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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
54/96

◇14-1:幕引きを招く





 闇に更け込んだ深夜にもかかわらず泥酔した多くの者が集まる酒場では、ある一つの話題で持ちきりだった。


「なあなあ、お前さん旅人か? 今日の良き日にわざわざやってきたのかい?」


 旅装に身を包んだ青年がふらりと立ち寄ちより料理と酒を注文すると、隣で飲んだくれていた男がフランクにその話題を持ち出す。


「今日の良き日?」


 青年がそう返すと、泥酔した男は「なんだ、知らねぇで来たのかい」と大げさに驚いてから、嬉々として声高らかに話し出した。


「ここ最近、王都は多くの貴族で溢れてるんだがな。なんでも、祈祷師様が国の安寧と各領地の繁栄を祈るために呼び出したらしいぜぇ」


 ぐいっと勢いよく飲み干したグラスをテーブルへと置いた男は、これまでの勢いが嘘のようにしみじみと店内を見渡す。


「普段は俺たち下々の者に会いに来てくださるが、根本的な問題に目を向けてくれているってことだろう? お貴族様方も、これを機に祈祷師様の御心を見習ってほしいよなぁ」


「それが今日なの?」


 同じように店内を見渡した青年は「そういうことか」と満足げに頷きながら問う。

 深夜だというのに人々の賑わいで活気づく王都に、これではどの宿でも眠れないのではないかと内心辟易していたのだが、特別な事情があったのであれば話は別だ。



「そうさ! 今日以降、夜明けの星が見える時間に三度開催されるんだとよ。建国聖話になぞらえてな! こればっかりはその日の天気次第なもんで、国中のお貴族様が今日に間に合うよう大慌てさ。まあ雨雲も見えねぇ快晴だったから、祈祷師様は天をも味方につけてるんだろうよ」


「夜明けの式典か……私もせっかくここまで来たんから、その『祈祷師様』に一目お逢いしたいんだけどな。どうやら無理そうだ」


 湧きあがった興味からの落胆を隠さずに青年が溜息を吐くと、落ちた肩をバシバシと男が叩く。


「そんなことないぞ! 祈祷師様はお天道さんが昇ってる間は聖堂の巡回をするんだと。それに最終日には俺ら下々の者にも貴重な機会をくださった。お前も運が良ければお会いできるだろうよ」


 そうして豪快に笑っては新たに追加された酒を煽る男を横目に、青年は出された食事へと手を伸ばした。



◇◇◇


「……申し訳ないけれど、もうやめておくわ」


 魔導騎士団棟の食堂には所狭しと湯気のたつ料理が並べられている。

 式典が開催されてしまえば食事をする時間もない者がでてくることから、食べれる時に食べておくものだと料理長が腕によりをかけて準備をしたのだ。


 好きな量を自由にとっていくよう用意されていたため、取り皿に少量だけ盛りつけたつもりだったのだが、リディアの胃はそれすらも受け付けたがらなかった。


「まだ何も食べてないじゃないですか!? 少しでも食べておかないと倒れてしまいますよ」


 そう言うリオはリディアを心配しながらも大皿に山のように盛りつけた料理をばくばくと平らげていく。


「そうなのだけど、ね……。なんだか緊張しすぎて」


 食べたものを吐き出してしまいそうだ、とは口が裂けても言えない。

 食事中のリオにも、時間をかけて用意してくれた料理長や使用人にも申し訳ないし、そのような話をすることはマナーに反するとリディアは教え育っている。


 手にしていたナイフとフォークをテーブルに置くと辺りを眺める。


 普段は皆が寝静まって物音すらもしない深夜。

 しかし、今だけは年若い魔導騎士が大勢食事を摂っている。


 与えられた配置によって行動時間が異なるので自室で寝ている者もいる。そのため大騒ぎにはならないが、それでも魔導騎士がこうして一所(ひとところ)に集まることは滅多にない。

 久しぶりに顔を合わせる者達もいるようで、和気あいあいと食事をしている様子にほっとした。

 楽しそうに談笑できているということは気を休められている証拠だろう。


(私も皆を見習わないと。……幸いにも、私の役目は変わらない。場所と相手がいつもと少し違うだけだもの)


 リディアの役目は貴族を相手に注目を集めつつ、必要に応じて情報を聞き出すことだ。

 言うなれば、囮役である。


 それが他ならないリディア自身が望んだことであって、既に入念な準備を終えている。

 何も緊張する必要はないと胸の内で自分に言い聞かせた。


 あと数時間後には式典が始まる。

 運が良ければすぐに(かた)がつくかもしれない。

 しかし、思うように進まなければ、魔導騎士は睡眠もままならない緊迫した日々が続くだろう。


(セシルは、ちゃんと休息をとっているのかしら……)


 セシルとはもう何日も前から顔を合わせていない。それほどに副団長として為すべきことが山積みなのだ。

 けれど、今だけは人を小馬鹿にするいつもの態度で「何に緊張する必要があるんだ」と鼻で笑い飛ばしてほしかった。


 そんなセシルを想像してみると、思わず顔が緩む。


 何も緊張することはない。

 リディアの隣にはセシルがついているのだ。

 直接言葉を交わすことはなくとも、そばにいるだけでいい。それだけで自分に自信を持てる、怖気ずくことなく堂々と振舞えるのだろうと思えた。




◇◇◇


(たった数週間で随分と見違えたな)


 リディアの背後に控え護衛に徹するセシルは、目の前で繰り広げられる祈祷師と貴族の会話を記憶に留めながらも感心してしまった。


 貴族令嬢ということもあって元々の立ち居振る舞いは祈祷師として充分だったのだ。

 それを、こうも仕上げてきたとは――


「では、モラレス伯爵領では今、原因不明の病が徐々に広まっているのね?」


「そうなのです。我々も早々に調査を進めていましたが未だ原因が掴めず……。幸いにも症状は軽く、数週間安静にしていれば落ち着くので大事には至っていないのですが」


「それでも数週間身動きがとれないというのは領民の生活に大きな支障がでるでしょう。遠方巡回では早めにモラレス領に寄れるように、魔導騎士団に調整をお願いするわ」


「祈祷師様の御心に感謝いたします。領民も待ち望んでいることでしょう」


「けれど、ごめんなさいね。私達もすぐには動けないの。その間、診られる症状を一覧にして送っていただける? 王宮仕えの医師や他領で御活躍されている方々とも情報を共有させていただきたいわ」


「有難いお言葉痛み入ります。切迫している状況でないと、私共としてはなかなか協力を仰げないのです。祈祷師様のお力添えをいただけて嬉しく思います」



 モラレス伯爵家は以前遠方巡回のルートを決める際に懇意にしていた貴族を尋ねたところ、リディアの口から真っ先にでた家名である。

 当時はリディア自身が祈祷師として顔を合わせることを心配していたので、それなりに交流の深い仲だと警戒をしていたが、モラレス伯爵の隣に腰かける伯爵夫人とその娘が目の前にいる『祈祷師』の出自を疑っている素振りは微塵も感じない。

 それは祈祷師の振る舞いに、リディアらしさを一切感じないからであろう。



 ――殿下の理想とする祈祷師に近づけるよう、教師をつけていただきたいのです。貴族を招集するまでの間、可能であれば昼夜通して。


 王太子(エリアス)祈祷師(リディア)が晩餐をともにした日、リディアはそう言い放った。

 計画の始動に向けて慌ただしくなったセシルと入れ替わるように、翌日からリディアの指導に当たった教師は王族の教育に長年携わっていた者だ。


 合間合間の所作、物腰の柔らかさ、会話の間の取り方と抑揚の付け方。話を親身に聞く姿勢と、場に最も適した表情。

 そのどれもがより洗練されており、高貴な身分と備わった気品をそこはかとなく醸し出している。

 備え持った威厳と品位を体現する王族とは異なり、清廉で慈悲深く見守り、そして教え導いてくれるような雰囲気を纏った『祈祷師』は、陰謀渦巻く貴族社会においては魅入ってしまう儚さがあった。


 加えて、祈祷師の元へと舞い込む様々な案件に対する先導力と、それを裏付けるために求められる幅広い知識への理解。

 典型的な決まり文句を言えば済む問題ではない。各領地の特色や置かれている状況を考慮しつつ、国と強固に結びつき、王族と対等な立場にある『祈祷師』だからこそ可能となる、貴族のしがらみに囚われない解決策を導き出さなければならない。

 かといって、知識は一朝一夕で身につけられるものではない。そこを相手に気取られないような振る舞いと言葉選びができるかどうか。


 この二つを僅かな期間で補強し、自身のものへと昇華させた。


(もう、認めるしかないんだな――)


 リディアが『ラティラーク王国の祈祷師』だということを。

 誰もが思い浮かべる祈祷師そのものに彼女がなってしまったことを。


 今回の計画を進める上での不安材料はひとつ減った。

 他でもないリディア自身が祈祷師として生きる上での弱点を克服したのだ。

 喜ぶべきなのだ――魔導騎士団副団長として。

 今後の任務の予定が各段に組みやすくなることは間違いないのだから。


(とはいえ、モラレス伯爵令嬢はどちらかというと祈祷師よりも私に興味があるようだが)


 チラチラと頬を染めながらこちらを見つめてくる年若い令嬢は随分と華やかに着飾っている。禁色となる祈祷師の純白が霞まぬように貴族は色合いを配慮しているのだが、全身を鮮やかな赤で統一したドレスは度を越してしまえば少々目に痛い。


 滅多に公の場に参加しないセシルも、リディアと同様に聖霊の加護がある者が貴族令嬢か否かを確定付けるための囮の一員である。

 国王と王太子も出席するこの式典には、聖霊の加護がある者を参加させることなどできないからだ。


 四方八方から常時向けられる熱烈な視線に辟易しながらも、期待通りの形となったことに満足して今日何度目かわからない極上の笑みで返した。




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