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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
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◇18-2:交差する密




 向かった先は魔導騎士団の来賓室だった。


 足を組んで椅子に座るエリアスの後ろにはレナードともう一人の近衛騎士がいて、向かいの長椅子の後方にはリディアの護衛を担っている魔導騎士四名が並んで立っていた。


 エリアスに促され、先に長椅子に腰を下ろしたルイスの隣へと浅く座る。


 直前に目が合ったセシルは物言いたげで、無言の眼差しに込められた意味は殿下との会話で直ぐに分かるのだろうな、と浅く深呼吸をする。



「彼らからこれまでの報告を受けたよ。宵の森では色々とあったようだが、こうして貴女が無事に戻ってきてくれて何よりだ」


「全て魔導騎士の方々と駆け付けてくださったフィリスさんのおかげです。皆様に感謝していますわ」


 エリアスから向けられる視線を真っすぐ受け止めて微笑む。

 一人の祈祷師としてこの場にいるが、今は目元を覆う薄布はない。

 表情にはこれまで以上に気をつけなればならないが、その分相手の顔も鮮明だ。エリアスの瞳の中で瞬く星は夜明けの空を覆いつくさんばかりに存在を激しく主張していた。


「こうして貴女を呼んだのは協力してほしいことがあるからなんだけれど、その前にいくつか確認させてほしい」

「何でしょう?」


 容易に予想できる話題はいくつかある。それだけで終わればいいが、予想の範疇を大きく超えた問いであれば上手く答えれるかが状況を左右する。指先を揃えて膝の上にのせた手のひらが嫌な熱を生む。


「まずはブルーナ嬢の一件。貴女が関わっているのではないかい」


 エリアスの口から放たれたのは断定した問いかけだった。

 真っ先に疑われることは分かっていたので、用意した返答を申し訳なさを含めて話す。


「私がブルーナさんと関わりがあるかどうか、ですか。確かに、私は彼女の元へ伺いました。彼女の身の置き場がなくなったのは私の責任でもありますから」


「私達に知らせなかった理由は?」


「ブルーナさんが望んでいませんでしたので。内容によっては魔導騎士団への報告も止むをえないと思っていましたが、私が一方的にお話しただけで終わりましたの」


「まあ、彼女は我々のことを欠片も信用していないからね。それで、具体的に何があったのかな」


 何を話したのかではなく「何があったのか」と聞くあたり、エリアスの中ではブルーナから聖霊の加護がなくなったことにリディアが関わっているのは確定事項なのだろう。

 長い歴史の中で前例のない出来事だというのに既に結論付けられているのは、それだけ期待をされているのか危険視をされているのか。


「祈祷師になることを拒まれていると事前に聞いていましたので、行く宛がないのならクロズリー伯爵邸を訪れてはどうかとご提案したまでです。その場で答えがでるものはないので、もし訪れた際に丁重に取り次いでいただくよう伯爵宛ての手紙をお渡ししていますわ」


 事実を柔らかな口調で伝える。

 ブルーナに今後どうしたいのか聞くと、侍女を心配しているであろう家族に会わせたいと真っ先に話した。その後のブルーナ自身は行く当てがなかったので、ラザル領からも王都からも離れたクロズリー領で体を休めることを提案したのだ。


 ブルーナが既にクロズリー領に向かっているかはわからないが、いずれ魔導騎士団やエリアスの耳に届く話を今更隠す必要はない。


「では、貴女がブルーナ嬢の聖霊の加護を消したわけではない、と?」


 向けられていた眼差しが一層細まる。

 対して、リディアは戸惑いつつもゆっくりと頷いた。


「ええ。私にはそのようなことはできませんわ」


 躊躇うことなく口にした一言は嘘ではない。


 聖霊の加護を消してなどいない。ただその在処を変えただけだ。

 それを、伝える必要はないだろう。


「そう。――では、次だ。宵の森で何があったのかを副団長から伝え聞いているけれど、貴女から直接聞きたいと思ってね」


 随分と用心深いな、と心の中で息を吐く。

 向けられる笑みの裏では、リディアが話す一言一句に注意を向け、視線や表情、指先の動きまで残さず観察されているのだろう。

 お互いにラティラーク王国の未来に目を向けているのだから全てを曝け出して話し合えばいいのだが、そうできないのは譲れないものがあるからだ。


 瞼を閉じて、あの日の出来事を思い出しながら口に出す。


「魔獣の大群に囲われて、彼らは私を守り戦ってくれました。私は魔獣が消えることを祈りましたわ」


 今でも聖霊と相対した青く澄んだ景色を鮮明に思い出せる。


 一呼吸置いてゆっくりと瞼を開く。

 深い青紫に淡いオレンジが溶け込んだ美しい色合いが、今も目の前にある。けれど、そこに映るリディアの表情は大きく異なっていた。


「気づいたら殿下と同じ瞳の聖女様の元にいました。言い伝えでは『祈祷師は民を幸福へと導くという役目を果たした後、聖女の元へと還る』と言われていますよね」


 その言い伝えが表すのは祈祷師の死だ。

 死した人間のその先を知る者はいない。

 聖霊は聖女ラティラーシアが残した愉快な伝承だと話していたが、嘘か誠か知る術がないのだから死から蘇ったと思われていることだろう。


「本当の話だったと思いましたが、聖女様は私をこちら側へ帰してくれたようです」


 微笑みに乗せるのは安堵だ。


「到底信じられない話だけれど、実際にあった話のようだね」

「信じていただけて何よりですわ」


 カツン、と思案しているエリアスの指先が肘掛けを軽く叩く。

 エリアスから向けられる柔らかな笑みは変わらないのに、空気が微かに震えた。


「貴女は一人で氷壁の中にいた。それなのに、誰の祈りを叶えたんだい? 触れなくともその力は使えるのかな。それとも、貴女自身の祈りを叶えたのかな」


「私にも確かなことは分かりません。一つ言えるのは、宵の森だから――ではないでしょうか?」


 何故そう答えを既に分かっているだろうと言うように聞くのだろうか。

 曖昧に首を傾けて答えたリディアにも確信はない。

 けれど、確信に近い推測はあった。


 宵の森は精霊の住処である。人の目に姿が映らずとも、草木に宿り、渦巻く霧に身を隠しているのではないだろうか。

 つまりは、宵の森の空気に肌が触れるだけで精霊と繋がれるのだ。


 氷の壁の中で目にした幻覚も同様に、リディアの元で枯れることなく咲く青い花の香りに魅せられた幻だと感じた。


「宵の森だから、か――。もし、今後も同じような状況に陥ったら、貴女は祈るのかい」


「ええ。私には祈らずにいることなどできません。……聖霊様に聞き届けてもらえるかは分かりませんが」


「そう?」


 エリアスの瞳が満足気に細まる。

 ふと、背後に立つセシルが何を思っているのか気になった。

 魔導騎士の心配をする必要はないと眉間に皺を寄せるだろうか。それとも、祈りを捧げる時と場所を考えろと、また祈祷師の身を案じるだろうか。

 どちらもかもしれない。

 今回ばかりは後ろに立っていてくれて良かったと思えた。今顔を合わせてしまえば、固めたはずの意志が揺らぎそうで少し怖い。



「では、貴女は聖女と会って何を話したんだい?」


 ひとつ、息を吸う。


「――その問いにお答えすることはできませんわ。殿下」


「聖霊の加護に纏わる話を知らせなかったことで、私は貴女に不信感を抱かせてしまったかな?」


「いいえ。ただ、今ではない、というだけです。時が来ればお伝えするつもりですわ」



「時が来れば、ねぇ」



 エリアスの視線が外れる。

 それはリディアに宿る聖霊の加護へと向けられていた。


「貴女の内に占める聖霊の加護が増していることに自覚はあるかい?」


「殿下の瞳を見ていれば、多少はわかりますわ」


 初めてその瞬きを目にした時はシャンデリアの灯りを映して輝いているような繊細なものだった。

 けれど、今は金色の瞳だと錯覚してしまいそうなほどに眩い星がそこにある。


「貴女に残された時間は僅かだろうね。祈祷師としてこれからも過ごすのなら一年も保てばいい方かな」


 リディアではない、他の誰かの息を呑む音が静かに響いた。深くも浅くもない、ごくごく普通の呼吸をしているだけなのに、やけに耳に入る。


「とは言っても、貴女が前例のない力の使い方をしなければ、だけどね?」


「――そうですか」


 淡々と、感情を一欠片も込めずに答える。

 祈祷師として居続ける以上、次に宵の森に入るまでというタイムミリットはある。それを分かっていたつもりだが、こうして数値で明確に表され、この場にいる全員が知ってしまったことが息苦しい。


「そのうえで、貴女に協力を頼みたい」


 これまでになく真剣なエリアスの視線が刺さる。


(そういうことなのね……)


 セシルのもの言いたげだった表情が腑に落ちる。

 エリアスから提示される協力要請を断ってほしいと、祈るような眼差しだったのだろう。


 そして、エリアスはきっと「前例のない力を使ってほしい」と、長くは生きられないと告げたその口で迷いなく言い放つのだ――





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