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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
55/96

◇14-2:幻の所在




「このような場でご挨拶できること光栄にございます。私はヘルゲン・ラザルと申します。こちらは妻のミレーヌと息子のマウノです」


「お初にお目にかかります、祈祷師様。お会いできて光栄ですわ」


「ご招待に感謝いたします、祈祷師様」


「突然の案内にも関わらず、こうして御出席していただけたこと心から感謝いたしますわ。ラザル伯爵、伯爵夫人。そしてマウノ様もご学業で忙しい中来ていただけて嬉しいわ」


 にこにこと微笑む夫妻と整った礼をする令息にリディアも微笑み返して、用意されているソファに腰掛けるよう声をかける。

 既に陽が登り始めている。ラザル伯爵への祈りを終えれば、式典の締めくくりに移るもしれない。


「ラザル伯爵夫妻にはご息女もいらっしゃると聞いていたのだけれど、ご一緒ではないのね」


「娘はそれはもう楽しみにしていたのですが、お恥ずかしい話、領地を立つ直前で足を挫いてしまいまして」


「まあ、その状態で王都まで来るのは大変だものね。痛みは酷いのかしら」


「祈祷師様が御心を寄せるほどではございませんので、ご心配なさらずに」



 気立ての良い笑みを浮かべるラザル伯爵を、目元を覆う薄布越しに観察する。


(なんだか、娘の怪我を煩う気配が見られないような)


 王都からラザル領までは急がなくとも五日あれば十分な位置にある。

 主要交通路を有するヒューゲル領と隣接する領地のため街道はどこも丁寧に整備されているが、馬車旅は常に揺れが伴う。痛みが生じるのなら邸で安静にする選択が妥当だ。


 たとえ前例のない催しが王都で開かれるといっても、次期後継者ではない令嬢なのだから無理をしなくていいと判断したことは不思議ではない。

 けれど、怪我の具合を案じる必要のないほどの軽症だとしたら果たして領地に残るだろうか。

 それに、式典は三度開催される。例え今日参加できずとも、楽しみにしていたのなら最終日の参加を望みはしないか。


 今日この場でなければ、きっと気にはしなかった。

 ――そんな些細な引っ掛かりだ。


「状態によっては癖になりやすいと聞くわ。ご令嬢の年頃ならダンスのレッスンもあるでしょうし、ラザル領なら立ち寄りやすいから、次の遠方巡回の際にお会いして快復を祈らせてもらえないかしら」


 お伺いという形で心配を全面に押し出して尋ねる。

 普通に考えれば断る理由はない。祈祷師が訪れるというのはそれだけで街の活気が勢いづくため、領地経営の面においても利点が多いのだ。


 しかし、やはりというべきか。

 即答された返事はそうではなかった。


「祈祷師様にこれ程まで案じていただけるなんて有難き幸せです。ですが、娘には専属医をつけていますので貴重なお時間を割いて頂くほどではございません」


 丁寧な断り文句を連ねるラザル伯爵は表情を変えつつも、既に決まっている言葉をなぞるように淡々としている。


「領地に戻りましたら祈祷師様のお優しいお言葉を娘にも伝えさせていただきます」


(きっと、この人が黒幕なのだわ)


 すっと冷えていく感情とは別に、心配を残しつつも安堵した笑みを浮かべて祈祷師らしく心優しい言葉を落としていく。


「そうなのね。万が一ご容態が変わった時にはいつでも連絡をくださいね。ご令嬢の一日も早い快復をお祈りしていますわ」



 黒幕と思しき人物をリディアは聞いていない。

 事前に知るのは時として行動に現れてしまうものだ。それが良い時もあれば悪い方向に働く場合もある。

 そのため、リディア自身が知りすぎない方が祈祷師として振舞えると判断し、知っておくべき情報を厳選して教えてもらうようセシルに頼んでいた。


 そして、この場に祈祷師として立つ直前にセシルからもたらされた指示がある。

 順々に集まっていた貴族のリストに目を通した後に「バーレン侯爵家の二女、オレーク伯爵夫人、ラザル伯爵家の娘が不参加のため、機会があれば理由を聞くように」と言われたのだ。


 貴族に招待状を送る際、社交界デビューを控えている令息令嬢であっても次代を担う者として是非参加してほしいと一文を入れてある。それが主催である祈祷師の望みなのだから、総出で参席する貴族が大半だ。欠席している者がいれば当然目立つ。

 そして、名を挙げたということは、その内の誰かが聖霊の加護がある者の可能性が高いということだった。



◇◇◇



 幻の薬(レヴェリア)が祈りの力によるものだと知った時から疑問を抱いていた。

 なぜ力の効果が薬に現われるのかと、聖霊の加護がある者がどのような人物なのかを。


 この式典を開催すると決めてから今日までの間、エリアス直々に招いてもらった教師から学んでいただけではなく、幻の薬(レヴェリア)を造り出す実験をリディアは手伝っていた。

 調薬前の薬師に祈り、調薬中の薬師に祈り、調薬後の薬師に祈った。

 複数人の薬師と共に試してみたが効果は得られず、折角の実験だからと調薬前の薬草にも念じてみたが魔紋が光を放つことはなかった。


 カロリナとフィリスにも薬師への祈りをしてもらったが、どちらも残念な結果で終わったらしい。

 その結果を引き連れてエリアスがリディアの元へと訪れた時、こう質問を投げ掛けられたのだ。


 ――貴女は幻の薬(レヴェリア)がこの世に必要だと思うかい? と。



 最初はどういうことかと思った。エリアスの意図が何を指しているのか分からなかったのだ。

 そして、その問いかけに即答することができなかった。


 それが何よりの答えだった。


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