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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
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◇9-8:笑顔の落差



「リディアさん! 無事で良かったです」


 ついに支えとなっていた岩肌がなくなった時、上から手が伸びてきた。その手を掴むと力強く支えられ、残りの数段を一気に駆け上がる。そうして、引き上げてくれたリオのもう片方の手も掴んで再開を喜んだ。


「リオ! フレッドも、心配かけてごめんなさい。貴方達も無事で良かったわ」


「助けられず、すみませんでした」


「ううん、私が飛び出しちゃっただけでフレッドは何も悪くないわ」




「そうだな」


 崖を登りきるまでの緊張から解放された喜びと、離れ離れとなった騎士との感動の再会は一拍遅れて登り終えたセシルによって終わりを迎える。



「……ちょっと、元はと言えば貴方が!」


 慌てた声を出すからだと言おうとした言葉は、振り返った際に目に入ったセシルの手に握られたものに意識が釘付けになったせいで、声に出さずに消え去った。


 片手で掴んでいるが、どこからどう見ても納まりきれていない。


 リディアが触れた部分は綺麗な曲線を描いていた表面だったが、岩肌との接合部分はゴツゴツと角張った結晶だったようだ。ゆらゆらと揺れる青白い光が内側からキラキラと輝いている。



「えぇと、それ魔石なの? サイズが……」


 いくら何でも大きすぎないだろうか。

 クロズリー伯爵家では魔術を扱う騎士が多く所属する必要があったため、魔石もそれなりに取り扱っている。どれも加工済みのものばかりだったとはいえ、剣の柄にはめ込むものや装身具として身につけるものは大きくても胸元を飾るブローチ程度の大きさだった。



「どうやら我々の祈祷師様は悪運も幸運も招くらしい」

「こんなに大きい魔石、初めて見ました」


「国宝として宝物庫で管理されていた魔石がこのくらいだったな」

「じゃあこれも国宝になるんですか!?」


「可能性は高い」

「すげぇ! 俺いま国宝を見てるんですね!」


 主にリオによってわいわいと盛り上がる会話に口を挟む機会を逃してしまったが、嫌味に一々反応していたらキリがないのかもしれない。

 口をへの字に曲げつつも、魔石が見つかったこと自体はリディア自身とても嬉しい。今回はハプニングはあったが、魔獣にも遭遇せず貴重な魔石を見つけることもできたので成果を挙げれたのではないだろうか。

 そう思うと自然と笑顔になって、会話の輪にリディアも加わった。




 数分と過ぎて盛り上がっていた熱が冷めやらぬ頃、カツンカツンカツンと徐々に近づいてくる足音が聞こえた。


「ウォルトが戻ってきたようだな。今日はもう撤収しよう」


「「はい」」


 セシルの一言で帰還する準備を始めたリオとフレッドとは異なり、リディアは口に手を当てて先ほど登ってきた崖へと驚きの目を向ける。


(戻ってくるにしても、スピードが速すぎない?)


 リディアが一歩一歩ゆっくりと登っていた速度とは比べものにならない。ツルツルと滑る足場を駆け上っているとしか思えない速さだ。


(ウォルトは風の魔術が得意だから滑ったとしても何とかなるのかもしれないけれど……)


 気にしなくていいとは言われたが、やはり心配になってしまうのだ。



 崖縁に近づいて下を覗き込もうか、声をかけようかと迷っているうちにもウォルトが飛び現れた。


 綺麗に整えられていた前髪は汗で額に張り付いているし、後ろで一括りにしている真っすぐに伸びたグレーの髪も乱れている。

 いつも温和な笑みを浮かべていたウォルトは、珍しいことに般若のように眦を釣り上げていた。


(そういえば魔石を取り出した時に何か叫んでいたわね)


 怒っているだろうことは察したていたのだが、再び崖を登り始めるとそちらに意識が集中してしまい、すっかり頭から抜けていた。



 怒りの矛先はセシルだ。

 今は声をかけるべきではないとリディアは静かに端へ寄って道を開ける。


 リディアに目もくれず乱れた前髪を手櫛で整えながらセシルの元へと歩いていったウォルトは、引きつった笑みを浮かべて問いかけた。 



「副団長……、私に何か言うことはありませんか」


「お疲れさま。運よく崖に埋もれていた魔石が見つかったことだし、今日はもう戻ろうと思うが」


「お疲れさま、じゃありませんよ。突然岩が降ってくるし、声を張り上げても無視されましたし、挙句の果てには、私が昇る頃にはもう足場が崩れかけてて踏み込むと割れていきましたよ。新手の嫌がらせかと思いましたね」


「君を信頼していたからな。無事戻ってなによりだ」



 空気が冷え切っていた。


 霧は薄っすらとしかかかっておらず、宵の森にしては見晴らしの良い日だというのに氷点下と思えるほどに。



 怒りを露わにしながら穏やかな口調を崩さないウォルトと、あくまでも普段の態度を崩さないセシル。隅へと避難したリディアからはウォルトの背中しか見えていないが、額に青筋が浮かんでいることは容易に想像できた。


 そそそっとラバの傍にいたリオの元へと近づき、毛艶の良いたてがみを撫でる。ふわふわと柔らかいたてがみはとても肌触りがよく気持ちがいい。普段から丁寧に手入れをしているのだろう。



「ものは言いようですね。それでは、信頼している部下にひとつ譲っていただきたいことがあるのですが」


「内容によるな」


「大したことではありません。王宮に帰還する際、リディアさんとともに馬車に乗る権利をください」


「それは本人に聞いてみようか」



 上っ面の笑みを浮かべた二人がリディアに返事を促す。

 話が落ち着くまでは癒されていようと傍観に徹していたリディアは、突然振られた話に「え? ええ」と曖昧な返事を返すこととなった。



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