるかもしれないよ」
「ははっ」
セシルは虚を突かれたように笑った。
それが嬉しくなって、私も笑う。
「そうだったら嬉しいが、彼女は笑ってやり過ごすんだろうな」
「うう〜、それもあり得る。けど分からないよ!」
「悪いな、フィリス。気持ちは有難いが、ひとりでいいんだ」
そう話したセシルは、もう私をみてはいなかった。
「そっか。わかったよ、行ってらっしゃい」
違うよね、なんて反論は口にしない。
私だって分かってる。セシルはひとりがいいって分かってるから、子どもっぽい言動は一、二回でいいんだって知ってる。
笑顔で見送って、セシルの綺麗な金の髪が遠のいて見えなくなってから、私は掲げた手のひらを下ろす。
休ませていた体格の小ぶりな馬を撫でてから跨って、王都への道を引き返した。
◇◇◇
それから更に一年、また一年と、同じ様に待ち伏せしては断られた。
私がセシルを待つために辺鄙な道端にいることは知っていて、何を言っても意地でも来るって知ってるから、セシルは止めろとは言わない。
ちょっとした挨拶だけでセシルは去ってしまうけれど、私はそれでも満足だった。
そして五年目。
「フィリス、君は毎年ここにいるけど、一体何時からいるんだ?」
セシルが訪れたのは日が登り始める、夜も明けきらない早朝だった。
よっぽど外せない仕事が詰まっていて、こんな時間帯にしか来れなかったのだろう。
今までは大抵、朝から昼に代わる間だった。
「私? 今きたところだよ?」
嘘。本当は二時間前には着ていた。
だってセシルはいつ来るかわからない。私が確実に会えるのはこの日だけだから。
それに、セシルが心を砕いてくれるとしたらこの日だと思ってたから。
「それよりもさ、セシル! 今年こそ私も連れてってよ」
祈祷師だった頃のようにセシルの腕に抱きついて、駄々をこねる子どもみたいに振る舞う。
好きな人には大人の女性になったと思われたいお年頃に、私は子どもの真似事をする。魔導騎士団の面々に可愛がられて育った分、愛嬌には自信があるのだ。
「はあ……来年からも来るようなら事前に文でも送ってくれ。迎えに行くから」
困り顔でセシルは笑った。どんな形であれ、私に笑顔を向けてくれるセシルがいて、私は満足だ。
――それから更に五年。
「フィリス、君に縁談が何度も来ていると聞いたが」
「うん。私、童顔で可愛いし、愛嬌あるから! 嬉しいことに、年上からも年下からも人気者なんだよね〜」
謙遜なんてしてない。
私は好きな人には特段正直者なのだ。
嫉妬してほしい、なんて有り得ないことにも期待する。
無意味な期待でもいい。どんな意味であっても、セシルが私の話に興味を持ってくれてるなら私は嬉しい。
「でも、残念なことに私が好きな人からは見向きもされなくて困ってるの」
「そんな男に価値はないぞ」
「分かってないな〜、セシルは。私ね、その人が私のこと好きになるか、他の人と結婚するまで諦めないって決めてるんだ。――根気比べかな?」
ニシシ、と悪戯っ子みたいに私は笑う。
セシルは困った顔をしていたけれど、目つきは優しかった。セシルにとってのあの人みたいに、少しだけ、特別感を感じられる眼差しに私は満足だ。
そうして、再び五年の月日を繰り返す。
「フィリス」
セシルは少しだけ老けた。
年のわりには十二分に若い容姿だけれど、口元や目元に小皺が増えていた。
輝いていた金の髪もくすんだ。
それが年相応の魅力を押し出していて、どこから見てもかっこいいのは変わらない。
年々違いをみせてくれる彼の魅力を堪能できる私は贅沢者だ。
あの人は損をしていると、つくづく思う。
「な~に? セシル」
私は、今でも底抜けに明るい笑顔をセシルに見せていた。もう子どもっぽい態度が似合わない年だと自分でも思うけれど、彼の前では年下の可愛い女の子でいようと思ってる。
「私は生涯彼女を待ち続けるだろう。一日たりとも忘れることはない。君といても、彼女を想う。それでも君は、私の側にいることを望むのか」
セシルはいたって真面目だったけれど、私は気が抜けてしまった。
声が固かったから、いよいよ拒絶でもされるのかと思ってしまったのだ。
違って良かった、と心の中で思って笑うと、セシルは顔を顰めていた。
「リディアさん以上にはなれないって、最初から分かってたよ。それでも、セシルがひとりでいるなら私は絶対に離れないって決めてるから」
「フィリス」
少しだけ、聞き分けのない子どもを咎めるようなセシルの口調に、私は口を尖らせる。
「私はね、あの人にセシルのことを託されたって、勝手にそう思ってるんだよ」
本当は誰にも言うつもりのなかった、私の思い。
「セシルが淀みの影響で苦しんでた時、私の祈りをあの人が聖霊様に届けてくれた。――逆でも良かったじゃない? 涙も流さないあの人に負けるなんて思いたくもなかったけど」
私の祈りが唯一セシルを救うと言ったあの人を、今でも思い出す。
私は、同じ祈祷師としてあの人をみれなかった。
聖女様がいたのなら、この人みたいな人なのかなって思ったの。
「あの人をずっと見続けてれば分かったよ。泣くこともできないほど追い込まれてたんだなって。私の祈りを届けてって私に言ってくれれば良かったのに、そうしなかった。そういう人なんだよね」
エレナ様もそういう人だった。自分の気持ちを優先しない人。
そういう所は似てるけど、その根幹はきっと違う。私には二人の心情を考えても、これといった想像が出来ない。
別に二人みたいになりたいなんて全くもって思わないから、悲しくも悔しくもないけれど。
私は、自分が可愛いのだ。
「だから、私が勝手にセシルのことを託されてるって思うことにしたの」
セシルは視線を宵の森へと向けて、それから息を吸うように瞼を閉じた。
あの日のあの人を思い出しているのだろうか。
それとも、記憶の中のあの人と会話でもしてるのだろうか。
「私、あの人のことはやっぱり、嫌い。だって、セシルのことをずっと縛り付けてる。皆から讃えられることをしても、私は許さないし、絶対文句を言うって決めてるんだ」
瞼を開けたセシルは私を見下ろしていた。
あの人を犠牲にして私は今を平和に過ごしているのに酷い言い様だって分かってるけれど、セシルは怒らないでいてくれた。
伝わってるんだと思う。
これは私なりの、あの人への「好き」の表われだから。
「だからね、セシル。私と一緒にリディアさんを待とうよ。私だって、あの人が戻ってくるのをずっと待ってるんだよ」
セシルはとうとう観念して「そうだな」と笑う。
私は嬉しくなって、セシルの腕に抱き着いた。
「リディアさんに早く会いたいね」
そうなった時、セシルはきっと数拍時間が止まる。
だから私は真っ先にあの人に文句を言おうと思う。
あの人は「ありがとう」なんて話の噛み合わない感謝を口にするのだろう。
その姿は想像ができるけれど、やっぱり何を考えているのかは分からないんだろうなって、私は思う。その時は率直に聞こうかな。
戸惑うあの人を前にするのが楽しみだ。
だから私は待ち人をずっと、辛抱強く、今か今かと待ち続けるの――――
もしものエンディングはいかがでしたか?
セシルがただ待つわけがない! と思って没になりましたが、ラティラーシアから話を聞き出せなかったり、神聖国に行っても成果を出せなかったり、そもそもエリアスが癒しの雨を降らせなかったら……有り得るエンディングだったなぁとしみじみ思います。
話は変わりますが、新作の宣伝をさせてくださいませ。
リディアたちの物語を書き終えた後に、異世界恋愛(長編)を2作上げています。
◆1作目タイトル:『マティアス・オーレン』の行方 ~ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?~
男装学園物語(+α)で、百合要素も含んだ物語。男装ならではの恋を詰め込んだ作品になっています!
ファンタジー要素強めな乙女ゲームの世界観で、25万字程度。
兄の失踪の要因を、物語の進行とともに想像して楽しんでもらえたら嬉しいです。
◆2作目タイトル:出向先は「好き」を教えるお仕事です!? ~女嫌い騎士と恋愛指南の××日~
こちらはタイトルそのまんまの恋愛要素を詰め込んだ教師と生徒もの。
7万字弱なので、さらっと読めます。
二人の出逢いと舞踏シーンがお気に入りなので、ぜひ二人の空気感を思い浮かべてもらえたら嬉しいです。
どちらもシリアス要素を乗り越えてのハッピーエンドですが、リディアたちの物語を最後まで読んでくださった皆様ならシリアスも軽く思えるはず!笑
それでは、次話でお会いしましょう!