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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
32/96

◇10-2:積もる憧れ



 正午の鐘が鳴ってしばらくすると、魔導騎士団棟の前に着いた。

 ウォルトの想定どおりの時間である。


 馬車はピタリと止まったのだが、玄関ホールまでは少し距離があった。数十歩の差なので特段問題はないのだが、御者が誤るとは思えないし、ウォルトが腰を上げる素振りも見せない。それどころか、リオが扉を開けないように制止さえしている。


 このまま大人しく待っていた方がよいのだろうか、と思っていると女性特有の甲高い声が外から聞こえた。街中では散々と聞いていたが、この場には似つかわしくない。



「嫌な予感は当たるものですね」


 悩まし気な溜息が漏れ聞こえた。


(セシル目当てのご令嬢? けれど、立ち入りを許されたのならかなり高位の方でしょうから、あり得ないわ)


 リディアの座っている位置からは、目を細めても人影を見つけることができないが、声の主はウォルトの言うところの“厄介なお方”なのだろう。

 わかったことの中に、女性だということが加わる。

 それも、時折聞こえてくる声の雰囲気から察するに年若い女性だ。



(この魔導騎士団棟に近寄れる女性……。王族、祈祷師、高位貴族、研究者、女騎士、使用人といったところかしら)


 その中で、自由な振る舞いが許される位の高い女性といったら――




「もう一人の祈祷師様?」


 厄介という部分だけはどうにも繋がらないが、消去法で考えていくと残る人物は祈祷師だけだ。


 リディアの呟きにウォルトが感嘆を滲ませた。


「なぜわかったんですか」


「ここに立ち入ることができる女性で目上の方、それでいて行動に制限がないとなると王族か祈祷師よね? 高位貴族のご令嬢も無理を言えば通されるかもしれないけれど、今はどこも殿下やセシルの婚約者の座を狙っているもの。このような振る舞いは良くないわ。王族については直系の姫様はここにいらっしゃらないから、残るのは祈祷師しかいないと思ったの」


「さすが、お見事ですね」


 賞賛するウォルトに対し、褒められるようなことでなはないと首を振る。

 一緒に雑念も振り払った。


(会ってみないとわからないもの。思い込みは良くないわ)


 相手がわかってしまえば、いつまでも馬車の中に座っていてはいけない。


「是非ご挨拶したいのだけれど、いいかしら」


「お勧めはしませんが。お望みでしたらご案内しましょう」


 ウォルトが首を縦に振ったことで、リオが窓ガラス越しに御者に合図を送って外へと出る。

 次いで外へとでたウォルトにエスコートされながら、リディアも馬車の扉を潜った。




(年若い女性というよりも、まだ少女だわ……)


 馬車の前方へとウォルトのエスコートで足を進めると、そこには馬から降りたセシルと腕を絡ませてぴったりと身を寄せている白いローブを纏った祈祷師がいた。セシルの胸元までしかない身長と小柄な体格、そして耳の横で二つ結びをした髪型がより幼さを感じさせる。


 歩み寄る足音に気づいたのだろう。

 くるくると表情豊かに笑ったりむくれたりしていた姿から一転、口を引き結んでリディアをきつく睨みつけた。その横では「なぜ来たんだ」と言いたそうに呆れた表情をするセシルがいる。


(どうして敵意を向けられてる、のかしら)


 初対面の祈祷師から向けられた感情に戸惑う。


 もしかしたら気づかぬうちに失態を犯し、他の祈祷師に迷惑をかけてしまったのだろうか。

 既にマイナスの印象を持たれているようだが、挨拶は大事だと丁寧に礼をする。数少ない祈祷師同士、良好な関係を築きたい。


「先日祈祷師を拝命いたしました、リディアと申します。至らぬ点があればご助言をいただければ幸いですわ。…………ええと、エレナ様、でよろしかったでしょうか」


 挨拶を終えても無言でじろじろと値踏みされる視線に気まずさを覚え、カロリナから聞いたもう一人の祈祷師の名を尋ねる。


 話を聞いた印象では強く芯の通った、年上の聡明な女性だと思ったのだが、目の前の祈祷師があまりにもその印象からかけ離れていて何度も疑問を感じていた。

 表面的なものだけで判断するべきではないと戒めていても、落ち込んでいたカロリナへかけられた台詞が目の前の少女の口からでたとは思えなかった。


 リディアの口から『エレナ様』と名前がでると、セシルの腕にくっついていた祈祷師は目をひん剥いて眦を釣り上げた。そして、ほどいた手を勢いよくリディアの顔へと突き刺す。


「はあ? エレナ様と私を間違えるなんて、貴女、視力大丈夫? 祈祷師なんかしてないで貴女が治療院に行ったらいいんじゃない?」


「フィリス。自己紹介をしなさい」


 高く可愛らしい声とは裏腹にきつい口調を浴びせたフィリスをセシルが叱ると、今度は悲愴感を漂わせた。リディアを睨みつける姿勢は相変わらずだが、心なしか涙で潤んでいる。


「……フィリスよ。私の方が半年早く祈祷師になったんだから、年上だからって偉そうにしないでよね!」


「先ほどはお名前を間違えてしまい申し訳ありませんでした。どうぞよろしくお願いしますね」


 にこりと微笑んでも、リディアに向けられるフィリスの態度は変わらない。ウォルトが“厄介なお方”と言い、避けるような行動をとった意味が、ここでリディアにも理解できた。



(ウォルトはセシルと彼女、そして私が居合わせたらこうなることが分かっていたのね。でも、私にはどうすることもできないわ)



 ウォルトとフレッドは魔導騎士としての経験が長い。

 それなのに、フィリスは二人に見向きもせずセシルだけを出迎え、好意を全身で表している。


 リディアが祈祷師となった時はカロリナが宵の森の警備をしていたため、フィリスは遠方の巡回に赴いていたことになる。長い旅路から戻ってきた後にセシルが他人の護衛でかかりきりになっていると知ったのならば、フィリスにとってのリディアは二人の仲を引き裂いた敵に思えてしまうのだろう。

 その好意が恋なのか他の感情なのかはわからないが。


 とはいえ、護衛の人選は魔導騎士団の決定だ。

 敵意を向けられている理由を察し、隊長を他の者にしてほしいと願い出たところで反映されるとも思えない。


(今まで明らかな敵対心を全面的に向けられたことがないから、どう対処したらいいのかがわからないわ)


 リディアが話をしたいと思っても、フィリスが受け答えをする気がないので会話にならない。セシルに促されて嫌々言葉を返されるもそれまでだ。

 こうなることを予測していたウォルトは一歩下がって静観を決め込んでいる。


 不自然にならないように会話を終えられる救いの手が差し伸べられることを泣く泣く待つこと数分。



 魔導騎士団棟からフィリスを迎えに現れた魔導騎士にリディアは心の中で感謝した。

 昼前には宵の森の警備に向かおうと予定を立てたところ、セシルに会うまでは一歩も動かないと言って聞かなかったらしい。隊長と思われる体格の良い魔導騎士に抱えあげられて連れ去られるように姿を消したフィリスを見届けると、リディアはホッと一息を吐いた。


「悪いな。フィリスは君にだけは突っかかってしまうようだ」


 自分にだけ突っかかるというのは悲しい話だが、言い換えれば他では祈祷師として振舞えているということだ。リディアはこの件に関してはしょうがないと割り切ることにした。



 けれど、一つだけ引っ掛かっていることがあって、それを見過ごすことはどうしてもできない。



「ねえ、セシル。カロリナさんからエレナ様という祈祷師の話を聞いたのだけれど、その方ってもしかして、三年前に……」



 ――聖女様の元に還られた方なの?



 コクリと息を呑む音が嫌に耳につく。


「ああ、そうだ。すまないが私は書類が溜まっているから先に失礼する」


 有無を言わせない態度で素早く腕輪を外され、足早に去っていく後姿を見送る。



(なにも、話をさせてくれなかった)



 『エレナ様』と一度目に口にした時はフィリスにばかり気を取られていたが、思い返せばセシルもどこか表情が固かった。

 そして二度目は瞳も表情も、声音も。

 腕輪を外す際に触れた手のひらからも温度が消え去って、氷漬けになったようだった。



「……エレナ様の話は、副団長にはタブーなんですよ」


 すみませんと謝るウォルトにリディアも知らずに申し訳なかったと、呆然としながらも謝り返す。



 幼き日に一目見た祈祷師が忘れられずここまできた。

 カロリナが支えとした言葉はリディアの胸にも響いている。

 そしてそれは憧れの祈祷師がもたらした言葉だったことを知った。

 とても嬉しい。憧れの祈祷師の思想を知れたことに胸が熱くなる。


 それなのに。


 今にも割れて砕けてしまいそうな、冷たく凍ったセシルが気がかりだった――





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