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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
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◇21:それは時として、




 ラティラーク王国の祈祷師様は一人残らず聖女様の元へと還られた。そして、ここ数日降り続く雨は聖女様の涙だと国王陛下が御触れを出した。


 ‟聖女様の涙”らしい雨は、雲ひとつない晴天の中ではらはらと降り注ぎ、空を見上げていた人の傷を癒している。

 涙の沁みた大地は活力を取り戻し、育てている野菜や穀物は生き生きと成長速度を増す。枯れ始めた雑草ですら活力を取り戻していた。


 けれど、涙がどれだけ降り注いでも川が増水して氾濫することもない。路面に水溜りができることもなかった。

 祈祷師様の祈りとともに舞っていた光のように、淡く溶けていくのだ。



 そんな聖女様の涙が嬉し涙なのか哀し涙なのかはまだ音沙汰がなくて、国内では賛否両論が上がっていた。


 国に幸福を与える涙が哀し涙のはずがないと話す者もいれば、反対に、聖女様は現状に嘆いておられて我々に立て直す契機をくれたのだと話す者もいる。


「俺たちにとっては、どっちでしょうねぇ」


 警備塔の塔屋から宵の森を呆けた顔で眺めるエドガーを横目で見る。


 魔導騎士団に入団してまだ一年と経っていないエドガーにとっては、未だに信じたくないのだろう。

 同期のリオのように祈祷師の護衛騎士だったなら良い実績になったが、エドガーは『魔導騎士団に入団できる実力がある』という評価だけだ。それでも充分立派なことだが、狭き門を苦労の末に突破して入団したのだ。納得できない気持ちは分かる。


 深く吐き出した溜息が乾いた風の音に紛れて掻き消える。



 ――魔導騎士団は解体することになった。


 王宮騎士団と統合される形になるが、諸々の処理が終わるまでの当分の間は警備塔で決して現れることのない魔獣を警戒して待機することが任務だ。


 魔導騎士団の使命は魔獣からラティラーク王国を守ることと、祈祷師の護衛をすることである。その二つが突然消えた今、不要な存在になってしまったのだから仕方ない。


「祈祷師様が国にその身を捧げることで、我々は栄誉を与えられていた。それを嘆くなど、許されないだろう」


「でも、俺たちの他にも不安に思ってる人たちはいるじゃないすか」


 例えば、警備塔の塀越しに住む村の人々。

 辺鄙なこの地に住むのは、祈祷師と魔道騎士団が常に滞在することで安定した生活を送れるからだ。

 祈祷師が聖女の元へと還り、魔導騎士団の解体が終えた時に、この村はどうなってしまうのだろうか。


 例えば、各地で宿を営む人々。

 祈祷師が巡回で訪れる可能性があるため、どこも豪勢な部屋を用意している。主要経路であれば貴族が泊まる機会もあるから問題はないが、外れの街であれば利用客がいないかもしれない。それは大きな損失だ。


 例えば、腕の立つ医師がいない村落の住民。

 祈祷師に頼り切っていた町や村はそこそこある。王都周辺の小さな村落だと祈祷師が巡回で通ることも多い為、腕の立つ医師は他に稼げる場所へと移ってしまうのだ。

 今は聖女様の涙が傷を癒やしてくれているが、泣き止んでしまった後にはどうなってしまうのか。



「結局は祈祷師様を頼り切ってしまっていたということだよな」



 聖女様の名は今でもラティラーシア様だ。それが変わることはきっとない。


 けれど、新たな聖女様を我々は知っている。

 祈祷師という犠牲を拒んで自分自身を犠牲にした。そして、自分自身を犠牲にしているとは露ほども思わない、そんな方らしい。


 あの日、団長の指揮の元、宵の森の側で待機していた我々の元に現れたのは、姿を消した殿下と副団長だった。

 けれども凛とした佇まいの祈祷師様はどこにもいなくて、その代わりに殿下と同じ金の滑らかな髪をもった、透け消えてしまいそうな女性が副団長の腕の中にいた。


 そして、魔獣掃討計画は成功したと殿下が仰ったのだ。何もせずに終わりを迎えた我々は帰還の合図を送る殿下に茫然と従う他なかった。



 そうしてクロズリー伯爵邸に戻ると、慌てた様子でもう一人の祈祷師様と護衛小隊、そしてクロズリー伯爵が出迎えた。


 祈祷師様が身につけていた聖石が全て、一つ残らず光を放って消えたのだと。


 口早になされた報告に対して、殿下と副団長は至って冷静だった。「聖霊の加護は全て消えているから、今後のことは王宮に戻ってから共に考えよう」と祈祷師様を宥めていたのを、俺は遠くから抜け殻のように眺めていた。


 祈祷師様に仰られていた言葉は我々魔導騎士団にも向けられていたからだ。



 今、王宮では上層部が慌ただしく動いている。

 その中に副団長はいない。


 旅立つ姿を遠くから目にしていたが、その歩みに迷いは欠片も見当たらなかった。


 俺は祈祷師様の犠牲によって得た栄誉を手にして、今後何をすべきなのだろうか。

 祈祷師様だったはずの聖女様が泣かずに済むために、何が出来るのだろうか。


 国の変革期に立ち合い、表も裏も知れる立場にいる我々は考える必要がある。

 それは宵の森に一歩踏み出すような感覚だ。行く先の見えない獣道を辿る旅路に今はもう祈祷師様がいない。

 その言い知れぬ恐怖に、頼り切りだった己を恥じる。

 立て直す契機だと言った誰かの言葉が脳裏から離れなかった。


 宵の森へと毎日欠かさず祈る言の葉を唱える。

 祈りを聞き届けてほしいのではなく、これからの決意を見届けてほしい。


 これは、そのための誓いだ。





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