表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
60/96

◆閑話:内包した毒を膿む



 計画の全容はこうだ。


 式典が開催される二日前、ラザル伯爵邸に潜入していた密偵から密書が届いた。

 伯爵夫妻がラザル領を出発した後に幻の薬(レヴェリア)の存在とラザル伯爵邸に訪れた商人の顔、そしてそれを手引きしている人物を確認したとの内容である。それにより、魔導騎士団長であるルイスは待機していた団員数名を引き連れてラザル領へ直行。



 そして、一度目の式典が始まる。

 祈祷師と王族が主催する大規模な式典への欠席に加え、リディアとの会話で聖霊の加護持ちがラザル伯爵家の娘ブルーナ・ラザルである可能性が高まった。

 すぐさま急使を走らせてラザル領に発ったルイスへと知らせる。休みなく馬を乗り換えて駆ければラザル領へは翌日に着くことができるのだ。


 リディアから「黒幕はラザル伯爵、聖霊の加護がある方はご令嬢だと思ったのだけど、どうかしら」と問われた時にはセシルはまたもや眉根を寄せた。

 核心に迫る情報は最低限しか知らせていない。強いて言えば「欠席の理由を確認するように」と事前に知らせた程度である。

 知らないほうが動きやすいと自ら言っておきながら早々と察してしまうだなんて一体何がしたいんだという不満を押し殺して、セシルは次の式典での注意を口にした。



 二度目の式典。

 黒幕が祈祷師に近づく隙をつくることが狙いである。

 貪欲であれば必ず手を出すと踏んでいて、予想通りに祈りの力の発動に影響をもたらす聖石を盗むという悪行を働いた。

 時を同じくして、休暇返上で勤務に就く魔導騎士団員や応援要請をした元魔導騎士団員とともに、ルイスがラザル伯爵邸内の制圧と聖霊の加護があると思しき伯爵令嬢の保護に移る。


 式典を終えて王宮から去っていく貴族を見送ったリディアから簡潔な報告を受けると、今度はエリアスと共にセシルはラザル領へと発った。

 三度目の式典に間に合わせるためには与えられた時間は丸一日だ。

 悪天候で日程がずれ込めばこちらとしては大変有難かったのだが、そこまでは運良く巡らなかった。


 たった一日では、急使と同様に馬を乗り継いで駆けてもラザル領へと辿り着くのが限界である。

 それを可能にしたのはセシルが駆使する魔術だ。馬の空気抵抗を減らして追い風を吹かせる。泥濘む道には土魔術を施して、馬にとって最適な環境へと変える。


 そうこうして辿り着いたラザル伯爵邸でエリアスが聖霊の加護がある人物の最終確認をした。

 結果は予想どおり。伯爵令嬢ブルーナ・ラザルと側仕えの侍女は魔導騎士団棟で保護することとして、それまでの馬車旅には優秀な部下をつけた。

 今回の件に関わった者は漏れなく処罰の対象である。ブルーナと行動を供にする小隊よりも一足先に、ルイス指揮の元、関係者を王都まで連行することとなった。



 三度目、式典の最終日。

 予定していた時刻に間に合ったエリアスがそのまま公衆の面前に立つ。その間に王都のラザル伯爵邸に潜入した密偵と合流したセシルは、二度目の式典で盗まれた聖石の髪飾りが保管されていたことを確認するとようやく一息をつけた。


 王宮へと戻り式典の終了を見届けると、間をおかずにエリアスと共に国王への謁見だ。この三日間での事の次第を伝え、ラザル伯爵家に対する処罰の最終確認をする。

 そうして、エリアスと近衛騎士、セシルと数名の魔導騎士団員で邸に戻ったばかりのラザル伯爵夫妻と息子を捕縛し、証拠品の押収を完遂した。


 聖石の髪飾り以外にも花を食す小鳥が入った鳥籠とその鳥を操る音を鳴らす魔法道具があり、リディアの証言と一致していた。

 ラティラーク王国では魔法道具は知れ渡っていないが、エリアスの留学先である神聖国では開発が進んでいる。

 それが魔導騎士団の欠点と捉えられていたのなら随分と舐められたものだ。



 全ての物的証拠を集めた上で、王都に集まった貴族の元へと王太子の名で緊急招集のお触れを出したのがその翌日のこと。

 明日の議会でラザル伯爵の罪状を言い渡す手筈になっていて、そのための必要書類を一通り作成し終えたのが今だ。



 夜更けに到着したばかりのルイスの元へと魔導騎士団棟の団長室にセシルが赴くと、ルイスが憔悴した音を吐き出す。


「今まで抱えていた問題が最悪な形でまとまってしまったな……」


 ルイスが眉間に皺を寄せた苦々しい顔をしながら瞼を閉じて天を仰ぐ。セシルも同様に、若くして命を落とすこととなった仲間を悼んだ。




◇◇◇



 時は少し遡り、リディアが祈祷師になる数か月前の話だ。

 退任した魔導騎士一名の足取りがつかめなくなったことが発覚した。


 魔導騎士は退任後も定期的に連絡を取り合い、状況把握を行っている。

 それは人手が足りない緊急事態や祈祷師に関する件での協力要請をするためでもあるし、情報を秘匿する魔術を施されている者にその立場を忘れさせない手段でもある。


 とはいえ、定期的といっても半年に一、二度連絡を取り合う程度。

 三年前に退任して王都から離れた地で新たな生活を歩んでいる者だったが、筆まめな男だった。結婚して子を授かった、子は順調に成長している、営んでいる農園では味の良い作物が実っているのだと新たな家庭で幸せに暮らしている日々が毎度綴られていた。


 しかし、前回文を受け取ってから半年経過しているのに新たな連絡が来なかったのだ。

 ただ単に何かしらの事情で時間が取れないだけかもしれない。けれど、彼ならば合間をぬって一報を遣すのではないかとひっかかり、遠方巡回で彼の住む地を通りかかる際に様子を確認させることにした。

 そうして彼の元に行くと憔悴した奥方が現われ、当の本人は行方知れずなのだと言う。

 なんの予兆もなく、突然消え去ったのだと。領地内を探し回っても誰も彼の姿を見ておらず、領主に掛け合って捜索してもらうも手掛かりが掴めなかったのだと。


 それ以降、魔導騎士団員と元魔導騎士には水面下での情報収集と周囲への警戒を呼び掛けていたが、今の今まで進展することはなかった。


 この国に追跡魔法なんてものはない。そもそも、口外を秘匿する魔術自体が禁術で、術者にも副作用が現われるほどに危険な代物だ。

 それが、まさかラザル伯爵に掴まり、秘匿されている情報を無理矢理言わされて命を落としていたとは――


 大方、家族の命を手に掛けると脅して必要な情報を手に入れたのだろう。

 しかし、彼が住んでいた地とラザル伯爵領の距離は離れているし、任務上での接点も全くなかった。

 何故彼にいきついたのかもラザル伯爵に問わなければならないな、と他に必要となる処理を考えていく。



 加えて、リディアがイグレス領でハリソンから言われたという王立学院での噂――


 ラザル伯爵には丁度、王立学院に通う息子マウノがいる。

 イグレス領での事件後にルイスが水面下で調査したところ、噂が大きく触れ回っていたわけではなかった。

 王立学院は爵位を継ぐべき貴族令息が学ぶ場だ。誰も知りえない祈祷師に係る情報をラザル伯爵令息が声を大にして言えば、根拠を問われることは間違いない。

 そうなるとラザル伯爵の悪事がバレるのは時間の問題であるため、『噂』程度で(おさ)まっていたのだろう。



 よくもまあ、やってくれたものだ。


 リディアは()()()()()()()()の違和感に気づき始めている。


 そして何より、リディアが知らない秘密をブルーナ・ラザルは知っている。

 そんな彼女が明後日には王宮へ到着してしまうのだ。


 ブルーナの護衛についている魔導騎士からの便りによると、毎晩泣いては宿から出ようとしないらしい。幸いにも気の置ける侍女がいることでなんとか馬車には乗るようだが、「祈祷師にはならない」という言葉以外は一切口を開こうとしないとのことだった。


 祈祷師になる気がないのなら構わない。

 しかし、ラザル伯爵家と関わった者の罪を公表する際にはブルーナ・ラザルが聖霊の加護を与えられたという真実を明るみにしなければならない。


 となると、彼女にはこの国で生きていく術がなくなるのだ。

 祈祷師にならないにしろ当分の間は魔導騎士団で保護するほかない。


 そんな危うい立ち位置にいるブルーナにリディアが手を差し出さないなんてことがあるだろうか。


 今後の数週間リディアは王都の巡回任務に当たる。

 本来は遠方巡回となるカロリナも、事後処理による魔導騎士団員の人手不足やリディアが得た各領地の情報を元に巡回先の優先順位を決めることになるので、当分は王都に滞在する。


 なにより、セシルはルイスとともに公表する表と内密に処理する裏の事案を早期に収束させなければならない。

 当分の間はリディアと別行動になることが決まっていた。



 その間に不幸へと近づく選択を自ら選ぶのだろうか。


 祈祷師に渦巻く淀みを知らないままでいれたら、幸福でいられるだろうに。

 その為の魔導騎士でもあるのに。


 けれど、リディアは知ることを望んでやまない。

 その欲を幾らセシルが余所へと逸らそうとしても、リディアは僅かな綻びを見逃さないのだ。




 ――どの道、守るなんて出来やしない。


 そんなことわかっていた。

 三年前のあの日から既に理解していた。

 けれど、今度こそはと。彼女という存在を知れば知るほど願ってしまうのだ。


 もう、聖霊に対して祈ることはないと誓っていたのに。

 イグレス領でのあの夜を皮切りに、聖霊の加護だなんて重い呪縛から解放してくれと、憎々しい当の聖霊に願ってしまうのだ。

 ただ魔術が使えるだけのちっぽけな人間には手も足も出せない領域なのだから。身分も金も知識も技量も、どれも意味を成さない事なのだから。

 情けなくも、当本人にやめてくれと願うことしか出来ない。


(それでも、君には期待をしてしまうんだ)


 他でもないセシル自身によって恐怖心を植え込まれて震えていた。

 祈りの力をもってしてもどうにもならないことを後悔しては泣いていた。

 悪意ある眼差しに青褪めては身を固くしていた。


 痛みに鈍いのではない。どちらかというと共感が強すぎて、余計な傷を背負っているようにも見える。

 それでも憧れを追い求めて、前へと進む。

 そんなリディアの姿を片時も離れずに見続けてきた。


 期待をしないほうがおかしい。好感を持たずにいることのほうが難しい。


 下された制約と後悔。期待と慾。

 複雑な状況と感情が混ざり合い、今後どうすべきか、どうしたいのかさえもセシルにはわからなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ