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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
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◇15-1:それこそ錯覚



 祈祷師と王族が主催した三度にわたる夜明けの式典。後に『夜明けの大祈祷祭』と呼ばれることとなったそれらを終え、早五日。

 王都の賑わいは未だに衰えることはなかった。


 それは、単に夜明けの大祈祷祭の影響だけではなく、その後に通達されたラザル伯爵家及び関係者への罪状が関係している。


 ラザル伯爵は身分剥奪の上投獄、夫人は修道院送り、息子及びその他の関係者は王領にある鉱山で労働を課せられることとなった。


 その結末を知らされた時、リディアは正直驚いた。

 予想以上に課せられた罰が重かったからだ。


 そもそも、リディアがラザル伯爵に聖石を盗らせる隙を与えたのは、相応の罰を公に与えるためである。


 聖霊の加護を悪用して幻の薬(レヴェリア)を生み出し私腹を肥やしていたという最大の過ちは、到底公にできるものではない。

 そうなると、元々公表できるのは「伯爵令嬢ブルーナ・ラザルに聖霊の加護が与えられた可能性があると気づいたにも関わらず、国王への謁見を願い出なかった」点である。


 ここで重要なのは、聖霊の加護が与えられた()()()()()()ことに気づけていたのかという問題だ。


 聖霊の加護は聖女ラティラーシアの瞳を受け継ぐ王族しか視ることができない。

 しかし、聖霊の加護が与えられたことに気づける瞬間は、実は一度だけあるのだ。


 そもそも聖霊の加護は生まれながらに与えられる場合と、ある要因によって聖霊の加護が与えられる場合の二通りがある。

 前者の場合は王族の瞳に映らない限りは誰も気づくことはない。

 しかし、後者の場合は若干異なる。

 その要因というのは、誰かを助けたい、救いたいという他者への深い祈りが聖霊の元に届き、聖女ラティラーシアの面影と重なることで与えられると言い伝えられているのだ。

 そして、加護が与えられる瞬間は泡雪のような紫の光が宙を舞ってその者の体に溶け込むらしい。その光は祈祷師が祈る際に浮かび上がる魔紋の光と同じで、誰の目にも映るのである。


 それ故にリディアは聖霊の加護があると伝えられた際に息が止まるほどの衝撃を受けたのだ。

 生まれながらに聖霊の加護があればデビュタントの日に国王の瞳に必ず映るが特段音沙汰はなかった。ましてや、その後エリアスと出会うまでの二年間、祈った際に強く光が瞬いたことは一度もなかったのだから。


 自分であれ他人であれ、聖霊の加護が与えられたことに気づく可能性は誰にだってある。

 だからこその法なのだが、その限られた一瞬に気づいたことを証明する術はない。「知らなかった、錯覚かと思った」といくらでも言い逃れができてしまうし、例え認めたとしても本来の公にできない罪に見合った処罰は与えられない。


 それを可能とするために、黒幕が聖石を手に入れる隙をつくる計画に納得してリディアは行動に移したのである。

 伯爵令嬢ブルーナ・ラザルに聖霊の加護が与えられたことに気づき、祈りの力を悪用するために祈祷師のみが所持する聖石を盗んだ、となれば相応の処罰となる。

 同時に、ラザル伯爵の真意を確認するものでもあった。


 そこに「祈祷師に関する情報を得るために元魔導騎士を拷問した挙句、殺害」という罪が加わってしまった。

 死刑のないラティラーク王国では、それぞれに課せられた行き場はどれも過酷で、精神が病んだり、定められた労働に体が追い付かずに病を患う者もいると聞く。


 ラザル伯爵に少しでも踏み留まる意志があれば、国の意志に反しているという躊躇いがあれば結果は違っていたのだが、期せずしてリディア自身の行動がより重い事態を招いたことに重圧を感じずにはいられない。



 なによりも、聖霊の加護を授かったブルーナ・ラザルを取り巻く状況が良くない。


 昨日、今日とリディアは王都内を巡回したが、来る人来る人がブルーナの話題を出したのだ。

 大抵は憐みと新たなる祈祷師への祝福であったが、一部では少々過激な言葉もあった。


 両親が大罪人となったのだ。聖霊信仰の根付くラティラーク王国にとっては、最大の過ちともいえる。

 その娘が慈愛に満ちた聖女ラティラーシアの意志を受け継いでいるという事実を受け止めきれない者もいる。


 そして、その両者の声はどちらも今のブルーナを責め立てるものだろう。


 ブルーナが魔導騎士団棟に用意された部屋へと通されて既に二日が経つが、部屋から出た姿を見たことがなかった。

 身の回りの世話をしているカリナという年若い侍女とすれ違った際に一度声をかけてはみたが、事態の変わり様に明らかに憔悴しきっていて、足を止めさせることに躊躇ってしまった。


 話によると、ブルーナは祈祷師になることを拒んでいるらしい。

 リディアとしては同じ身の上なこともあり、一緒に祈祷師として国を支えていけると嬉しいし、そう説得したいと思っている。

 それが叶わないのであれば、少しでもブルーナの望む日々が送れるように力を尽くすつもりだ。



 ベルナール領で幻の薬(レヴェリア)の存在を知った日から今日までの自身の選択が間違っていたとは思わない。

 その時その時のラティラーク王国にとっての最善を見定めてきたつもりだ。


 けれど、その結果ブルーナは他者を寄せ付けずに塞ぎ込んでいる。

 リディア自身が納得できる最善の選択をしてきたのと同じく、ブルーナも望む先があったのだろう。

 だから、ブルーナの想いを知らなければならない。

 それを変えてしまった責任は背負わなければならなくて、彼女の行く先を広げるのも自分の役割だと思っていた。


(問題はどうやって会うかなのだけれど……)


 まずは正攻法でいこうと、チェストの引き出しから上品な薔薇の香りがする便箋を取り出すと筆を取った。




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