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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
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◇17-5:嘘の定義



「ねえ、セシル。そう見られていると困るわ。分かるでしょう?」


「なら何をしろと?」


 目の前で片時も逸らさずにこちらを見るセシルに耐えきれず口を開く。

 見つめるだなんて可愛らしいものではなくてただの監視だ。そんなことをしなくても食事くらい一人で摂れるのにと心の中で文句を並べる。


「本でも読んだら?」

「却下だ。手元にない」


 書斎までの距離はそう遠くない。しかし、本人にその気がないのだから取りに行けとは言えない。


「仮眠をとるのはどうかしら」

「それも却下だな。私も君も随分と寝ていただろう。君には足りていなくとも私は充分だ」


 久方ぶりの嫌味に冷めた視線を送る。

 二度寝をしてしまったリディアは昼時に目を覚ました。

 食堂に赴く前に身なりを整えようと風呂に入り、自室に一旦戻ったところにセシルが昼食を持って訪れたのだ。どうやら、寝過ごして朝食をとらなかった上に昼食までとる気がないと思われたらしい。

 なるべく早く入浴を済ませたつもりだったが、髪を乾かしたり肌の手入れをしたりと時間はかかる。一旦気になると空腹を満たすよりも身を清めることが最優先になるのは仕方ないだろう。


 野菜がしんなりとするまで丹念に煮込まれたスープの香味料が効いた香りに空腹を感じて食べ始めたはいいものの、こうも監視されていては手の動きが遅くなる。


「……外を眺めるのは?」

「却下。見飽きた景観だ」


 溜息が漏れる。

 リディアの自室でセシルが出来ることは限られている。


「そろそろ、私のことも見飽きたのではないかしら」

「不要な心配だな?」


 不敵な笑みで口角を上げるセシルはこちらの反応を楽しんでいる。

 気にしたら負けだとリディアは諦めることにした。



 ◇◇◇



 用意された食事を綺麗に食べ終えたところで、セシルから本題が切り出された。


「団長から休暇をやるから一度戻ってこいと言われていてな。君の体調が良ければ明後日にでも発とうと思うが、どうだ?」


「ええ、大丈夫よ。巡回は体力的に少し心配だけど、移動だけなら問題ないわ」


 数日間眠っていたせいか、少し歩くだけでも休憩を取りたくなる。

 今日と明日は塀内を散策して少しでも体の感覚を取り戻した方が良さそうだ。


「決まりだな。それと、君は宵の森で何が起こったか覚えているか」


 向けられた宵の瞳を見返す。

 何処までを伝えて、何処からを心の内に留めておくか。それに思考を切り替えた時間は僅かだったが、意識していなくとも進むべき行先を探して彷徨っていた気がする。


「魔獣の大群に囲まれて、貴方達はずっと戦ってくれていたわよね」


 瞼を閉じて当時の状況を思い返す。

 ひんやりと冷気の漂う空間も薄闇の中で点々と光る赤い瞳も、ローブを翻して戦う魔導騎士も脳裏に浮かぶ。


「私は魔獣が消えることを祈ったわ。――そして、聖女様にお会いしたの。死んでしまったのかと思ったけれど、貴方の元に帰してくれたみたいね」


 間違ったことは言っていない。ただ事実を簡略化しただけで、全て実際に起こったことだ。

 目元を緩ませて微笑む。これは、幾度となく浮かべてきた『祈祷師』の笑みだ。


「君の言いたいことは分かったが、すまない。話についていけない。具体的に君は何をして、君の身に何が起こったのかを話してくれ」


 力の入った眉間へと手を当てて、指の隙間からこちらを見るセシルは随分と威圧的だ。

 想定内の反応だった。それでも気押されそうになるが、リディアが視線を逸らすことはなかった。


「セシル。私は貴方に嘘をつきたくないし、誤解を招く言い回しもしたくないの。ただ、今は()()()にこれ以上のことを話すつもりもないのよ」


 こてん、と首を傾ける。


「そのまま報告してくれて構わないわ」


 窓から差し込む陽の光が翳る。ほんの僅かな光の加減で、紺青の瞳はより一層深い闇に近づく。


 ただの呼吸に似た長い溜息が耳に残る。目元を手で覆ったセシルの表情は読めそうにない。お互い様だった。


「それが祈祷師様()の判断なら従うさ。気に病む必要はない」


 いくら距離を縮めようとも、祈祷師と魔導騎士団副団長という関係が変わることはない。

 相手に好意を寄せていて、相手からも同じ感情を寄せられていることをお互いに理解している。それでも恋人同士ではないのだ。公私を完全に切り分ける理性なんて持ち合わせていない。


 そんなリディアが引いた明確な境界線をセシルは壊さない。それでいて、手を伸ばせば触れられる距離にいてくれるのだから、場に似つかわしくない心地よさを感じてしまう。



 椅子の脚が床を擦る鈍い音が耳に届く。


「――貴方はブルーナさんの話をしないのね?」


 要は済んだとばかりに席を立つセシルに疑問が溢れた。それに対して返ってきたものは、今度は態とらしく声に出した溜息だ。


「私も先ほど耳に挟んだ程度なんだ。状況がわからない中で話して何になる? 君を相手に隠す意図はないから誤解はしないでもらいたい」


 諦めを含んだ率直な物言いに笑みが漏れる。


「ふふっ、そうね。フィリスさんが話していたとおり、この話は期待を生んでしまうものね」


 この話題の相手は魔導騎士団副団長の役目ではないのかもしれない。

 そう思ったら、言わなければいけないと思った。無意味な期待を持たせてはいけないのだから、ありもしない芽は摘むべきだ。


「私からは聖霊の加護が消えないって、知っているの。分かるのよ、セシル」


「君は何を知っている? これも我々には話せないことか?」


 訝しげな眼差しがこちらを射抜く。


「私は、私を知っているわ。私がこの力を必要としているから消えることはない。祈りの力の根元って、そういうことでしょう?」



 聖霊はこれを自己犠牲だと言っていた。

 確かに、そうかもしれない。そう思う人もいるのだろう。


(私は違う)


 自分を犠牲になんてしてない。他者を優先している訳でもない。


 つまるところ、全て自分の為なのだ――




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