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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
59/96

◇14-6:塗り固めた幸福



 最終日は祈祷師と貴族との交流を目的とした華やかな式典とは趣が異なり、国の繁栄を願う儀式である。

 その分開催時間は極僅かで、夜明けのほんの一時だ。

 そして今日に限っては貴族のみでなく平民の参加も認めている。


「ラティラーク王国が今も尚、戦争の兆しがなく、大災害にも見舞われずに平和で在れるのは聖女ラティラーシアと聖霊王が国を守り続けているためである」


 蔓延る空気の重量が変わる。

 ずしりと深く、威厳のある声量をのびのびと響き渡らせるのは、王宮の広大な前庭や王都の街並みを展望できる大聖堂の屋上から演説をするラティラーク王国の国王である。


 そして、その隣にはリディア、カロリナ、フィリスが祈祷師のローブを身に纏った正装で並んでいた。



「各地を巡回する我が国の祈祷師が一所に集まることはこれまでなかったが、今日、この時のために三名もの祈祷師がこうして王都に結集してくれた。私はこの国の未来永劫続く平和と更なる発展を願っておる。志を同じくする我が国の祈祷師方が私の祈りを聖霊の元へと必ずや届けてくれることだろう。皆も私と共に祈り、そして祈りが聞き届けられる時を見届けてほしい」


 国王が掲げた手を合図にして、大聖堂をぐるりと囲む園路や連なる庭園に所狭しと密集している群集がワッと拍手喝采を上げる。

 その様子を高い位置から見下ろすのはなかなかに圧巻だ。


 国王が一歩足をずらす。

 併せて、リディアとは反対側に並んで立っていた王妃とエリアスも立ち位置を変え、その三人に向かい合うようにしてリディアとカロリナ、そしてフィリスが並ぶ。


 隅に控えていた司教が杖をコンコン、と二度響かせ、再び注目を集めた。


「――静粛に。これより、祈祷師様が祝詞を唱えられます。お集まりいただいた皆様も、心の中で反芻し、ともに祈られますことを心より願います」



 束の間、静寂が訪れる。

 

 コクリと呼吸とともに緊張を飲み込む。

 大聖堂で、そして王族の目の前で祈るのは二度目である。


 一度目は自身の聖霊に呼びかけた。ラティラーク王国の祈祷師になりたいのだと。


 当時はこんな日がくるだなんて思ってもいなかった。

 押し寄せる群衆の先で、ラティラーク王国を治める国王の祈りを願うだなんて。


(――不思議だわ。失敗するなんて、微塵も思えない)


 リディア達の足元には魔紋が描かれている。

 聖石を磨り潰して塗料にした、淡い紫の線でできたものだ。

 二つの正方形を角度を変えて重ね合わせた、花弁八つのクレマチスを表す魔紋。その花弁の先端に国を治める王族と、聖霊信仰の象徴である祈祷師が立っている。


 魔紋の中央へ手を伸ばして重ね合わせる。


 規模は異なるが事前に試した時には上手く発動した。

 そして今回はリディア一人ではない。


 国を統べる国王と王妃、そして王太子がいる。

 国内の領地を治める貴族がいる。

 国を支え続ける国民も大勢いる。


 なにより、カロリナとフィリス、聖霊の加護を持つ二人の祈祷師がいる。

 同じ『祈祷師』でも、ものの捉え方は違う。そして、心から祈れない望みもあることを身に染みて知っている。



 ――私達は聖女様の意志を継ぐ者として、お互いに補い合うの。それが祈祷師なのよ



 以前カロリナから伝え聞いた憧れの祈祷師の言葉がリディアの脳裏に蘇る。


(私達は三人揃ってこの国の祈祷師だもの。この国の平和の象徴なのだから、必ず上手くいくわ)


 特段、仲が良いわけではない。そもそも顔を合わせる機会が限られているのだから仲が縮まるきっかけもない。同じ祈祷師という立場でありながら知人とも言えない存在かもしれない。

 けれど、苦しむ者を救いたいという志は同じだ。だからこそ祈りの力を使い、祈祷師として居続けられていられるのだから。それだけで信頼になる。


 僅かに首を回して隣に立つフィリスへ、そしてカロリナへと視線を向ける。

 こくりと小さな頷きが返ってきたことを見届けると、瞼を閉じて大きく息を吸った。


「聖女ラティラーシア様の御心が、夜明けを彩る星々とともにラティラーク王国を守り」


 リディアが発した祝詞の続きを、淀みなく繋げるのはフィリスだ。


「国民に健やかなる生涯を与え」


 そして、カロリナがたおやかに紡いでいく。


「更なる繁栄へとお導きくださることをここに祈ります」



 一拍、静寂の中で息を吸う。


 王都に祈祷師が集まったのは二日前。

 既にリディアは夜明けに開催される式典に向けて生活リズムを変えていた。カロリナとフィリスに至っては、朝から夕方まで王都の聖堂を巡回し、賑わう民の注目の的になってもらっていた。

 そのため、振り分けた台詞を読み合わせる時間は限られていて、その中で何度繰り返してもぴったりと息が揃うことはなかった。


 それなのに、今はまるで一人が紡いだように流暢で、息を吸う呼吸音すら一粒のズレもない。


 希望をのせて、言葉を紡ぐ。

 この国の誰もが祈る言の葉を――



「「「エクラシア・フィデラーレ」」」



 聖石を使用して描かれた足元の魔紋が淡い輝きを放つ。

 繋がる蔦模様の線から大聖堂の壁を這い、大聖堂をぐるりと囲む園路、そして更にその周辺にある庭園に描かれた線へと波のように淡い紫の光が広がりを見せる。


 描かれていた線が全て淡く発光すると、大聖堂の上空に光が集まってできた魔紋が浮かび上がった。


 登り始めた陽によって橙が侵食して明るみ始めているが、まだ空は深く濃い夜の色だ。

 星の瞬きもはっきりと見える。


 そんな中で煌々と浮かぶ魔紋は、この場に入りきらずに遠くで見守っている多くの民にも見えるだろう。


 空を見上げて息を呑む。

 高揚する間もなく霧散したそれは、暖かな淡い光の粒となって、空を見上げる人々の元へとはらはら降り注ぐ。



 物音ひとつしない静寂。


 凪ぐ風が空気を揺らす音すら聴こえないほど、しんと静まる夜明けの静寂。

 ラティラーク王国を支える多くの者がこの場に集まっているとは思えない程、誰一人として声を上げることがない。


 そんな、息の合った静けさだ。



「奇跡のような今日という日の始まりを我が国民とともに見届けられたことは、私にとってこの上ない幸福である」


 そんな静寂に寄り添った深く沈み込む声音を紡ぐのは、ラティラーク王国の国王である。 


「今日、この一時が、これからの未来を生きる我々ラティラーク王国の民を照らしてくれることだろう。我が祖先、聖女ラティラーシアの御心が夜明けを彩る星々とともに我らを見守られていることを証して――。エクラシア・フィデラーレ。我が国の平和の象徴、祈祷師方に感謝を!」



 小さな呼吸から感嘆へと変わって、微かに瞬きだす拍手の音。

 それは少し前の歓声とは異なる、ゆっくりと増していく感際立った色めきだった。


 真っ白な花弁のクレマチスが宙を舞う。

 舞い落ちる淡い光に合わせて、ラティラーク王国の国花をゆらゆらと降らしているのは、風魔術の使い手である魔導騎士だ。貴重な魔術を魔獣討伐以外で使用することは滅多にないことだが、この日ばかりは許されるだろう。



 ほうっと溜息を吐く。


(私は今、幸せだわ。きっと、誰よりも――)


 ラティラーク王国の祈祷師になる。 

 それはリディアにとって憧れであり、義務でもあった。


 為さねばならないことだった。

 それが貴族令嬢として生かし続けてくれた領民への恩返しに繋がるから。

 この国をより良くすることが、クロズリー領を守ることにもなるのだと信じて。


 まだ道半ば。

 最終的な目的地なんてものはなくて、たった一歩前に進めたに過ぎないけれど、自分自身の在り方を変えた大きな契機である。



 大聖堂の中へと繋がる内階段を降りると、正装を纏って髪を一括りにした魔導騎士団副団長が壁に預けていた背を離した。


「お疲れ」


 お得意の嫌味も誉め言葉もないたった四文字の一言は、リディアに安らぎを与えてくれる言の葉だ。


(やっと、終わったのね)


 魔導騎士団にとっては事後処理が残っている。一息を吐けるのは、まだ少し後だろう。

 けれど、リディアが祈祷師として為すべき三度の式典はラティラーク王国にとって大きな成果を残して終わりを迎えたのだった。






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