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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --

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◇12-4:答え合わせ





「今日の巡回で気になることはなかったか」


 次の問題と言われて身構えたが、続いた言葉はざっくりとした抽象的なものだった。


「気になること?」

「そうだ。珍獣の扱いを受けたこと以外で、引っ掛かったことはなかったか」


 ()()とはっきり言ったからには、そこには必ずセシルの求める答えがあるはずだ。


()()()()()で気になること、引っ掛かったこと……)


 振り返ってみると最初から最後まで異色だった。

 宿から出るなり人でごった返していたし、なんとか聖堂に辿り着いてからも人の流れが途絶えることはなかった。元々領民が集まる大都市に、各地から訪れた商人や異国人が加われば、混雑するのも仕方のない。人で溢れては落ち着いて話すことも叶わないので、聖堂内に足を踏み入れる人数は制限してもらったが商人や旅行客の比率が高く感じていた。



「これは私の希望になってしまうけれど、祈祷師の巡回はなるべくその地に住む人との時間を取りたいと思ったわ」


 肩眉を吊り上げた様子を見るに、どうやらセシルが期待していたものとは違ったらしい。


「もちろん、他の領地から訪れた方々や異国の方々へ祈りたくないというわけではないのよ。ただ、留まれる日数には限りがあるでしょう。滅多に巡回ルートに入らない領地なら、なおさら領民を優先したいと思ったの」


「……俺だったら遠巻きにしてたと思います。どちらかというと身なりの良い方が多かったですよね? 俺は貧しい方だったんで、あの中に入るには勇気がいります」


「確かに、ベルナール領でもフォスタールにくる前に巡回した村はここまで顕著ではなかったですよね。通りすがりの商人もそこそこはいましたが」


 今度は躊躇いながらも自発的に述べたリオと、そんなリオに引っ張られるように続いたフレッドにセシルは満足そうに頷いた。


「そうだな、君達の言うとおりだ。治療院の巡回はそのようなことにはならないが、聖堂はどうしようもなくてね。長年私達の間でも話し合われている課題なんだが、こればかりは対策を決めかねているんだ」


「それって人を制限したら必ず不満が出るから?」


「ああ。商人もあちこちを行き来しているからな。制限してしまえば、領地に留まっている者達以上に祈祷師と会うことが厳しくなる場合もある。王都を頻繁に訪れる商人ならそんなことはないだろうが、判別ができないからな」


「……そうね」



 この問題は現状では終着点がなさそうだ。

 セシルの言った『()()の間でも話し合われている』というのは、魔導騎士団だけを指している訳ではないのだろう。もしかしたら領主であるベルナール公爵も頭を悩ませているのかもしれない。



 だとしたら、一体なんだろうか。



(それ以外で、気になること……)


 一日を振り返る。広く全体を見渡した際に目に付くことは既に話した。

 だから、今度は視野を狭めてみることにした。

 挨拶した際の司教の様子、聖堂を訪れた一人一人の様子、そして祈る際の会話――



「あっ……あったわ。他に気になったこと」


 向き合っているセシルの顎が口角とともに僅かに持ち上げられた。そのまま続けろと言わんばかりの表情だ。



(もしかしたら。試されているというよりも、私は期待をされてる?)


 そうだとしたら心の持ちようがまるっきり異なる。


「効果がすぐに現れるっていう薬の話をしていた人がいたの」


 リオがリディアの一言にピクリと反応した。

 今日の巡回ではセシルとフレッドが祈祷師の隣で護衛をしていたため訪れた人々との会話は聞こえていただろうが、リオは聖堂の外にいた。

 その反応に、リディアはこれが求められていた答えなのだと確信した。


「どうしてそう思った? 今日に限らず、他の巡回地でも君は普段の症状や服薬の話題も頻繁にしていただろう。先ほども言ったようにベルナール領は医療が発展している。効き目が高い薬があっても不思議じゃない」


「気になったのはその薬自体よりも、その話をしている時の様子が少し……妄信的、だと言葉が悪いかしら? どんな病気でも必ず治ると信じきっている人が複数いたのも不思議で」


 朝から日が暮れるまでの長い時間の中で多くの人々が祈祷師の元を訪れた。全体の人数からすると割合的には少ないが、それでも十を越える人数がその話をしていたように思う。

 話といっても心の声が漏れたような呟きばかりだったし、あまりの人の多さにじっくり時間を割く余裕もなく流してしまっていたが、それはよくなかったのかもしれない。



「ああ、そうだったな。君の目の付け所はなかなか良さそうだ」


 言い終わるやいなや、懐から取り出した一通の封書をテーブルへと置いた。

 そのままリディアの目の前へと滑らせる。


「読んでみろ」


 封蝋からは入り江のあるベルナール領の地形とオリーブの花をモチーフにした印章が浮かび上がっている。これがベルナール公爵からの文であることは言うまでもない。


 数日前、ウォルトがベルナール公爵の騎士とともにイグレス領に戻ってきた際に預かってきた文だろうか。「挨拶を後回しにして先に巡回を行うように」とは聞き及んでいたが、どうやらそれだけではないらしい。


 差し出された封筒から恐る恐る便箋を引き抜き、ゆっくりと目を通していく。


 初めはイグレス領の一件への労りの言葉。それから既に聞いていた、道すがら巡回を終えるようにとの内容。フォスタールでは旅の疲れを癒すといいとも記されていた。この文を読む限り、宿の手配は全てベルナール公爵が(みずか)ら行ってくれていたようだ。快く祈祷師を迎えてくれていることが伝わってくる。


 早々に締めくくりの文言まで辿りつく。

 ここまで読んだ中では特段リディアが改めて知る必要のある情報は何もなかったが、結びの挨拶を終えているというのに、更にその下には文字が隙間なく綴られている。



(ええと……『巷ではどんな怪我もたちまち治るという幻の薬が高値で取引されているらしい。出所も不明で得体が知れないが、中々情報が集まらない。しかし、祈祷師には気を許す者もいるだろう。良い報告が聞けることを心待ちにしている』って、これ……)


 最後の文字までじっくりと読み終えたあとは、今度は再び冒頭から素早く読み返す。念のため、便箋の裏や封筒の内側も確認した。

 そうして隅々まで隈なく確認をし終えたら、テーブルを囲む三人を見渡していく。

 リオはどことなく緊張した面持ちだ。フレッドは相変わらず無表情だが、セシルの笑みは変わらない。


 腹の底から沸々と湧き上がる感情に必死で抑え込む。



「その様子を見る限り、私以外は既に知っていたのね?」


 リディアがテーブルの上へと置いた封書へと手を伸ばしたセシルは詠唱を始める。魔術が発動するなり瞬く間に燃え尽きた残骸がはらはらとテーブルに落ちた。

 その行動こそがリディアの質問への返答だった。


「リオ、お前は態度に出やすい。相手が祈祷師だからと油断するな」

「ッはい! すみませんでした」


「……私は必要な情報は知っておきたいわ」


 リオへの指導から始まるセシルを横目に不満を口にする。こんな風に除け者にされていては、取るべき判断を見誤る。


「固定観念を持っていると正確な判断はできないものだ。まずは君の目からどう見えたかを知りたくてね」

「……そう?」



 そう言われてしまえばリディアは何も言えなかった。

 お腹の底で沸々と煮えたぎっていた怒りも徐々に熱を冷ましていくが、素直に喜んでいいのかは悩ましい。


「それに祈祷師は君のように何でも知りたがる者ばかりではない」

「これでも必要なことだけを聞いてるつもりなのだけど」


 そんなに好奇心旺盛ではない、と自身では思っている。

 それに、目の前の魔導騎士達には情報を秘匿するための魔術が施されている。定められている範囲というものが祈祷師となったリディアにどれ程当てはまるのかはわからないが、王族と並ぶほどの扱いを受ける『祈祷師』がその権力を振りかざして問えば、たとえその身を滅ぼすとわかっていても答えてしまうのではないだろうか。

 そうなってしまうことが恐ろしくて、リディアはなるべく追及しすぎないように気を付けていた。


「そうか? 君が実は遠慮していたとしても、他の祈祷師を上回るということだ」


 (()()ってなによ)


 その一言が余計だと、それでは他の祈祷師はどの程度なのかと言い返そうとしたが、息を吸うことで踏み止まった。このままでは論点がズレて戻れそうにない。


「それなら、私は明日以降の巡回では薬の話をした方から情報を聞き出せばいいのね」


「ああ。この港町は人の出入りが激しい。闇取引をするには最適の場所になるから、良からぬ企てを考える者も一定数いるだろう。決して不審に思われないように、相手と話の進め方も気を付けてくれ」


 途端に神妙な表情で警戒を促すセシルに、リディアも同じように頷く。


「決して深追いはするなよ。情報を持っているということは張本人でなくても、身近な人物が関わっている可能性も高い」

「ええ、わかったわ」


 どうやら明日以降の巡回は気を抜けそうになかった。


 明日は今日と同じく聖堂、明後日からは治療院をまわって、フォスタール内での巡回の最後はもう一度聖堂の予定だ。その間、数多くの商人が祈祷師の元を訪れることだろう。


「今日はここまでにしよう。明日も朝早い」


 立ち上がって各自の部屋へ戻ろうとする魔導騎士とは異なり、リディアは穏やかに見送りができないでいた。

 セシルの話したい内容は全て終わったのだろう。けれど、リディアは違う。

 先ほどまでの話によって、ようやくあの疑問が解消された。


 そして、答えがわかったからといって大人しく頷けることでもなかった。


 深く、静かに声を落とす。



「待ちなさい、まだ答え合わせは終わっていないわ。貴方がなぜ私にあんなことをしたのかを紐解きましょう」


 首だけで振り返った輝かしい髪を持つ男を、いつも向けられていたあの笑みで、今度はリディアが見返す番だった。




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