◇18-1:雁字搦め
王都に着いて早二日。
王宮の外に出てのんびりと街並みを楽しみたかったが、生憎護衛騎士の面々には護衛を頼めない。
休暇と言っても祈祷師の巡回予定を入れないというだけだ。今頃は諸々の報告を元に今後の方針を考えているだろう。
魔導騎士団棟と連なる庭園へと足を運んだリディアは日除けのあるベンチへと腰掛けていた。
香り立つ草花の香りを楽しみながら流れる雲を目で追う。
リディアがセシルへと告げた内容は魔導騎士団との信頼関係を断ち切ったと思われても仕方のない。
それでも、今日に至るまで何も変わらなかった。
(随分と気を遣わせているわね……)
聖霊との会話を全て隠そうという気はない。ただ、話すとしても今ではないというだけだ。
自分だけが望む国を求めてはいない。けれど、権力者がこぞって定めた決定に従うつもりもリディアにはなかった。
何より、行動の制限をされてしまったら太刀打ちできない。
祈祷師の意志は聖女の志と同じくする。それ故に祈祷師は王族の命令に従う必要はなく、意志の赴くままに行動をして良い。
しかし、それは表向きがそう見えていればいいだけのこと。
国にとって不都合な祈祷師がいたら、その存在を消してしまえばいい。
王太子や魔導騎士団の面々がそんな決断をするとは思えなくとも、国の庇護下にいる以上そういう場合も考えなければならないのだ。祈祷師の顔と名前、そして人数さえも秘匿するのは、祈祷師の身を守るという表向きの理由だけではないのかもしれないのだから。
今の国の在り方に満足して変化を求めていないのなら、リディアは危険分子になってしまう。
だからこそ最低限の事しか口にしなかった。
全て覚えていないと答えるべきか迷ったが、王族と魔導騎士団の反応を確かめたい。
何より、どうしても躊躇ってしまうのだ。いくらでも取り繕うことはできるのにセシルにだけはしたくないと思ってしまう。嫌われたくないし、愛想を尽かされたくない。
何度も伸ばされる手に触れることはないのに、それでも傍にいてほしいと願うのは愚かだろうか。
「はぁ……」
草花を揺らす風の音に溶けるように溜め息が漏れる。
気を紛らわそうと庭園へと出てきたはいいものの、祈祷師となってからの記憶しかないこの場所では難しい。
唸る思考を遮るために自然の音に耳を傾け、光の加減で色合いの変わる景色へと意識を向ける。
木々の葉は赤や黄色に染まっていて、足元にも同じ色合いが敷き詰められている。
代わりに、飾りのなくなった枝はありのままの姿を青空へと伸ばす。
それを寂しいとは思わない。
ザク、と遠くで木の葉を踏む音がする。
徐々に近づくその音はリディアから数歩分離れた位置で止まった。
陽の光を遮る大きな体躯のその人物へと顔を向ける。
「休んでいるところすまないな、リディア嬢」
「いえ、大丈夫ですよ。どうされましたか?」
「もし良ければ少し時間をくれないかと思ってだな。殿下が是非とも君の意見を聞きたいと仰られている」
待っていた誘いの言葉に了承を告げて、ルイスの横を歩く。
「ルイス団長が来られるとは思ってませんでしたわ」
魔導騎士団棟で自由に祈祷師が出歩く範囲は限られているが、それでもここは王宮だ。
棟自体が広いのに、庭園は同程度以上の敷地で入り組んだ造りになっている。
戻りを待たずに探し回るのならセシルや他の護衛騎士だと思っていたリディアは、団長が直々に来たことに少々驚いた。
「はははっ、私は体を動かすのが好きでな。副団長から聞いてるかと思っていたんだが」
「雑務も率先してこなしてくれると話していましたよ」
なるべく婉曲した表現で伝える。
実際は部下にやらせればいい単純な雑務のために席を離れ、残った書類仕事が回されると不満を口に漏らしていたのだが、それはルイスもわかっているのだろう。
歩くたびにサクサクと踏んだ枯れ葉が割れる。
魔導騎士団全体の統制を担うルイスにとっては、確かに息抜きになるのかもしれない。
けれど、今回ばかりは違うのだろうなと隣に立つ様子から分かる。
リディアと常に行動を共にする親しい護衛騎士ではいけない。それがセシルなら尚更に。
これは王太子の人選なのだ。
(今回も、セシルは私を守ろうとしてくれているのかしら)
乾いた風が肌を撫でる。
ひたすらに真っ白に輝くクレマチスと、その周りを彩る金木犀の甘く浸る香りが沁みた。