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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
31/96

◇10-1:増える難問



 ガタガタと車輪が回る。


 窓から射し込む朝陽によって車内は温かく、心地の良い揺れも相まって起きたばかりだというのにうたた寝してしまいそうだ。


 向かいの席ではウォルトが頬杖をつきながら窓の外を眺めている。

 今にも鼻歌を歌いそうなほどご機嫌な様子に不思議に思うと爽やかな笑みを向けられた。



「どうかしましたか」


「祈祷師として動いている時にウォルトと馬車に乗るのは初めてよね。てっきり、隊長は必ず祈祷師と馬車に乗るものだと思っていたの」


 四人しかいない小隊のためわざわざ任命はされていないが、ウォルトは副隊長の役目を与えられている。そのためかウォルトは普段、騎乗して馬車と並走しており、セシルとウォルトが横に並ぶことはなかったし、今は反対にセシルが馬に跨って先頭に立っている。


「他の隊では度々入れ替わるように配置しているんですよ。祈祷師様と馬車に乗った方が体は休まりますが、逆になまってしまいますからね」


「そうなの?」


「副団長には個人的な事情がありますから。まあ、貴女が祈祷師だということも何割かは含まれているでしょうけどね」



()()()()というのはやっぱり貴族、それもクロズリー伯爵家だからよね。同じ祈祷師に変わりないのに)


 こういう時、大切に守られているというのに有難さよりも、もやもやとした不満を感じてしまう。


 特別扱いの理由には少なからず父であるクロズリー伯爵の意向も含まれているはずだし、魔導騎士団とクロズリー伯爵家との友好関係は国を守っていく上で絶対に途切れさせてはならない糸だ。魔導騎士団としても、深く考えた上で多忙な副団長を隊長に据えたのだろう。


 身の上は変わらないから、やむを得ない部分はある。それに父の娘を心配する気持ちだって素直に嬉しい。

 けれど今のままでは駄目なのだ。


(本当の意味で、“祈祷師”になりたいわ……)


 自分自身に足りていないものがある。

 実績と経験と、信用と。

 それらを身につけたら、きっと『祈祷師になった貴族令嬢』から『元貴族の祈祷師』になる。この不満はそうすることでしか解消されない。



 それにしても、セシルの個人的な事情とはなんだろうか。とても私情を持ち込むような性格ではないだろうに。


 ウォルトの横に並んで座るリオも顔を顰めてうんうんと悩んでいる。そんなリディア達を前にウォルトは面白げに口を開いた。


「王都に着けばわかりますよ」




◇◇◇


 王都の城郭を潜って少し経った頃、リディアの眠気はどこかへと飛んでいった。

 そしてウォルトの言葉の通り、リディアとリオは早々とセシルの()()()()事情を理解した。


 元々王都は各地から行商人が多く集まるため、広場や屋台が並ぶ中央通りは賑わいが耐えることはないのだが、今日はなんというか異色なのだ。

 馬車の窓から見える路肩には年若い女性が集まり、黄色い歓声があちこちから上がっている。馬車の進む速度も賑わう人々を避けるために半分ほどまでスピードダウンしていた。


「副団長の人気は凄いんですね……」


「……そのようね」


(セシルが人前にでるのを避ける気持ちがわかるかも)


 陽光に照らされて輝く金髪を靡かせながらローブをはためかせる、騎士服に身を包んだセシルは女性が夢に見る王子様そのものだろう。

 賑わいが人を呼び、その中に“セシル・オルコット”を知る者がいれば更に噂が広がって一層賑わう。


 時々、際立って甲高い声が聞こえてくる。

 人前では貴族然として愛想の良いセシルのことだ。蕩けるような笑みを浮かべながら手を振ったに違いない。



「……王宮にはいつ着けるかしら」


 本来ならもう着いてもいい頃なのだが、スピードが落ちたことでまだまだ王宮との距離がある。


「昼過ぎには着きますよ。彼女達は祈祷師様よりも副団長にご執心ですから、私達はのんびり到着を待ちましょう」


「あ、だから出発が早朝だったんですね」


 リオの言葉にリディアもなるほどね、と首を振る。

 前日に帰還のために荷物をまとめてはいたが、朝食もゆっくり食べれないほど慌ただしい出発となってしまったのだ。


(これって完全に意趣返しよね)


 勿論、ウォルトからセシルに対してだ。

 セシルについては初対面から貴族らしくある時とそうでない時との表裏に気づかされていたが、もしかしたらウォルトの方が何枚も上手かもしれない。性格も第一印象の通りだと今の今まで思い込んでいた。


 褒めているわけではないので口が裂けても言えないが、首を傾げながら口角を上げるウォルトには見透かされていそうだ。


 リディアが承諾したことで犠牲となったセシルとフレッドに心の中で詫びながらも、ウォルトの行動に疑問をもつ。



(でも、なぜかしら?)


 セシルにちょっとした仕返しをしたかったのだろうとは思うが、王都で立ち往生することで身動きが取れず、ウォルト自身にも被害が出ているというのに。


 警備塔から王都に着くまでの間も仲良く会話をするわけでもなかった。

 馬車に揺られてゆっくりしたかったのだろうか。

 それなら早々と魔導騎士団棟の自室に戻った方がリラックスできるだろうに。


 空いた時間にウォルトの考えを予測してみるが、ピンとくる答えが出てこない。



「私がこんな要求をした理由を知りたいですか」


「ぜひ聞かせてほしいわ」


 予期せぬ有難い言葉にすかさず頷いた。

 どうやらリオも気にしていたようでチラチラと隣を伺っている。


「まあ単純に副団長にも苦労してもらおうかと。それに私も楽をしたいのでね。副団長が外の見張りをしていれば私達が交戦することはまずありませんから」


「……それだけ?」


 返ってきた答えは既に予想していたものだったので拍子抜けしてしまう。自分への影響も考慮した上で、今の状況を楽しんでいるということだろうか。



「あとは、魔導騎士団棟に戻ったら厄介なお方が待ち構えている可能性があります。馬車の中にいたほうが安全ですし、到着が遅れたほうが後々楽になりますからね」



(厄介なお方? 馬車の中が安全? 到着が遅れたほうがいい? 一体どういうことかしら)



 名前を伏せるということはウォルトの差す人物にリディアがまだ会ったことがないのだろう。

 魔導騎士団棟に立ち入れる人物は限られている。その中でウォルトより目上の人物で、かつ厄介とはどの立場にいるのだろうか。

 残りの二点とも上手く結びつかない。


 追加された返答は、まさしくリディアが望んでいたものだったのだか、その意味は全く理解ができなかった。




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