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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第2部 --
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◇13-3:二人の距離感


 魔導騎士団棟のホールはテーブルや椅子が随所に配置された談笑の場でもある。

 そのため、夕暮れ時は人が少ないながらも任務を終えた騎士達で多少なりとも賑わっていた――はずだった。


 巡回を終えて戻ってきたばかりのリディアは魔導騎士団棟のホールに一歩踏み込むなり、状況を理解した。


 息遣いが耳についてしまうほどに張り詰めた空気が辺り一帯を支配している。

 窓辺の丸テーブルを囲っている数人の騎士は戻るに戻れなくなったのだろう。

 相手が相手だ。ご愁傷様、と心の中で声をかけておくことしかでにない。


 今の状態をつくり上げている人物はすらりと長い足を組んで正面の一番目に付く長椅子に腰掛けて、ひらひらと手を振っていた。

 リディアが腰を折って礼をすると「そんな畏まらなくていいよ」と穏やかで気品のある声がかかる。


「殿下、こちらに来られるのなら事前に知らせてください」


 溜め息とともに切り出したのはセシルだ。


「彼女を食事に誘うのに許可がいるのかい?」


「当然です。私が付き添いますので」


「ふぅん? まあ、そう言うと思って君の上司には既に伝えているけどね」


 呆れを隠さないセシルと目を細ませて楽しんでさえいるエリアスの様子に、リディアは二人が気安い間柄であることを知る。



(それよりも、私を食事に誘うって言ったわよね?)


 さらりと会話の中で告げられた言葉に重大な内容が含まれていた。そして、セシルの返答によって誘いは確定事項へと変わっている。決して断れるものではないのだから結果は変わらないが、それは果たしていつの約束だろうか。


(まさか、今すぐなんてことは……)


 流石にないと思いたい。

 王族と対面して食事をとるなんてこの上なく光栄な話だが、心構えができていない。


「という訳で、リディア嬢。準備が整ったら副団長とともに来てくれるかな。使用人はもう部屋の前で待機しているし、案内役もいるから安心してね」


「……お心遣いに感謝致しますわ」


 言葉とともに微笑みを浮かべて礼をする。


 本当に、こういったことは前もって伝えて欲しい。

 リディアは見えない涙を流しながら、今回ばかりはセシルの意見に同意した。



◇◇◇



(これは気軽に来れるような晩餐会ではないわね)


 案内役が側にいる手前笑みを浮かべてはいるが、内心では冷や汗がじわじわと滲んでいた。


 そよそよと肌を撫でる風とともに流れるのは楽団の演奏だ。音の響きから、少し離れた位置で演奏しているのだろうと推測する。心地よい音色に耳を傾けてしまうが、これから開かれる晩餐会の為に用意された演奏だと思うとぞっとした。


 リディアの自室前に待機していた使用人にされるがまま身につけたのは金糸が散りばめられた純白のドレスである。

 ドレス自体は体型を綺麗に魅せるシンプルなつくりだったが、そもそもの質が段違いだ。道を照らす街灯によって歩くたびに上品な光沢を見せるし、伴う陰影もドレスの魅力の一部となっていた。頭をぐるりと囲う冠は普段と同じものだが、髪の毛が短い時間の中で手際よく、それでいて優美に編み込まれている。

 これは、あくまでも『祈祷師様』を意識した装いなのだ。


 事情を知っていそうなセシルにこっそりと尋ねるタイミングもなく、薄布の下で目がぐるぐると回っているうちに目的地に辿り着いたようだった。

 案内役が道の脇に寄ると、一礼をしたまま立ち止まる。どうやら案内の役目はここで終わりらしい。


 王宮の庭園を歩いた先にある湖。

 ここまで来てしまえば目的地は一つしかない。


 セシルから差し出された腕に手を添えて湖に架かる橋を歩き出す。

 灯りのついたランタンが宙に浮いていて、水面がその光を反射して橙の炎を揺らしていた。

 ランタンを吊るす丈夫なロープが夜闇に紛れるため宙に浮いて見えるだけのことだが、仕掛けを理解していてもそれを忘れてしまうほど見惚れる光景が目の前に広がっている。


(何も考えることがなければ、素直に感動できたのに)


 青ざめた気持ちは一向に変わらない。



「君は畏まらなくていいと言われたのをもう忘れたのか?」


「その言葉通りに構えられる人なんてそうそういないわよ」


 投げかけられた嫌味な言葉に冷たく返した直後、はたと思い出す。

 重くなっていた頭が言葉のままに受け取ってしまったが、これはセシルなりの気遣いだったのだ。そういう遠回しすぎる気遣いをするのだ、この男は。


「殿下と近衛騎士しかいない。君も気が楽だろう? 古馴染みがいれば」

 

「本当に!? 近衛騎士ってレナードのことなのね」


 気になって仕方がなかった情報が入ってきて、勢いよくセシルを見上げる。若干引きつつも僅かに頷いたことを確認すると、途端に体の力が抜けて自然と綻んだ。


 湖に架かる橋の先にはガラス張りの小さな温室があり、王族、それも主に王妃の憩いの場として知れ渡っているのだ。そのため、高位貴族であってもほんの一部の者しか足を踏み入れたことがないとリディアは聞いたことがある。

 そんな場所に案内されたとなれば、この先に王妃がいるかもしれないと思うのも無理はなかった。


 貴族令嬢として出席した社交場でも遠目から眺めるだけだった王妃と対面で食事をするのかと思うと、想像だけでも緊張で胃が飛びでそうになっていたが、エリアスと近衛騎士の二人だけであれば話が変わってくる。


 それに、魔導騎士団棟でエリアスがリディアを待っていた際に後方に控えていた近衛騎士は見たことのない人物だった。てっきりレナードは非番だと思っていたが、そうではなかったようだ。


 不安が取り除かれてしまえばランタンの光が夜の静けさを揺らすこの景色にも素直に感動ができる。

 笑みをつくろうとしなくても、口元が綺麗な弧を描いてくれていた。

 

「少し気が楽になったわ。ありがとう……って、貴方どうしたの? 眉間に皺が寄ってるわよ」


 正面へと戻していた顔を再びセシルへと向けると目を疑った。

 リディアの緊張が解けるのと引き換えに、今度はセシルがむっすりと苛立ちを募らせていたのだ。


 今の会話のどこに不機嫌になる原因があっただろうか。思い返してみてもリディアには皆目見当がつかない。


「馬鹿なことを言うな。君の見間違いだろう」


「……そう、かもしれないわね」


 言い切られた言葉は冷え冷えとしたものだった。

 セシルがそう言い張るのならそういうことなのだろうと曖昧に頷く。

 そして、誰がどう見ても見間違いではないという反論は心の中でのみ言い返すこととした。




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