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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
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◇18-3:救いを胸に




「魔獣は貴女の元に集まっていると魔導騎士団は見立てていてね。折角だから、これを機に魔獣を掃討してはどうかと思っているんだ」


 さらりと躊躇うことなく告げられた内容は、魔獣を呼び寄せるための囮になれというものだった。


 人間が相手だろうと魔獣が相手だろうと、エリアスが必要としているのは引き寄せることのできる囮役らしい。


「三年前の失態のせいか魔導騎士団からは反対の意見も上がっていてね。貴女の意見を聞かせてもらいたい」


「三年前……の、失態?」


 予期しない話に思わず呟きが口にでる。

 三年前といえば、リディアが憧れていた祈祷師エレナが聖女の元へと還った時期だ。

 エレナの名に酷く反応していたセシルの様子や、フィリスが護衛隊長に向けて話していた当時の状況からエリアスの指す『失態』と重なるが、それと魔獣の掃討に反対することがどう繋がるのだろうか。


 目線を落として思案したリディアを目にしたエリアスが「ああ、流石に聞いていなかったのか」と疑問の答えを早々と口にする。


「力が強まっていたからなのか、エレナという祈祷師にも貴女ほどではないが魔獣が集まり始めていてね。そのことに逸早く気づいた当時の護衛隊長が独断で魔獣掃討作戦を決行したんだよ」


「独断、ですか」


 これまでリディアが目にしてきた魔導騎士は最低限の人数で配置も細かに分かれているというのに、情報共有を欠かさない徹底した統制が成り立っていた。


 独断専行する上司も、付き従う部下の姿の面影も見えない。


「貴女も知っていると思うけれど、魔導騎士団での実績はその後の地位に反映されるんだ」


 ゆっくりと首を縦に振って相槌を打つ。

 野心を表に出すことはなかったが、ウォルトもそのために実績を求めていたうちの一人だ。


「彼女の護衛隊長は異動間近だった。隊長職になった時点で充分だったろうに、更に功績を得ようと実力に見合わない高望みをした馬鹿な男だよ」


 言葉とともに鼻で笑うエリアスは魔導騎士団の前でも嫌悪を隠そうとしない。


「そうして、護衛小隊と警備塔に配置していた魔導騎士数名という僅かな戦力で強行した訳だ。隊長の決断に異を唱えた者もいたようだが、結局は従ったのだから同じこと。己の力を過信していたのではないかな」


 徐々に傾いていた陽射しが影を落とす。赤にもよく似た、橙色の影が室内を一層暗くした。


「結果、負傷して意識を失いかけていた大半の魔導騎士を救うために祈祷師は力を使い果たして死んだ。――その祈りの相手が誰かは、貴女なら既に気づいているはずだよね?」


 声を出すでもなく、首を振るでもない。ただ、もう言葉にしなくても分かると向かい合うエリアスに伝えるためにキツく瞼を閉じる。


 分かっていた。

 言葉の矛先は、少し前からリディアではなく後ろに立つセシルへと向けられている。


 セシルは社交界で噂の絶えることない有名人だ。

 魔導騎士団に入団してすぐに祈祷師の護衛騎士になり、僅か二年で隊長職になることなく副団長の座に就いた。そんな類稀なる昇級は優秀な人材と褒め称える美談だけではなく、侯爵家の権力で栄誉職を奪い取る愚かな若造だと陰で蔑む者がいたことを知っている。


 だから、当時のセシルは知らなかったはずなのだ。

 護衛隊長以上しか知ることのない祈祷師の死に際を、知らなくて当然なのだ。


 一隊員の反対より護衛隊長の決定が勝った。仲間が意識を失うほどの痛手を負っていた。だから、祈祷師の祈りの力を頼りにした。


 それらの何処に責められる謂れがあるのだろうか。セシルが全てを背負い込んで自身の罪にする必要なんて何処にもないじゃないか。

 エレナの話題に触れるだけで体中の血の気が引いて、全ての温度を消し去るほど後悔に(さいな)まれる必要が何処にあるというのだ。


「護衛隊長は内密に処罰し、魔導騎士団の人員整理もしている。今の魔導騎士団はどちらかというと全てにおいて保守的だ」


 保守的という表現に内心で頷く。

 騎士と言われて想像するのは、町の荒事を治める屈強な者や力を競い合うことを好む血気盛んな男達だ。しかし、魔導騎士団員は柔らかい雰囲気の者が多い。


 それに、ウォルトは実績を求めていたが決して一線を越えない。フレッドやリオ、他の祈祷師の護衛についていない魔導騎士も野心に満ち溢れた性格の者はいなかったように思う。実力をひけらかすことなく、冷静で、聡い。分を弁えているとも言えよう。


 祈祷師の護衛をする際に威圧感のある騎士では任務上良くないのだろうと思っていたが、他にも理由があったらしい。


「けれどね、リディア嬢。魔獣を掃討するという案自体は理に(かな)っていると思わないかい?」


 細まった眼差しがリディアを射抜く。

 綺麗な弧を描いて清らかな声で朗々と語る姿は、聖女の姿をした『悪魔』を彷彿とさせる。


「貴女が協力してくれるのなら、私は最大限の兵を用意すると約束する。貴女のその力で解決しようという気はないよ。それは最悪の事態に陥った時の保険だからね」


 瞼を伏せて膝へと乗せた手の内側へと視線を下ろす。

 魔獣を掃討するという考え自体は同じなのだ。


 宵の森へ再び赴く。

 その行為自体も制限されることはないらしい。


 これで懸念していた問題は一つ消えた。目の前にいるエリアスはラティラーク王国の現状を変えたがっている。

 それはリディアがまさに求めていた反応だった。


 けれど――

 協力する、と。そのたった一言を口にしたいと思えない。

 それはエリアスの目指す先がわからないからだ。



「リディア嬢? もちろん、殿下の要請を拒否して構わないぞ? 君の意志は聖女様の意志だ。王族であっても口出しはできないし、私は君の為にもその方が良いと思っている」


 途中から相槌もせずエリアスの話を聞いては視線を伏せたリディアを、心配したルイスが横から口を開く。


(私はひとに恵まれているわ)


 王太子の目前で祈祷師としてではないリディア個人を気にかけてくれた団長に敬意を込めて笑む。

 そうして、エリアスへと向き直った。


「一つ、お尋ねしても?」


「なんだい?」


「殿下は、魔獣を掃討したその後に何を望みますか? ――私たち祈祷師に、何を望みますか」


 独りでは決して答えの出ない問題を投げ掛ける。聖霊と契約を結んだその先を知るために。

 対して、エリアスは考えることなく冷徹に笑んだ。


「何も?」


 余りにも素っ気ない淡白な返答に思考が止まる。

 そんなリディアを気にかけることなく、エリアスは口を開いた。


「私は貴女を含む祈祷師に何も望まない。ただ、きっかけが必要なんだよ。何百年と続く信仰を書き換えるほどのね」


「そのきっかけが、魔獣の掃討なのですね?」


 深く息を吸う。酸素を多く取り込まなければ、エリアスの意図についていけなくなりそうだった。


 信仰を書き換える。難なく言われたそれは万人には想像することすら叶わない偉業だ。

 リディアも同様に「書き換える」という言葉の想像ができずにいた。



「リディア嬢――貴女の目に、この国はどう映る?」


 それは問うているようで、返事を求めていなかった。

 エリアスにあったのは落胆だ。


「私には停滞していると見える。医療技術も魔術の発展も、国民の意識すら中途半端だと、そうは思わないかい? それは祈祷師という奇跡的な力を持った人間が存在してしまっているからに他ならない」


 リディアに聖霊の加護があることを知らせ、祈祷師になるよう誘ったのは他でもないエリアスだ。それなのに、祈祷師は国の発展に不要な存在だと言ってのける。


 矛盾している。


 それでも、エリアスの思想がすんなりと頭に入るのは、リディアが納得できるからだ。

 聖霊信仰が根付いた一人の国民として。奇跡的な『祈りの力』を身に染みて体感している一人として、信仰を塗り替えるためには同様に奇跡的なきっかけが不可欠だと。そうでなければ、根付いた自身の信仰心が変わることはないと知っている。


 その奇跡的なきっかけを生み出せるのは、聖霊の加護が与えらえた祈祷師しかいない。


「以前、私は貴女に祈ってもらったね? 聖霊信仰が根付くこの国の安寧と、私の後を継ぐ優秀な子の誕生を」


「ええ」


 身体の奥底が冷え固まる感覚を、忘れることなんてできない。



「私が治める国に聖霊信仰は確かに必要だ。けれど――――そこに貴女たち祈祷師が必要だと思ったことは一度もないよ」



 国中を照らす太陽が赤く染まって沈む。そして暗く深い闇夜が訪れるその合間。

 それは、朝陽が射す夜明けの清々しい空に似ている。


 気づけば頬を伝った雫が真下にある手の甲へと音を立てずに落ちていた。温かかった。

 じんわりと肌に広がったそれは、淀みのように黒く濁った重圧を綺麗に落とす。


 決して揺らぐことのない決意をいつから留めていたのだろうか。

 エリアスの祈りを願えて当然だ。


(私が望む未来を殿下は既につくろうとしていたのだわ)


 目指す先は同じだった。ただ一つ、僅かな違いがあるだけで。

 そして、それはエリアスにはどうすることもできない。だからエリアスの目指す先に含まれていないのだろう。



「殿下、私が貴方の望むきっかけになるとお約束します。――宵の森へ、供に参りましょう」


 柔らかくて、それでいて凛とした声音が静寂の中で緩やかに波打つ。


(私も、もう揺るがないわ)


 志を同じくする人がいる。

 独りでは不安で堪らなかった決断も、後を託したいと思える人がいれば前に進む力に変わる。


 ――聖霊との契約で魔獣を元の姿へと戻す。そして、聖霊の加護を全て消し去る。


 その意志はずっと前から固まっていた。けれど、ずっと息苦しくて重かった。

 国の在り方を変えておいて責任の取れないその先を託せる人がいる。導いていく力がある。なにより、彼の思い描く国を見てみたいと、そう思ってしまうのだ。


 冷徹で残酷な王太子だと思っていた。そう見せていただけで、祈祷師という国の為の犠牲に誰よりも異を唱えている。


 どうやら、エリアスという人物はそういう人らしい。





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