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宵に沈む「恋」なれば、  作者: 青葉 ユウ
-- 第1部 --
29/96

◇9-7:魅せた幻


 リディアは朝方、セシルの張り上げた大声で目が覚めた。


 フレッドやリオの声も遠くから微かに聞こえる。何を伝えようとしているのかを正確に聞き取ろうと耳を立て、違和感を覚える。



 ――水音が全くしないのだ。



 慌てて起き上がり、辺りを見渡す。


 昨日の真っ白な光景が嘘のように、霧が晴れて遠くまで見渡せる。

 けれど、どの方角を向いても聳え立つ木々と生い茂る雑草、そしてリディアとセシルが落ちた崖肌しかない。


(昨日は確かに、水辺のすぐ近くにいたはずなのに……)


 水面が揺らぐ波音も、立ち込める冷気で肌が冷える感覚もはっきりと思い出せる。

 それなのに今見ているこの光景はなんだ。


 リディアが呆然としている間に、セシルが魔術で作った氷の足場を頼りにウォルトが崖下まで降りてきたようだ。疲れを一切感じさせない清々しい笑顔で朝の挨拶がなされた後、「さぁ、行きましょうか」と辺りを一通り散策することとなった。



「フレッドとリオは?」


「二人はラバとお留守番です。交代で火の番をしていましたから疲れもあるでしょうしね。副団長も一睡もできず疲れているでしょうから、私がお供させていただきます」


「私は問題ない」


「そうでしたか?」


 リディアもそうっと遠目からセシルを伺う。確かに疲労感は全く面にでていないし、隈も見受けられない。一夜漬けをしたとは微塵も感じさせないほどいつも通りの麗しさだ。

 じっと見つめていると目が合った。ドキリと体に力が入る。


(昨日の私、結構大胆だったわよね?)


 身を寄せたし、息がかかるほど顔を近づけた。

 太腿の上に手を置いたり、果てにはセシルの肩に顔を埋めたりもした。


 状況的に致し方なかった部分はあるのだが、一夜明けて冷静さを取り戻すと途端にどのように接したらいいのかわからなくなる。



「どうした、いくぞ」


「あ、ええ」


 はらはらと緊張していたリディアとは異なり、セシルは昨日の一時がまるで嘘だったかのようになにも変わらなかった。そのことに一抹の寂しさを感じながらも小走りで二人の後を追った。




◇◇◇


「おかしいわ。こんなことってあり得るのかしら」


 サクサクと雑草を踏み分けながら来た道に沿って戻る。

 長いこと辺りを歩いたが木々が鬱蒼と生い茂る景観が続くだけで、同じ台詞を何度言ったか数え切れなくなってしまった。


「やはり幻聴だったのではないですか」


 ウォルトからの台詞も数回は聞いている。

 ここまでくるとウォルトの方が正しいような気がしてくるものだ。


 リディアとセシル、そしてフレッドの証言は一致している。それなのに、「全員がなんらかの影響を受けて幻聴を聞いたのでは」と問われてしまえば、そうかもしれないと思ってしまうほどに。


 そうではないのならば、本当に地形が変わってしまったということだ。


 けれど、散策し始めて少し経った頃に苦い顔をしながらセシルが言った。

 突然頭が割れそうな甲高い耳鳴りが襲い、治まった時にはもう水音も霧も引いていたと。耳鳴りはたったの数十秒だったと。


 その僅かな時間で地形が大きく変わってしまうなんて起こり得るのだろうか。

 そう考えると、全て幻だったと結論付けたほうがすんなりと納得できてしまうのだ。




 元いた場所まで戻り、再びセシルがつくった氷の足場を順に登っていく。


 崖の岩肌に沿って足場をつくってくれているため手を添えながら登っているのだが、足場はツルツルと滑りやすくて自然と足元に視線が落ちる。そうすると足場と足場の間から見える地面との距離に、落下した時の恐怖がよみがえって身震いした。


「ゆっくり進めばいい。万が一に備えて下にはウォルトもいる」


 振り向かずにゆっくりと頷く。

 滑った時に支えてくれるように後ろにはセシルがいるし、踏み外して転落してもウォルトが風の魔術で助けれるように待機している。


(大丈夫、大丈夫……)


 自分自身に言い聞かせながらゆっくりと一段一段登っていく。

 足を次の段へとのせて滑らないことを確認すると、崖に添えた手を前にだす。そうして、固定した手と足に力を込めてもう片方の足を踏み出した時、ツルリと手が滑った。


「あっ!!」



(――――落ちる!)



 ギュッと目を閉じて、身を縮こませる。


 けれど昨日感じたあの浮遊感がリディアを襲うことはなく、引き締まった腕がリディアをその胸へと引き寄せた。潮の香りが微かに鼻腔を掠める。


「あ、ありがとう」



 慌てて態勢を整えようとすると、さらに力強く片腕で抱き寄せられた。


「ゆっくりでいい。足場を確認して……、そうだ、それでいい」


 言われた通りに体を動かしていき、ようやく体勢を立て直せたことに一息を吐く。そうして、先ほど手を滑らせた場所へと視線を移した。


 先ほどまでは足元に気をとられていたし、岩肌で怪我をしないように手袋をしていたので気づけなかったが、埋め込まれるようにしてそこにあるのは角が削られてなだらかな曲線を描いた結晶だ。透き通った青が揺らめいているので、水の魔力を蓄えた魔石だろうか。



「ここに埋め込まれてるの魔石じゃないかしら。どう?」


 指を差した後に、セシルが見えやすいよう一段昇る。


「……そうだな、簡単には外れなさそうだ。あと五段、一人で登れるか?」


「ええ」



 一、二、三と数えながら登る。振り向いて滑ってしまうと次こそ転落してしまうので、前を向いたまま声をかけた。


「ここでいい?」


「ああ。音に驚いて足を滑らすなよ」


「わかったわ」



 視界に入らない場所でなにかが起きる。


 そのことに気を張り詰める余裕もなかった。

 セシルが紡いだ短い詠唱のあと、ピキッパキッとひびが入る音がしたと思ったら岩が砕けて落下してく音が続く。勢いを増して地面に叩きつけられた震動で、木々に留まっていた鳥がバサバサと逃げ去っていた。


 下方からウォルトが何かを叫んでいる。

 上手く聞き取れないが、怒っているだろうことは伝わってくる。


「大丈夫か」


 肩にそっとのせられたセシルの温もりに、強張っていた体から力が抜ける。

 一度大きく深呼吸をしてから、また一歩を踏み出した。



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