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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 零れ話 掴み取った再会 --
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◆2:聖を語る導き手



 王都に着くまでの期間は聖女の下僕に成り下がった気分だった。


 ラティラーシアの容姿は誰から見ても本物の聖女だと思ってしまう。そのため行動を極限まで制限した馬車旅となったのだが、そのせいでセシルはラティラーシアの使い走りをさせられていた。


 睡眠時間を削られる深夜の街歩きや好みに合わせた食事の用意、そして衣服の調達や身なりの手伝いまで。


 聖女に心酔していれば喜んで引き受けるのかもしれないが、生憎セシルにそんな感情はない。聖女様だと敬られることを望んでいるから、ラティラーシアに合わせているだけだ。


 日に日に蓄積されていく苛立ちが沸点を何度も越えようとした。けれど、そうならないのは見計らったタイミングで有益な情報をラティラーシアが口にするからだった。

 そんなセシルの態度がラティラーシアの娯楽になっていることはわかっていたが、プライドを投げ捨てる価値がある。



 そんなこんなで王宮に辿りつき、エリアスが聖女のために整えていた塔へと送り届けると、「私の忠実な従者にご褒美をあげるわ」と至極満悦に微笑まれた。


「海を挟んだところに、神聖国レディツィオーネがあるでしょう?」


「はい。ご存知なのですね?」


 神聖国レディツィオーネはエリアスの留学先だ。そこでエリアスが聖霊の加護が悪魔の契約に似ていると聞いたというのだから、セシルもその者を尋ねようと考えていた。

 ラティラーク王国の何倍も歴史が古く、絶対的な神を信仰している国だが、その分謎も多い。


「当然よ。私のつくった建国聖話はある程度事実なのよ? 私はその国の高位神官だったの」


「それはそれは……流石、ラティラーシア様ですね」


 これまで見てきたラティラーシアが高位神官だったと言われても、疑わしい。知り得ている知識的には納得ができるが、性格は選定の基準にないのだろうか。


「なによ、その言い方は。まあ、貴方を可愛がり過ぎちゃったから無理もないかしら……?」


「それで、神聖国に何かあるのですか」


 可愛がられていたなんて有難くもない話だとセシルは続きを促す。


「今でも相変わらず白い神獣を召喚しているの?」


「そのようですよ。殿下が召喚した者と会っています」


「なら、貴方は運がいいわね。あの国が崇める神獣の秘密を教えてあげるわ――――きっと、貴方のいいように話が進むわよ」


 愉快に語るラティラーシアの言葉を一字一句漏らすことなく脳裏に刻み込む。

 そうして、床に片膝をついてラティラーシアの手をとった。


「聖女様のご慈悲に心から感謝いたします。――エクラシア・フィデラーレ」


 手の甲へと感謝を込めて口づけを送る。

 にっこりと満足げに笑んだラティラーシアに深く礼をすると、エリアスの元へと行くべく足を進めた。



 ◇◇◇



 セシルが王太子の執務室に着くと、「待っていたよ」と優雅に茶を口にするエリアスに出迎えられた。

 エリアスの側にはレナードのほかに幼少時から仕えていた近衛騎士もいるが、体面を気にすることなく真っ先に口を開く。


「殿下。なぜ聖霊の力を借りたのですか」


 エリアスの背後にある窓からは、いまだに降り注ぐ雨が見えている。

 そして、セシルが王都に戻るまでの間に国王の名で御触れがでたことを道行く人の噂で聞き知った。


 ――祈祷師様は一人残らず聖女様の元へと還られた。そして、ここ数日降り続く雨は聖女様の涙なのだ、と。



「何故? 必要だからだよ。聖霊信仰を上手く書き換えるためには都合が良すぎる力だと君もわかるだろう」


「聖霊信仰が続く限り、彼女と聖霊の契約は続くんですよ」


「それは君個人の問題だろう」


 その言い分に眉根を寄せてエリアスを睨む。

 エリアスも祈祷師という犠牲を拒んだ者のうちの一人だ。そのために何百年と続く安定した平和の維持を望まずに聖霊信仰を書き換えることを模索していたというのに、リディア一人であれば容易に切り捨てるのか。


「私は幸運なことに、対価を払わずに聖霊の力を行使する権利を得てしまった。便利なものは有効に活用すべきだと思わないかい?」


 至福に顔を綻ばせるエリアスを前に呆れてものも言えなくなったセシルは、脇に抱えていた報告書を突き出した。十数枚にも渡るそれはラティラーシアの言動と様子を事細かに書き記したものだ。


 その場でじっくりと読み進めていくエリアスを意味なく見下ろす。


 つい数刻前にラティラーシアから語られたものを記すのは止めておいた。セシル個人に与えた『ご褒美』の使い所はここではない。


「ふぅん? なるほどね。君はしっかりと話を聞き出してこれたようだね」


「この国には必要のない話ばかりですけどね」


 ラティラーシアから得た話の多くは悪魔との契約に関するものだ。

 何百年と昔に神聖国が厳重に管理していた情報が、今の神聖国にとってどれほどの価値になっているのかは検討もつかない。


「セシル。私は聖霊の力を活用するとは言ったが、一つ悩んでいてね」


 もったいぶらせた口振りとともに立ち上がったエリアスが窓の外へと視線を投げる。


「神聖国のように魔術を発展させて精霊との共生を求めるか、魔術を捨てて精霊とは干渉し合わずこの地を二分するか」


 これまでのエリアスは後者を選んでいた。

 魔術は精霊を使役するものだ。精霊の意志が反映されているから適正のある者にしか魔術が発動できないと伝えられているが、対話のできない精霊の心情は人間には知り得ない。そんな不確かな存在との共生は危険だと考えていた。


 なにより、建国聖話で語られている冒頭は事実なのだ。精霊の住処を人間が荒らした後につくられた国がラティラーク王国である。

 そして、人間に対する精霊の恨みを元に魔獣へと変えさせたとラティラーシアが語っていたのだから、リディアが魔獣を精霊の姿へ戻したにせよ、関わらずにいるほうが安全だ。


 再びセシルへと向き直ったエリアスが後ろ手で窓枠に寄り掛かりながら、眩しそうに目を細める。



「私はね、聖霊信仰が必要だと思っていたが、それはいずれ()()信仰になっても良いのではないかと思い至ったんだよ。――君はどう思う?」



 深く息を吸う。言葉が出ずに、瞠目した。


 幼い頃からセシルはエリアスと顔を合わせていた。

 周りの大人は常に比較しては剣術も学業も良い競争相手になると話していたが、それは単に見る目がないだけだ。

 エリアスはセシルの思いもよらないほど遠くを見続けている。


 聖霊信仰が根付く国の安寧のために与えられた力を利用して、聖霊を崇めない国をつくる。

 そんな筋の通らない発想を現実にしてしまおうと行動に移すのは、セシルの知る限りエリアスただ一人だ。


「私は神聖国に渡ろうと思います。許可していただけますか?」


 どんな手段を用いても神聖国に赴くことはセシルにとって決定事項だ。

 それでも、やはりエリアスとは道を違えることはないと思いたい。


「うん、私もそのつもりでいたよ。今回ばかりは君にしか任せられない」


 エリアスが視線をレナードへと投げかける。


 それを合図にレナードから手渡された書類の束とニ冊の本を受け取ると、その場で一番上の書類へと目を通す。

 とある人物へ宛てた、国王の名で記されたセシルの身分証明と紹介状だった。


「リディア嬢があまりにも色々なことをしてくれるからさ。私も万が一に備えて、いずれ人を寄越すと伝えていてね? そいつの元に行くといい」


 これではもう頭が上がらない。


 全てを終えた時にはエリアスの言いように使われてやろうと、不敵な笑みを浮かべるエリアスへと同じようにセシルも返した――




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