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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
41/96

◇12-1:束の間の休息


「ここがあのフォスタールなのね。離れていても市場の活気が伝わってくるわ」


 イグレス領を発ってから数日、リディアはベルナール領の港町である大都市フォスタールに来ていた。


 太陽の半分以上を雲が覆い、雨がぽつり、ぽつりと振り始めたというのに、昼間のフォスタールは少し離れた街道からでも中心地の賑わいが風とともに流れてくる。ほんの少し開けた窓に耳を傾けると陽気な音楽も届く。


「午後は予定もないし、街歩きでもするか?」

「いいの!?」


 嬉しい提案につい大きく弾んだ返事をしてしまう。

 しまった、と慌てて口を両手で覆い、腕を組んで俯いているウォルトへと視線を向けた。


(良かった……。まだ起きてないようだわ)


 夜番だったウォルトは明け方から一仕事してくれていたので、起こしてしまっては申し訳ない。


(朝は何事かと思ってしまったけれど……)


 空を見上げると少し離れた位置からどす黒く分厚い雲が迫っている。数刻もしない内に激しい雨が降るはずだ。


 明け方、夜番をしていたウォルトはこの雲塊に気づき、早朝に出発することを決めたらしい。何度も繰り返されるノックとともにリディアが飛び起き、急いで身支度をした時には既に御者の乗った馬車が待機していたし、宿の使用人が包んだ朝食が座席の上に置かれていた。

 こうして天気が荒れる前にフォスタールに着き、観光ができる時間をつくれたのは全てウォルトのおかげなのだった。



◇◇◇



 宿に着いて着替えを済ませると足早に、けれど祈祷師であることを悟られないようにウォルトの手引きによってこっそりと室内をでる。他の宿泊客も行き来をする通路に着いてからは、淡い水色で染められたローブのフードを目深に被り、顔周りを見えづらくしてから堂々と一人で外へと出た。


 普段なら宿に着くと真っ先に安全確認を行うが、今日だけは特例だ。小雨で済んでいる内に観光して、宿に戻ってから確認をすることにしている。雨雲がやってくると激しい雨の音が窓越しでも響くことが予測できるので、二度手間を省くことにもなる。


 事前に言われた通りに宿を出て左手の道を歩くと、道の端に立っていたセシルと合流する。それから一分とたたずにフレッドがリディアの後ろから合流した。


「リオは?」


 ウォルトは夜番で疲れていることもあり、宿で留守番をしている。

 特段一緒に行こうとは誘っていなかったが、てっきりリオもいるものだと思っていた。


「リオはここが地元なんだ。馬で駆ければ天気が荒れる前に十分着ける距離だから、実家に寄って明日の目的地で合流することにした」


「あら。そうだったのね」


 リオにとって久しぶりの帰省だろう。それは良かったと思いながら人々が行きかう広場へと歩き始めたが、ふと疑問を覚える。



 以前、宵の森の巡回中に王都から離れた場所がリオの地元だと聞いていたが、まさかベルナール領だったとは――


 王弟が治めている公爵領だ。

 いくら王都から遠く離れているとはいえ、「祈祷師が異国の物語のように他人事だった」とリオが話した内容が引っ掛かった。


「どうかしたか」


 目ざとくリディアが疑問をもったことに気づいたセシルが尋ねてくる。疑問を投げかけたい衝動に駆られるが、あの時リオはこっそりと秘密を打ち明けてくれたのだ。直球で聞くのは憚られる。


「ベルナール領もオルコット領も、王都とは端と端でしょう? 祈祷師様のことをどのように思っているのかしら」


「人によるだろうな」



 ばっさりと返されたおざなりな回答にムッと唇を尖らせる。


(貴方が聞いてきたのに、全然答えになってないじゃない)



「君自身がこの街をみて考えてみろ。明日の夜、意見のすり合わせでもするか?」

「僕もその場で話をお聞きしても良いですか」

「ああ、構わない」

「わかったわ……。考えてみる」


 生まれた疑問について思案することや意見を言い合うことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。


 祈祷師となってからは全てが謎に包まれていたので聞いて済ませてしまうことが大半だったが、せっかくの機会だ。自分なりの尺度でこの地を見てまわってみよう。



「それよりも君のその服装……」

「え、どこか変?」


 上から下へとじろじろと見られて、つい胸の前で両手を抱える。


「おかしなところなどありません」


「変ではないが。ここに来るのをだいぶ楽しみにしていたようだな?」


 淡い水色のローブから顔を出すのは、白と青を基調にした爽やかなワンピースだ。

 それは明らかに港町を歩くことを意識した、海を連想させる服装である。


(そういうことは気づいても口に出さなくていいのよ!)


 王都を発ってから今日までの間に服を新調する機会がなかったことは、行動を共にした誰もが知っている。

 遠方巡回のルートが決まり王都を発つ準備をしていた時点からフォスタールでの観光を期待していたことが赤裸々となってしまい、リディアは恥ずかしさからふいと顔を背けた。



◇◇◇



 フォスタールの観光名所として最も有名なのは運河沿いの市場だ。


 運河の両側にある遊歩道にはずらりと屋台が並んでいるし、露店を開く者もいる。憩いの場として所々にベンチやテーブルが設置されていて、その周りでは自由気ままに楽器を奏でる音楽家、そして綺麗な衣装を靡かせて舞う踊り子もいた。幅の広い運河には大小様々な船が行き交っている。


 どうやらここでは、多少の雨ならお構いなしのようだ。

 活気で満ちた雰囲気に自ずとリディアの心も踊る。


『さて、何処から見ようか』


 セシルが流暢なクルム語でリディアに対し問いかけた。

 市場へと辿り着くまでの間に三人で話し合って、街歩きの間はなるべく異国語で会話をすることにしたのだ。


 ベルナール領に踏み入った日からリディア達は近くの村々を巡回しながら回っていた。

 なんでも、ベルナール公爵からの手紙には『挨拶は最後で構わないので道なりに巡回をしてきてほしい』と記されていたらしいのだ。

 公爵邸は末端の岬にある。そのため、公爵邸に行く道すがら巡回をしていく方が効率も良かった。


 どの程度まで広まっているかはわからないが、ベルナール領に祈祷師が訪れているという噂は流れていることだろう。

 それに、数分前にはフォスタールで名の知れた高級宿に祈祷師一行が到着している。祈祷師は目元を薄布で覆っているが、魔導騎士は違う。


 もしも、祈祷師と共にいた魔導騎士がこの場にいるセシルとフレッドだったと気づく者がいれば、共に行動をしている女性が祈祷師だと察することができる。


 しかし、幸いなことにもフォスタールは異国からの客や各地から集まる商人で栄える街だ。髪や瞳の色、体格や話す言語も異なるし、小雨が降っていることで常にフードを被っていても不自然に思われない。

 それだけでも気づかれる心配は低かったが、商人は噂話にも詳しく情報の取引も多い。

 オルコット侯爵令息であり魔導騎士でもあるセシルや、商家の出だというフレッドのことも勘案した結果、念には念をと異国からの旅行客を装うこととした。


 数多くある異国語の中で、三人ともに日常会話レベルなら可能なクルム語にしたのだが、セシルはそれを自国語のように自然と紡ぐ。


『ええと、そうね。あの船って一度乗ったら降りるまで時間がかかってしまうの?』


 リディアが指差した先は白に近いベージュの母体に赤茶色で装飾が施された屋根のない遊覧船だ。二十人程度が乗れそうな遊覧船がゆっくりと運河を流れるのを度々目にしていた。


『一定距離で停泊所があるから自由に乗り降りできる。船で降りたところから歩いて引き返すか?』

『お昼もこれからですし、適当に買って船で食べるのはどうでしょう』

『とても素敵! そうしましょうか』


 そうと決まれば、まずは昼食の買い出しだ。

 ベンチが並んでいる辺りの屋台はどこも飲食を取り扱っているようで、鼻腔をくすぐる香りが四方から漂ってくる。


(すごい、見たことのないものばかりだわ!)


 ラティラーク王国で定番の品も勿論ある。しかし、圧倒的に海を挟んだ異国からやってきただろう品が多いのだ。


(どうしよう、どれを選べばいいの……!?)


 せっかく港町に来ているのだから、新鮮な海の幸も食べたい。生で食べるのも、焼いたものを食べるのも良い。それに、異国の料理はどれも興味がある。青いソースがかかったものから、真っ赤に染まったスープまで。あれも気になる、これも食べてみたいと買い足していった結果。




『君はどれだけ食べるんだ……』


 横並びに座った三人の間には、たんまりと買い占めた様々な包みが場所を陣取っていた。


『だって、どれも美味しそうだったから』


 一通り買い終わったあとに二人が持ってくれていた包みの量を見た途端、やってしまったと後悔した。

 セシルは呆れていたし、フレッドは目を白黒させていた。


『皆で少しずつ食べましょう? これでも、船の上で食べやすそうなものを選んだのよ』


 膝の上にハンカチを被せて、包みを二人に手渡していく。

 途中からリディア一人では食べきれない量になることに気づいた二人は、こうなることを見越して自分の分を買っていなかったのだ。とても有難い気遣いだが、どうせなら途中で止めてほしかった。



 賑わう景色が、ゆったりと揺れる波風ととも穏やかに流れていく。


 雨はまだぱらぱらとしか降っていない。


 雲の隙間から射す太陽の光で、濡れた屋台の屋根や路面、運河の水面、そして陰った街並みが彩を変えながら星空のように煌めく。

 それはまるで、絵画の中に紛れ込んだような不思議な感覚だった。





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