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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
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◇2-2:憧れの行方




 その後聞いた計画によると、祈祷師の拝命式は今期の社交シーズンが終わる約一月後。


 王都にある伯爵邸を出発し、領地に向かう途中の宿屋で一泊する際に、殿下が手配した者と入れ替わる。王都に引き返した後はすぐに早朝の大聖堂で拝命式を行うこととなった。


 リディアと入れ替わった人物は伯爵家の馬車でクロズリー領に到着次第姿を眩ますが、リディアを知る使用人や交流のある貴族へは、“伯爵令嬢リディア・クロズリーは海外留学に行く”という話で合わせることにしたようだ。

 なんでも、父であるクロズリー伯爵からの申し出らしい。



「それでは、次にお会いするのは拝命式ですね」


「よろしく頼むよ。私は帰る前にオーナーと話してくるから、少しの間こいつの話し相手になってくれないか」


 こいつといって指を差すのはすぐ後ろに控える近衛騎士だ。


「ですが、殿下が……」


「安心して。もう一人騎士がいるからね」



 ひらりと手を振ってリディアの横を通り過ぎるエリアスに一礼をして見送る。


 下げていた視界の中で「ああ、もう一つ確認したいことがあったんだ」と聞こえた声に姿勢を戻すと、ぶつかってしまうほど近くエリアスが立っていた。

 驚きのあまり、姿勢をそり過ぎて仰反りそうになる。


「で、殿下!?」


 慌てながら距離を取ろうと一歩後ろへ後退りするが、腰を抱かれて顔を近づけられた。吐息がかかる至近距離に一瞬で顔が火照る。思わず顔を背けると横髪をさらりと耳にかけられ、さらに熱が篭っていく。




「このピアスは誰かからの贈り物?」


「……え、ピアス?」



 耳に寄せられた唇から吐息が直にかかる。


 先日にもリディアは同じ目に合っていた。

 見目麗しい彼らにこんなことをされて嫌がる女性はいないだろうが、こちらの身にもなってほしいと叫びたい。婚約者のいない結婚適齢期の女性が美しい美貌の男性に顔を寄せられて平常心でいられるわけがない。


 こんな状況では思考回路が上手く回らない。



「そう。以前踊った時に少し気になってね」


「ええと、幼い頃にお会いした祈祷師様から受けとった……らしいです。記憶が断片的にしか覚えていなくて、周りの者から聞いた話ですが」


「何歳のときか覚えてる?」


「七歳の頃だったと聞いています」


「片耳だけ? これは常に付けてるの? 外したことは?」


「ええと、そうですね。一つだけ。控えめなデザインなので、入浴する時以外は大抵身につけています」


 突然の質問の嵐に気後れしながらも、求められている答えを一つ一つ正確に伝えていく。


「そう……教えてくれてありがとう」


 話が終わったようだとほっと胸をなでおろすと、耳たぶにヒヤリとした感触があった。

 それがエリアスの指だと気づいた時には、既にリップ音が響いた後だった。




(え……今、キスした?)


 耳ではなく、ピアスにだ。



 同時に何かを呟いていたような気がしたが、リディアには聞き取れるほどの心の余裕はなかった。


 身を翻して再度ひらりと手を振り、壁と同化した隠し扉から現れた近衛騎士とともに去っていく姿を呆然と見送る。



「一体なんだったの……」


「すみません、殿下には後で注意しておきます」


 口から漏れた言葉は、室内に留まったもう一人の近衛騎士には聞こえていて。



「……久しぶりね。また会えて嬉しいわ、レナード」


(すっかり忘れてたわ、あんな所を見られるなんて)


 火照った熱を手の甲で冷やしながら、エリアスの近衛騎士へと向き直る。




「お会いできて光栄です。お美しくなられましたね」



 特徴的な垂れ目がふにゃりと細まる。 


 クロズリー領の騎士養成所で実力を身につけクロズリー伯爵に腕を買われたレナードは、幼かったリディアの護衛を任された騎士でもあった。

 魔導騎士団に入団してからは一度も会っていなかったが、妹を見守るような優しい垂れた目と物腰柔らかな仕草は昔から何も変わらなくて、自然と頬が緩む。



「あなたも、近衛騎士になって殿下とともに留学したと聞いた時はとても驚いたのよ」


「私自身も驚いています。クロズリー伯爵からお声がかかるまでは、どこかの領地で雇ってもらえるだけで幸運だと思っていましたから」


「あら? 私にはその方が驚きだわ。伯爵家の騎士の中でも群を抜いて優秀だったもの」



 久しぶりの再会に幼い頃の日々を懐かしみ、昔話に花が咲く。気づいた時には既に日が暮れ、窓の外は暗くなり始めていた。


(せっかくの時間が昔話で終わってしまうところだったわ)


 近衛騎士となったレナードとこうして話せるのは、ひとえにエリアスの好意のおかげだ。

 人の目を気にせず二人きりで話せる機会が今後あるかどうかもわからないのだから、この場で聞いておきたいことがリディアにはあった。




「あの時の祈祷師様には会えた?」



 リディアが祈祷師に会ったのは一度きりだ。


 当時リディアの側にはレナードがいて、そして祈祷師の後を追うように魔導騎士団へと入団していった。

 レナードに懐いていたリディアには、自分を置いて遠くに行く決断をしたことが悲しかった。それと同時に、望めば祈祷師の元へ行ける実力が備わっていることへの誇らしさと羨望もあった。


「ええ」


 頷いたレナードは慈愛に満ちていて、それでいて、どこか陰りのある表情でもある。


 ざわざわと胸の奥から不安が押し寄せる。


 聞いたら困らせるかもしれない。

 けれど、膨れ上がる疑惑とレナードならという期待が重なって口から飛び出す。


「私も会えるかしら?」


 案の定、口を引き結び、困惑したレナードが目に映る。



 ずっと再会を楽しみにしていた。

 待ち望んでいた日が偶々今日だった。

 決してそんな顔を見たかったわけじゃない。困らせたくなんてなかったのに。



 それでも知りたい、知らなきゃいけない。

 そんな気がした。




「……三年程前に聖女様の元へ還られました」




 祈祷師は民を幸福へと導くという役目を果たした後、聖女の元へと還る。


 つまりは、亡くなったということだ。




「そうなのね。どのような形で役目を終えられたのかしら? なにか知っている?」



「リディア様、一つ念頭に置いていただきたいことがあります。祈祷師に直接関わる者は情報の秘匿のために、その身に魔術を刻んでいます。定められた範囲の情報を定められた者以外に口外するとその身を滅ぼすように。口外することができるのは王族と一部の認められた者のみです」


 それは、既に決められた言葉を幼子に読み聞かせるように、すらすらと、けれど芯をもって紡がれたものだった。

 前置きされた通りに、レナードから発せられた言葉の数々を一言一句聞き逃すまいと頭に叩き込む。



「ですが、これは祈祷師様の為でもあるのです。祈祷師様には何ものにも囚われることなく、ご自身の理想のとおりに行動してほしいのです。それは祈祷師たる所以の祈りの力の発動にも影響があります。そして、そんな祈祷師様を悪意を持つ何者からも守りきることが魔導騎士団の役目です」




 訪れたのは僅かな沈黙。



 言葉の数々を溜め込んで、繰り返し脳内で再生して、その意味を理解する。

 そうすることで漸く合点がいった。


「レナード、教えてくれてありがとう。不思議だったのよ、口さがない社交界の間でも祈祷師に関連することは全くと言っていいほどなかったもの。……魔術で情報の流出を防いでいたのね」



 レナードはもう魔導騎士団ではないし、リディアもまだ祈祷師ではない。



 となると、“定められた範囲”というものは殆どの情報が当て嵌まるのではないだろうか。


(そう考えると、今までの何気ない会話だけでもどのような言葉を選ぶか慎重になりつつ、私が望む返答をくれていたのよね)



 それがわかってしまえば、長々と引き留めるべきではない。


 目の前にいるレナードはどんなに面影が残っていようとも、もうリディアの騎士ではないのだから。



「昔、あなたと一緒に宵の森に行きたいと言って困らせたわよね。一緒にってところは叶わないのが残念だけど、とても楽しみなのよ」


 話を切り替えて微笑んだリディアに対してレナードも微笑み返してくれたことに、心の中でほっと一息を吐く。




 エリアスが去っていった隠し通路へと消えていく後ろ姿をぼんやりと見つめながら、リディアは先ほどまでの会話を再び振り返っていた。



 レナードは真剣な目をしながら平気で嘘をつける人間ではない。長年離れていたのだから今の彼を知る術はないが、それだけは断言ができる。


 けれど、本当に魔術による制約があるのなら、あれは一体なんだったのか。


 あの忠告はどう考えてもおかしい。




 リディアはあの時も今もまだ、ただの一般人だ。

 話せる内容なんて殆どないはず。



(ということは、あれは単に私が祈祷師を断るよう促す為の嘘? それとも……)




 ――その身を滅ぼしてでも伝えたいことだったのか。



 その考えにはすぐ様頭を振る。


(あり得ないわ。私と彼は初対面で一切関わりがないもの。これがお父様からだったなら少しは信じるけれど……)


 祝賀会の翌日、父に話した際の態度を思い出そうと記憶を遡る。驚きとともに何かを思案したような珍しい様子を一瞬見せたが、それ以外は祈祷師になるというリディアの決断を後押ししていた。



 身内でさえ話さないことを、全く面識のない男が体を張ってまで伝えようとしただなんて、とんだ妄想話だ。



(よっぽど私が祈祷師になることに困る事情があったのね)


 かといって、祈祷師が増えることは国にとっても良いだろうに、なぜ面識のない男にそこまで言われなければならないのか。



 リディアには思い当たる節が全くなかったが、祈祷師になればわかることも多いだろうと、これ以上思い悩むのは止めにした。






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