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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
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◇14-4:花舞う宴



 翌日も有難いことに、雲一つないすっきりとした夜だった。

 徐々に橙が混じりだす紫を帯びた夜空の下で、落ちかけてきた月と彩を添えて瞬く星々がリディアが纏うドレスを照らす。


 一日目は終始、今後の遠方巡回の指針とするために祈祷師が各領地の様子を伺う社交の場であった。

 二日目となる今日は貴族へ向けた催しということもあり、華やかな舞踏会である。


 普段は顔の横でゆるく編み込んでいた髪は、王妃の身なりを世話しているという熟練の侍女の手により上品に結い上げられ、随所に聖石を重ね合わせてつくられたクレマチスの花飾りを挿している。


 ラインを綺麗に見せる裾広がりの真っ白なドレスの上には、紫紺と淡い紫の濃淡がそれぞれ施された透明感のある生地が幾層にも重なっている。小さな聖石が散りばめられているので、裾が揺れる度にささやかに輝いていた。



 半円状の大聖堂をぐるりと囲むように広がる園路には、今はしっとりとした優雅なワルツの音色で溢れている。

 等間隔を空けて男女のペアがステップを踏む。曲調が変わると、女性がふわりとドレスの裾を夜風とともに揺らしながら、隣で踊っていた男性の元へと舞い込む。

 そうしてパートナーを変えながら、数多くの参加者と舞踏を楽しむのだ。

 踊り疲れたら途中で抜ける。そして、他者へと場を譲る。


 人の入れ替わりは激しいが、主役であるリディアと王太子のエリアス、そして滅多に社交の場に現れないセシルは、音楽が流れ始めてからはひたすらに踊り続けていた。



 リディアが最初に踊ったエリアスの元へと戻り、慣れた足取りでステップを踏むと、上から声がかかる。


「良い報告はあるかい?」

「いえ……。ですが、その内には」

「というと?」

「ご一緒できていないのですが、度々視線は感じるので」


 誰からの視線かは勿論ラザル伯爵である。


 舞踏中は普段付きっきりの護衛の声も手も届かない。

 一見、衆人監視の中で安全に思えるが、その実、左右で踊っている男女と立ち位置が交差するステップもあるため、注視していても視界に映らなくなる瞬間はあるのだ。


 招待した貴族を信頼していることを一目で解らせるため、祈祷師に付き添う魔導騎士はエスコート役のセシルのみにしている。他は門前や大聖堂の周囲を待機している数名で、貴族への警戒ではなく、不審者を取り締まるための警備という姿勢を明らかにしていた。

 そして、唯一の盾となるセシルは、多くの令嬢のダンスパートナーで舞踏の場を離れることはままならない。


 つまりは、祈祷師に対して個人的なお願いをしたり、何かを企むとしたら今が絶好の機会で、そうなるようにセッティングした場なのだ。



 だというのに、肝心のラザル伯爵は舞踏の輪に入ってこない。

 息子のマウノとは踊る機会があったが、たわいもない雑談で悪意は感じなかった。


 手を出してこない可能性も考えてはいたが、どうやらそうではないのだ。


 パートナーを変えてくるくると踊っている最中、度々視線を感じてはその姿を視界の端に捉えた。

 大聖堂を囲うようにつくられた半円状の園路を、立ち位置を変えて踊っていたリディアが何度も視界に捉えるのは少々不自然だ。ラザル伯爵もリディアの進む方向に合わせて移動し続けていたことになるのだから。


 ワルツを楽しむ者は中央に連なっているが、他の面々は大聖堂で軽食や酒を嗜んだり、水路と花壇が織りなす色鮮やかな庭園を散策したりと様々だ。それなのに、舞踏を楽しむ者で溢れる園路に長い時間立ち居座り、祈祷師を観察している。


 目的が叶う絶好の機会を見定めているのだと予想はできても、どのような状況を望んでいるのかが判断できないため、舞踏を続けるべきか悩みどころだ。



「では、私と一旦抜けよう。そうすればエスコートは私でいいからね」


 リディアが次に踊る男性はセシルだ。

 休憩を取るのであれば当然のようにエスコート役のセシルとともにと思っていたが、そうなると魔導騎士が祈祷師の側につくことになる。

 それをラザル伯爵は望まないだろうし、その後に舞踏中でもない祈祷師の側をセシルが離れるのも少々不自然だ。


 しかし、エリアスであれば話は変わる。祈祷師と王太子が揃っていれば、挨拶をしてくる貴族は大勢いる。適当な理由をつけて別行動に持ち込むなどエリアスにとっては容易だろう。


(うん、いいかも)


 既にラザル伯爵邸に潜入していた密偵から確実たる証拠を掴んだとの連絡を受けている。

 そして、黒幕を王都に滞在させる目的も果たしている。

 この場でリディアに手を出してこなくとも、魔導騎士団長率いる主力部隊が主人不在の伯爵邸を制圧するという第一目標は達成できていることだろう。


 けれど、多くの人の手を借りて準備したのだ。

 折角なのだからもう一つ結果がほしい。


 にっこりと微笑んで了承を伝える。

 そうして、奏でられるワルツの曲調が変わったタイミングに合わせて、エリアスとともに舞踏の輪を抜けたのだった。





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