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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
35/96

◇11-2:疑心でできてる



「ようこそお越しくださいました、祈祷師様。そして魔導騎士の皆様」


 馬車を降りると、イグレス子爵邸の玄関前で子爵夫妻と使用人がズラリと出迎えてくれていた。

 陽が沈んで薄暗くなっていたが、街中からここに到るまで煌々と照らす灯りのおかげで無事に馬を走らせることができたので、子爵は遅くに着くことを見越して配慮してくれていたようだ。

 リディアが礼をすると、セシルが一歩前へと出る。


「遅くなって申し訳ない。子爵夫妻ともに歓迎していただけたこと、心より感謝します」


「いえいえ、長旅でお疲れのことでしょう。まずは部屋にご案内しましょう。夕食の準備も整っておりますので、一息ついてからお越しください」


 その一言によって控えていた使用人が一斉に動き出す。

 馬車から積み荷を下した後に執事の案内よって通された部屋は、二階の廊下を歩いた奥にある横並びとなった三部屋だった。中央の部屋にセシルとともに入ると、使用人に運んでもらった荷物も室内に置いてもらってから扉を閉める。


 宿でも同じだが、ここでもまずは室内の点検から始まる。

 不審なものや隠し通路がないかと、万が一の逃走手段の確保だ。室内をぐるぐると周って、ついでに家具の配置も覚えていく。

 チェストの中まで確認していたら、隣部屋と繋がる室内扉が開いた。



「副団長、確認終わりました。こちらは角部屋ですが、隠し通路はなさそうです」


「そうか」


 次いで、フレッドが出てきた扉とは反対にある壁に設けられた扉も開いて、ウォルトとリオが顔を出す。


「こちらも問題ありません。反対側の部屋とは繋がってませんでした」


「壁は厚すぎず、薄すぎず、ですね」



「今日の夜番はフレッドでいいか」


「はい」


 壁隣の左右の部屋を使う魔導騎士の振り分けは角部屋をセシルとリオ、反対側をウォルトとフレッドが使うことになった。

 フレッドが廊下の扉前、他は決められた自室に戻って扉を閉めたら、次は音の響きの確認だ。



 リディアは窓際にある寝台のほうへいくとローブの袖の内側に入れていた小さなベルを取り出した。


 音が鳴らないように固定してた金具を緩めてから小さく揺らすと、チリン……と澄んだ音が鳴る。

 数秒経って何も反応がなければ、先ほどよりも少し大きく揺らした。


 こうして繰り返すたびに音量を上げていくことで、どれくらいの物音で各部屋にいる魔導騎士に合図を送ることができるかの確認をしているのだ。


 三回目で角部屋にいるセシルが顔を出す。


「今はどのくらいだった」


「このくらいよ。そんなに大きな音じゃないけれど、もうわかったの?」


 力加減が同じになるように注意を払って、再度ベルを鳴らす。


「この壁を挟んで向かい合わせになるように寝台が置かれていたんだ。離れた位置にいたリオからはまだ聞こえていなかった」


 そういうことかと頷くとセシルは再び自室へと戻っていく。

 そうしてまた同じ行為を何度か繰り返した――




「室内と廊下の間の壁は他よりも厚めにできてるようですね」


 そう口を開いたのはセシルとは反対側の部屋にいたウォルトだ。

 再びベルを鳴らし始めてからはウォルト、フレッド、リオの順でリディアの元へと戻ってきていた。


「まあ許容範囲だろう」


「そうね。まだ思い切り鳴らしてないもの」


 最大の音量を響かせても壁で遮断される程頑丈な造りの部屋に通されたら別の対策を立てなければいけないが、今夜はその心配はなさそうだ。



「子爵を大分待たせてしまったわよね。急がないと」


「慌てなくても問題ない。向こうも息子の到着が間に合わなかったようだからな」


「息子……? イグルス子爵にいたかしら」



 玄関先で出迎えてくれた子爵夫妻は五十代手前くらいの印象だった。年齢的には成人した子がいるのが一般的だが、事前に調べていた資料には特段記されていなかったはずだ。


「最近になって養子を迎えたらしい。王立学院に通っているようだが、祈祷師に一目会いたいからこの日に併せて帰省すると連絡があったそうだ」


「まあ、そうなの」


 王立学院のある王都からここまでは距離がある。馬車ではなく馬を走らせるならリディア達よりも短い日数で着くことはできるが、それでもそれなりにかかる。加えて、王立学院の休暇は今時期ではないため、通常通り講義もあるはずだ。

 人によって講義の取り方が異なるとはいえ、忙しい学院生活の中、時間をとって会いに来てくれることに申し訳なくも嬉しく思った。




◇◇◇



 身なりを整えて応接間へと行くと、子爵夫妻の斜め後ろには年若い青年がいた。

 どうやら(くだん)の息子はリディア達とはすれ違いで辿り着いたらしい。


 青年は名をハリソンと名乗った。


 子爵の紹介で恭しく礼をしたハリソンは少々ぎこちなく、マナーを身につけている最中ということが窺える。

 背が低めの小太りな子爵よりは頭一つ高く、声変わりも終えているが、まだ若干の幼さが残る顔立ちに同じく王立学院で学んでいる最中の弟が思い浮かんで微笑ましく思う。


(もしかしたら学院生活でも聞けるかしら。カイルの話がでてくれたら嬉しいけれど、そんな都合よくいかないわよね)


 王立学院は国中の貴族子息らが集まるため規模が大きく、年齢の他に実力でのクラス分けもされているらしい。講義の選択で違うクラスの生徒とも関わると話していたが、弟は他人の口から名が上がるほど優秀な学生ではないだろう。




 子爵のエスコートによって正餐室へと行き、着席すると次から次へと料理が提供される。

 どの料理も素材の味を活かした優しい味付けとなっており、少し遅い時間の食事でも気兼ねなく食べ進めることができた。

 イグレス領で収穫された作物をメインに組まれたコースで、イグレス子爵は料理の説明とともに、領地の特色や領民の生活状況も教えてくれる。


 けれど、リディアの期待に反して、ハリソンが率先して口を開くことはなかった。

 養子になって間もないこともあり、こういった場の経験はないのかもしれない。祈祷師に会うために戻ってきたと聞いた分、少々拍子抜けだ。


 基本的に貴族との会話は隊長が場を仕切ることになる。

 リディアは相槌をうったり微笑んだりする程度だが、資料だけでは見えない部分も事前に知ることができるのは領内の巡回に役立つので、イグレス子爵から提供される話題は有難い話ばかりだ。

 聞く限りでは、領地の隅々まで見渡して領民の負担を減らそうと日々対策を練っているらしい。

 領民に話を聞かなければ実態はわからないが、ここに到着するまでの間も領地の管理が行き届いている雰囲気は感じていた。

 イグレス領は国全体で見ると特段秀でているわけではないが、領民にとっては良き領主なのかもしれない。



「もしよろしければ、明日は領地の案内を私にさせていただけませんかな」


 リディアが声を出さなくとも、興味深々に聞き入っていることが子爵に伝わっていたようだ。

 是非そうしましょうと念を送りながらセシルの様子を探ると、にやりと微かに口角を上げた。


「それではお願いします。祈祷師様も望んでいらっしゃるようですので」


「後ほど書斎にお越しください。既に考えている案がありますので、明日の打ち合わせをいたしましょう」


 にこにこと心からの笑みを浮かべて話す子爵はセシルが言っていたとおり、心根の優しく温厚な人物である。祈祷師として対面する分には嬉しいが、貴族としては簡単に騙されて損をしそうで若干の心配を覚えてしまう。



(今の状態に満足しているうちは大丈夫ってことなのかしら)


 領主として必要な物事の判断は出来ているようだし、身の程知らずな欲がない限りは問題ないのかもしれない。

 そう思って微笑みながら子爵とセシルの話を大人しく聞いていると、ぞわりと嫌な感覚が肌に纏わりついた。



(……なに?)



 その感覚はほんの一瞬で収まった。


 不自然にならないように視線だけを辺りへ走らせる。こういう時、目元を覆う薄布があることが気持ちに余裕をもたらしてくれるので助かる。

 斜め横に座るセシルにも、向かいに座るウォルトにも変わった様子はない。

 子爵夫妻は穏やかに笑いながら会話を楽しんでいるし、子息のハリソンも聞き役に徹しながら食事を続けている。

 後ろに控えているフレッドの様子は見ることができないが、誰も気に留めていないので身動きひとつしていないだろう。


(気のせい……かしら)


 貴族との会話ということもあって神経を尖らせすぎていたのかもしれない。


 子爵の人柄もわかったことだし、明日領地を回るのが楽しみだと思いを馳せながら、運ばれてきたデザートへと口をつけた。






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